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第30話


「はぁはぁ、たっくん。どこにいるの?」


 私は彼を探すため、夜の街を駆け巡った。


 彼はここ数日家に帰ってきていない。電話をかけてもスマホは家に置きっぱなしで繋がらず、どこに行ったのか見当もつかないらしい。だから薫さんは、顔を合わせづらかったけど、なにか心当たりがないか私を頼ったのだと言う。

 

 私は、思いつく限りの場所を懸命に探した。


 子供のころに遊んだ公園。並んで歩いた河川敷。立ち寄ったお店。彼と一緒に行った場所は、手あたり次第に探した。その度に、楽しかった思い出がよみがえって涙が出そうになる。


 けれど、悲しみに暮れている場合ではない。もし、このまま二度と会えなくなってしまったら。そんな不安が私の足を動かす。


「そういえば……」


 以前、彼が話してくれた龍崎という人。お世話になっていて、街はずれにある広場によくいると言っていた。もしかしたら、そこにいるのかもしれない。


 確証はないが、他に当てもない。私は藁にも縋る思いでその公園へと急いだ。


 そして広場にたどり着いた私は彼を見つけ、安堵とともに名前を呼ぶ。普段とは違う呼び方に胸を衝かれる思いだったけど、ようやく見つけた。


「あ、あの、たっくん、私っ――」


「お~い、龍巳ぃ~」


 話したい。謝りたい。その一心で私は1歩足を踏み出して、もう1歩近づこうと足を上げようとするけど、その足は舞台の方から聞こえた声によって止まった。


 2人して視線を向ける。その先には〝白〟そんな言葉が似合うほど真っ白な恰好をした人が、階段を上がってくるのが見えた。


「龍巳、なにやって……ん? 誰、その子?」


 彼に視線を注いで、次いで近くにいた私に気づくと、その白い人は首をこてりとかしげた。


「……いや、ただの……知り合いだ」


「そうか? どうもそんな感じじゃ……」


「あまり詮索するな。あと、これやる」


 彼は私を1度ちらりと見て、躊躇いがちに言って視線を落とすと、飲んでいたコーヒーをその人に渡して舞台の方へと行ってしまった。その場に、初めて顔を合わせる私たちだけが取り残される。


「なんだったんだ、あいつ?」


「あ、あの……」


「ん? あぁ悪かったな。無愛想な奴だけど、あんま気にしないでくれ」


 悪気はなさそうにひらひらと手を振って言うと、その人は渡されたコーヒーを一口飲む。


「んっ! うげぇ、にっが! あいつ、こんな苦いの飲んでんのかよ」


 途端、コーヒーの苦さに顔を歪めた。けれどもったいないのか、そのまま二口目を口にする。


「あの、あなたは?」


「ん、俺か? 俺は龍崎光。一応、今は龍巳の保護者ってことになるのかな?」


「……保護者?」


 この人が、龍崎さん。


 彼の話に聞いてたように、掴みどころのない雰囲気を纏っている。でも、保護者って? 


 意味深な単語に訝しむ私の問いかけに、龍崎さんは言いにくそうにしながらも答える。


「あいつ、色々あって家に居づらいからって、俺の家に転がり込んできたんだ。今は俺が面倒見てる。それよりも、あんたは誰なんだ? 知り合いってだけじゃねぇだろ?」


「わ、私は……」


 幼馴染。そう言おうとしたけど止める。多分彼はもう、そう思ってない。


「……私は、クラスメイトの桜井春花です」


「あぁ、あんたが」


「私のこと、知ってるんですか?」


「幼馴染の子だろ? 龍巳からよく話は聞いてるよ。……この前のことも、な」


 飄々とした態度だったけど、その話が出た途端。声も視線も、雰囲気も。さっきまでとは違って鋭く真剣なものになる。


 耐えられず、私は頭を垂れ、龍崎さんに恐る恐る聞く。


「……あの、やっぱり、怒ってますよね」


「思うところはあるけどな。……がまぁ話聞いた限りじゃ、あんた1人が悪いってわけじゃねぇだろ。言っちまえば巻き込まれた側だ。龍巳も、それは理解してる」


「そんな、こと……」


 そんなことない。私は否定しようとするけど、割り込むように龍崎さんは話をかぶせる。


「けど、あんただけはもしかしたらって気持ちは、あったんじゃねぇのか?」


 重たい空気の中。その言葉がやけに凛と響いた。顔を上げると龍崎さんと目が合う。


 穏やかだけど、言葉を発することを躊躇ってしまうような、逸らすことの出来ない迫力があった。


「あいつは、いじめ程度でどうこうなるような奴じゃねぇよ、俺が鍛えてきたからな」


 言いながら龍崎さんは私との距離を詰めて、目の前まで来た時。私の胸に、とんと指を突きつける。


「けどな、あいつがそれに耐えてこられたのは、あんたがいたってのが、1番でかいんじゃねぇか?」 


「私が……いたから?」


「あぁ。たとえ他の人間全てがあいつの前からいなくなっても、あんたさえ傍にいてくれれば、それだけであいつは幸せだったんだ。それは他の誰でもない。いつも傍にいてくれる、あんただからそう思えたんだ」


 龍崎さんの言葉がぐさりと胸に刺さり、息が詰まって呼吸が一瞬止まる。言葉を発することも出来なかった。


 私が彼の傍にいたのは、ただ好きだったから。あの時の約束を大切にしていたからだ。


 今までにも、お父さんやお母さんや朱里さん。大切な人が離れていってしまう悲しみを、彼は経験している。そんな彼にとって、いつも傍にいた私は、心の拠り所だったんだろう。それなのに、私は。


「……ま、暫くは俺が面倒見とくから心配すんな。家の人には、そう伝えておいてくれ。あいつも色々と溜め込んじまってるからな。うちでバカやってる間は、気も紛れんだろ」


 気を遣ってくれたのか、龍崎さんは雰囲気を少しだけ和らげて声をかける。


「うちって?」


「あぁ、あれだよ」


 龍崎さんは私を連れて舞台が見える場所まで移動すると、ほらと視線で示す。つられて見ると、舞台の上では、彼が数人の派手な格好の人たちに囲まれていた。


「あの、あれって……」


「んん……まぁ、そういう反応になるよな」


 龍崎さんは返答に困ったように唸ると、首の後ろあたりをがりがりと搔く。


「偉そうなこと言って、結局俺もこんな場所を与えるくらいしか、あいつにしてやれることがねぇんだよ。けど、居場所が無いよりかはマシだろ?」


「居場所……ですか……」


 再び舞台の上を見る。眩しいライトに照らされて、相貌を崩して笑いあう人たちの中心に、彼がいる。心なしか、表情も穏やかに見えた。


「あれが、今のたっくんの居場所」

 

 その眩し過ぎる光景に、私は目を細めた。今まではすぐ隣にいた彼が、今は遥か遠くに感じる。


 あの場所に、私は届かない。ならいつまでもここにいても、自分が惨めになるだけだった。


「……帰ります」


「送ってこうか?」


「いえ、大丈夫です」


「そっか。まぁ、時間も時間だ。気をつけてな」


「……はい」


 最後に深く頭を下げると、私たちは別れた。私は出口へ。龍崎さんは舞台の方へと足を向ける。


「ほらおめぇら。今日はもう解散だ。さっさと帰れ帰れ」


 後ろから、龍崎さんの声が聞こえた。もう1度舞台の方を見る。


 龍崎さんは彼の隣に行くと、肩に腕を回して快活な笑顔を見せる。彼は少し困った顔をしていたけど、満更でもない様子だった。


「……っ」

 

 今まで私がいた場所に、今は龍崎さんがいる。そのことが、辛くてたまらなかった。


「でも、龍崎さんだったら大丈夫。あの人だったら、きっとたっくんのことを大切にしてくれる」


 悔しいなんて思っては駄目だ。ましてや、あの場所に戻りたいなんて。


 私は視線を外すと、夜の闇に包まれた出口の方へと走り出す。もう振り返ったりしない。


 零れ落ちそうになる涙を必死にこらえる。涙を流してしまえばこの悔しさを認めてしまい、彼のもとへ戻りたくなってしまうだろう。


 けど、そんなのは駄目だ。


 だって、彼をあの〝光〟の中から連れ出す資格なんて、私には無いのだから。


ここまでご覧いただきありがとうございました。

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