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第3話

 

(……よかった、普通に話せてる……)


 私は弟の龍巳に学校を案内しながら心の中で胸をなでおろした。


 いつぶりだろう、こんなふうに話すのは。


 たぶんあの日からだ。私が龍巳を拒絶した日。


 あれはまだ、龍巳が10歳の頃。


 母が仕事で家に帰るのが遅かった為、龍巳の世話は私がしていた。それが苦だと思った事は無い。龍巳の事は本当に大好きだったから……。


 その日は龍巳を連れて近所の公園に遊びに来ていた。


 公園には他にも子供達がいて皆思い思いに遊んでいた。その中の1グループ、5人の子供達が1人の子供を囲んでなにやら騒いでいた。


 いじめだ。


 正義感の強かった私はそれを見過ごす事が出来ず、いじめを止めようと彼らに駆け寄った。周囲からの期待もあって、自分は正しいことをしなければという気持ちもあったのだろう。


 当然いじめていた5人は反発し、リーダーと思われる子供が私に手を上げようとした。


 そしてそれを止めてくれたのが龍巳だった。龍巳は私を守るため必死に戦ってくれた。


 ……嬉しかった。


 私は5人と戦っている龍巳を、まるで騎士に守られるお姫様のような気持ちで眺めていた。


 だけどその瞳は、徐々に恐怖の色に染まっていく。


 5人と戦っている龍巳の目は、獰猛な肉食獣のように変わっていき、その口元はまるで喧嘩を愉しんでいるかのように嗤っていたのだ。


 5人ともすでに降参の意思を示しているにも関わらず、龍巳はその手を止めようとしない。明らかにやりすぎだった。私はそれ以上見ていられず、龍巳を止めようと声をかけた。


「龍巳っ、もういいから! それ以上はやめて!」


 その声に、龍巳は手を止めこちらに振り向く。


「……おねえ……ちゃん?」


 龍巳は自分が何をしているのかわからない。そんな目をしていた。その目は焦点が定まっておらず、未だに殺気立っている。


 それを見た私は、「ひっ!」と怯えて後ずさってしまった。


 そしてそんな私を見た龍巳が、どこか怪我をしたのではないか? と心配に思い私に手を伸ばす。


「おねえちゃん、だいじょう……」


「――っ!? 来ないでっ!」


「……え?」


 ドンッと、手を伸ばした龍巳を私は突き放した……。


 それ以来、龍巳とはほとんど話さなくなった。


 あの時の龍巳の顔が忘れられない。それに龍巳を突き放してしまった罪悪感もあった。


 それでも龍巳とちゃんと話したい。ちゃんと話して、突き放したことを謝って、「あの時守ってくれてありがとう」そう言いたかった。


 でも無理だった。龍巳が私を避けているのには気づいていた。当然だ、私は龍巳を拒絶したのだから。


 龍巳に嫌われたくなくて私も無理に話そうとしなかった。そんな関係がもう何年も続いてしまい、龍巳が中学生になった頃からはさらにひどくなっていった。ここ最近は家にも帰らない日が多い。


 龍巳がどこか遠くに行ってしまって、もう2度と会えなくなるのではないかと不安でしょうがなかった。


 だから同じ高校に通うことになったと知った時は本当に嬉しかった。たとえ家でなくても、学校が一緒なのだ。会おうと思えばいつでも会える。


 それに同じ学校という共通の話題が出来たのだ。これを機にまた話しかけてみよう。


 たとえば、そうだな……。


『うちの学校について事前に説明をしたい』まずはそこから始めよう。


 入学式の日に校舎を案内するのは?


 場所はどこがいいだろう? 食堂? 図書室? それとも保健室がいいかな?


 これからお昼は毎日龍巳と一緒に食堂で取ろう。


 放課後は図書室で、一緒に本を読んだり、勉強したり……。


 龍巳の具合が悪くなったら保健室まで連れていって私が看病しよう。


 生徒会の皆にも紹介しよう。『わたしの可愛い弟です!』って。


 そのまま龍巳にも生徒会に入ってもらうのもいいかもしれない。そうすれば一緒にいられる時間がもっと増える。我ながらいいアイデアだ。


 あとは、体育祭に文化祭。修学旅行……は、さすがに一緒には行けないかな……。


 でも龍巳をかばんに入れられればなんとか……。


 テスト勉強を見てあげるのもいいかもしれない。龍巳は頭がいいから必要ないか……。


 そしたら私が龍巳に勉強を見てもらおう。わざとテストの点数を落として……。


 それから、毎日一緒に登下校して学校の話をして、授業はどうだった? とか、友達は出来た? とか、彼女はでき――。



「…………」


 ……嫌なことを想像してしまった。


 いけない、ここ最近はいつもこんな事ばかり考えている。



 ――日頃から、文武両道、才色兼備、品行方正、と誰もが認める才女を地で行く朱里ではあったが、龍巳の事になると途端にポンコツになってしまう。


 それは長年一緒にいられなかった寂しさの反動からか……。


 普段はその途轍もなく大きな気持ちを暴走させないよう、何とか心の奥底に封じ込めているのである。


 〝普通に話せている〟それは、自分が暴走せずに龍巳と話ができている。という意味であった。


 こんな調子では龍巳に彼女が出来た時どうなってしまうか……。


(まぁ、龍巳が幸せならそれでいいか……)


 たとえ龍巳に彼女が出来たとしても……想像するだけで、はらわたが煮えくり返るくらいむかつくが、龍巳が幸せになってくれるならそれでいい。


(だけど、あの女だけは駄目だ。龍巳を傷つけて裏切ったあの女だけはっ!)


 あいつがこの学校に入学するのは近所の人達から聞いていた。


 龍巳を早く登校させたのも、こうして校舎を案内しているのも、全部あいつに会わせないようにする為だ。


 ……訂正。学校案内は結構楽しみにしていた。


(とにかくっ! HRまではあいつに会わせないようにしないと)


 最悪な事にあいつは龍巳と同じクラスの1年B組だった。今朝龍巳のクラスを確認したときにその名前があった。


 いずれにせよ、このままいけば龍巳とあいつが会ってしまうのは避けられない。なら今後はどうやって接触させないようにするか考えないと……。


「……とりあえずクラス替えが出来ないか学園長に相談……。龍巳の学力なら飛び級もありか。そしたら私のクラスに入れてもらうのも……。 最悪、龍巳を監禁することも考えないと……」


 ブツブツと、先程から独り何かをうわごとのように呟く朱里。たまらず龍巳が声をかける。


「あの、姉さん?」


「えっ!? あぁ、どうしたの?」


「いや、さっきからブツブツ言ってるから、何かと思ってな」


「……大丈夫よ。ちょっと考えごとしてただけだから」


「? まぁ、それならいいんだが……」


「…………」


 再び前を向いた朱里は、何かを決意した顔になっていた。


(そう、大丈夫。あなたは、私が守るから)


ここまでご覧いただきありがとうございました。

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