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学園の王子様(女)が俺の前でだけ見せる顔

作者: 墨江夢

 俺・陸奥大吾(むつだいご)には幼馴染がいる。

 名前は、古泉(こいずみ)あきら。容姿端麗、頭脳明晰、その上運動神経抜群という超ハイスペックな高校生だ。


 生まれながらにして全てを手にしているあきらだが、そのスペックをひけらかすことはしない。

 常に周囲に気を配り、困っている人がいたら手を差し伸べる。

 あきら曰く、「ボクの能力は人を助ける為に授かったんだ」とか。人間が出来すぎていて、本当頭が下がる。


 そんな俺とあきらは、幼稚園時代からの付き合いで。高校も同じことから、今もこうして一緒に登下校するくらいの仲だ。

 

 言わずも知れた、学園の人気者。そんなあきらが俺みたいな何の取り柄もない男と付き合ってくれるなんて、嬉しい限りである。

 あきらに対して、基本的に不満なんてない。ただ一つ、物申したいことがあるとしたら――


 通学路にて。

 目の前で転んでしまった女子生徒に、あきらはすかさず手を差し伸べる。


「大丈夫かい、お嬢さん?」

「えっ? あっ、はい……」


 ほのかに頬を紅潮させながら、女子生徒はあきらの手を握る。

 俺があきらに対して抱いている唯一の不満、それは……イケメンすぎることだ。


 単に幼馴染がイケメンというだけなら、別に嫉妬も何もありはしない。問題は、あきらが女だということにある。


 休日に二人で都会を歩いていると、綺麗なお姉さんに声をかけられるのはいつもあきらだ。男の俺を差し置いて。

 放課後クレープの屋台に寄ると、「お兄さんカッコいいから」とサービスされるのはいつもあきらだ。男の俺を差し置いて。

 俺の妹を含めた三人で遊んでいると、妹が「ウチの兄です」と友達に紹介するのはいつもあきらだ。本当の兄を差し置いて。


 古泉あきらが学園の王子様だとしたら、俺は王子に仕える使用人でしかない。

 あきらといると嫉妬こそ抱かないが、ふと劣等感を覚えることはあるのだった。


 女子生徒がお礼を言って立ち去った後、あきらは俺に言う。


「靴紐が解けて転んじゃったんだって。顔面から盛大に転ぶ人なんて、本当にいるんだね。初めて見たよ」

「そう言ってやるな。彼女に怪我がなくて良かった。それで良いじゃないか」


 鼻血でも出ようものなら、女の子としてたまったものじゃないだろう。

 俺が女子生徒を擁護すると、あきらはムッとした表情になった。


「随分彼女の肩を持つんだね」

「男ってのは、総じてああいうおっちょこちょいな子に好感を抱くものなんだよ」


 俗に言う、庇護欲というやつだろうか?


「何? 大吾は彼女みたいな子が好みなの?」


 あきらはさながらリスのように、頬を膨らませる。

 ……おいおい、学園の王子様。何つー顔をしているんだよ? 

 だけどあきらのこんな顔は、きっと俺しか見られないんだろうな。


 多分だけど、あきらは俺のことが好きなのだ。だから今もこうして、俺に擁護された女子生徒に嫉妬している。

 その姿は、カッコ良いではなく可愛いと表現する方が妥当であって。

 こうして見ると、彼女も一人の女の子なのだと改めて実感する。


「好みってわけじゃない。あくまで一般論だ」

「じゃあ、大吾の好みってどんな人?」

「そんなの当然、可愛い女の子だよ」

「そっかぁ。可愛い女の子かぁ」


 カッコ良いという自覚のあるあきらは、あからさまにがっかりする。

 だけどな、あきら。お前の俺にだけ見せるそういう表情は、何よりも可愛いと思えるんだぞ?





 ハイスペック女子高生のあきらは、生徒会長を務めている。

 学年首席で教師からの信頼も厚く、その上多くの生徒たちに慕われている。そんなあきらが生徒会長に選ばれるのは、妥当といったところだろう。


 生徒会長には、他の役員を自由に任命する権限が与えられている。

 あきらは副会長として、俺を指名したわけだが……俺にそんな大役、荷が重すぎる。

 結果現在の俺は生徒会庶務として、裏方に徹しているのだった。


 他の高校は知らないが、我が校の生徒会における庶務の立ち位置は著しく低い。

 やっていることなんて、ほとんど雑事と変わらない。この前なんて、役員全員分のお茶を買いに行かされたし。


 加えて俺はいわゆる縁故採用である為、他の役員からの風当たりもとりわけ厳しかった。


 俺は今日も一人、生徒会室に残って領収書の整理を行なっている。本来ならば、会計の仕事だ。


「ったく。会計の野郎、何が「今日はどうしてもはずせない用事があるから、代わりにやっといて」だ。はずせない用事って、どうせデートだろうに」


 そもそも本当にはずせない用事があるのなら、前日までに仕事を終わらせておけば良い。つまり初めから俺に押し付ける気満々だったのだ。


 本来俺がやるべき仕事でなくても、ここで俺が放り出せば沢山の人に迷惑がかかる。文句を言いながらも、俺は領収書の整理を進めていた。


 半分くらい整理し終えたところで、俺は一息つく。

 椅子にもたれかかり、上を向きながら目を閉じる。

 するといきなり、冷たい物体が俺の額に触れた。


 目を開けると、そこには缶コーヒーを持ったあきらの姿があった。


「これ、差し入れ」

「……ありがとな」


 俺が缶コーヒーを受け取ると、あきらは隣席に腰掛ける。そしてまだ未整理状態の領収書を、手に取り始めた。

 

「手伝ってくれるのか? サンキューな」

「元々大吾の仕事じゃないでしょ? お礼を言うのは、寧ろボクの方だって」


 そんなこと言ったら、生徒会長であるお前の仕事でもないだろう?

 だから俺たちが互いにお礼を言い合うのは不毛だ。その代わり、会計のクソ野郎に謝罪を要求する。


「会計が仕事をサボったのは、上司であるボクの責任だ。もし今日中に領収書をまとめ終わらなかったら、それは生徒会長たるボクの責任ということになる。だからこれは、ボクの仕事なのさ」


 その責任感を、少しは会計に分けて欲しいものだ。

 俺が感心していると、あきらは「あー」と声を漏らす。


「ごめん、嘘ついた」

「嘘?」

「うん。本当は……生徒会室で、大吾と二人きりになりたかっただけだったりして」


 今ここにいる理由は、責任感からではなく下心からなのだとあきらは言う。

 普段の彼女ならば、そんなこと絶対に言わない筈だ。


 あきらが本音を口にしたのは、この場に俺しかいないからで。

 あきらの可愛い姿を見られたことだけは、会計に感謝しないといけないな。





 翌朝。

 あきらと一緒に登校した俺が下駄箱を開けると、中に一通の便箋が入っていた。


「これは……」

「ラブレターだね」


 俺とあきらは、淡白なやり取りをする。

 下駄箱にラブレターが入っていても、さして驚きはない。こんなの、よくあることだ。

 ただしそのラブレターは俺宛てのものではなく、あきら宛てのものだと決まっているのだが。


 あきらは女子からの人気も高い。直接渡せば良いものを、「あきらに渡しといてくれ」という理由で、俺の下駄箱にラブレターを入れる女子も多いのだ。


「はい、あきら」

「ん」


 俺は宛名も差出人の名前すらも確認せず、流れ作業のように便箋をあきらに渡す。

 あきらも当然のように受け取ると、慣れた手つきで便箋を開けた。


 あきらはラブレターの文面を読む。そして、なにやら深妙な顔つきになった。


「何だ? ラブレターじゃなくて、果たし状だったか?」

「いいや、正真正銘ラブレターだったよ。……ボクが読んで良いものじゃなかったけどね」


 それはどういう意味だろうか? 

 俺の疑問は、あきらからラブレターを返して貰うことで解決する。


 驚くことに、これは俺宛てのラブレターだったのだ。


「差出人は、一年の女の子だね。面識はあるのかい?」

「確か新入生オリエンテーションの時、迷子になっているところを助けた気がする」


 そのエピソードが、俺に好意を抱いたきっかけだったみたいだ。

 それから俺のことを目で追うようになり、生徒会の仕事を真面目にこなす姿を見て更に恋心を募らせたとか。


 見てくれている人は、きちんと見てくれているのだな。そう思うと、なんだか嬉しい気持ちになってくる。


「その子って、一年男子の中でも人気があるんだよね。結構可愛いらしいよ」

「確かに。モテてもおかしくない容姿をしていたな」

「じゃあ、付き合うのかい?」


 今まで見たこともないくらい真剣な顔で、あきらは俺に尋ねる。


 学園の王子様としてのお前。生徒会長としてのお前。俺にだけ見せる、可愛らしいお前。

 色んなあきらを見てきたわけだけど……その顔を見るのは、初めてだぞ。


 答えなら決まっている。だけどあきらの顔に呆気に取られてしまい、つい返答するのが遅れてしまった。

 その僅かな沈黙が、命取りで。


「NOとは、言ってくれないんだね」


 日中あきらは、俺に可愛い姿を見せてくれなかった。





 放課後。

 ラブレターの返事を終えた俺は、その足で生徒会室に向かった。


 生徒会室には、あきらしかいない。他の役員たちは、サボりだろう。

 でも今日に限って言えば、二人きりなのはありがたかった。


「あきら」


 俺が名前を呼ぶと、あきらは顔を上げる。


「大吾……告白の返事は良いのかい?」

「返事ならもうしてきた。……「ごめんなさい」ってな」


 そう。俺は後輩女子からの告白を、断ったのだ。


「えっ? どうして?」

「そんなの、他にも好きな人がいるからに決まっているだろう。……超カッコよくて、頼りになって、そのくせ俺の前でだけ可愛い、そんなお姫様が」


 他の生徒にとってあきらが学園の王子様だとしても、俺にとっては特別な女の子なのだ。

 

「でもボク、可愛くないよ?」

「お前、鏡で今の自分の顔見てみろよ。めちゃくちゃ可愛いぞ?」


 恋する乙女と化したあきらに、王子様なんていう肩書きは似合わない。


「なあ、あきら。お前は何も変わる必要はない。これまで通り、学園の王子様であり続けろ。だけど俺と二人でいる時だけはさ、俺だけのお姫様でいてくれないか?」


 さながら舞踏会でダンスに誘うかのように、俺はあきらに手を差し出す。


「ガラスの靴を落としたら、届けに来てくれるかい?」

「あぁ。例え海外にいたとしても、お前を探し出してやる」

「毒リンゴを食べて眠ってしまったら、目覚めさせてくれるかい?」

「……唇は恥ずかしいから、おでこにキスで勘弁してくれ」

「ボクのこと、いつまでも変わらず好きでいてくれるかい?」

「それは無理な相談だ。明日の俺は、今日以上にお前のことを大好きになるに決まっている」


 あきらは俺の手を取らなかった。代わりに、俺の胸に抱き着いてくる。


 あぁ、本当。

 俺の幼馴染は、可愛すぎるよな。


 俺は学園の王子様にはなれない。それはあきらの役目だ。

 だけどあきらにとっての王子様でいられるのなら、それで良いじゃないか。そう思った。

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