城塞都市ブルーノ④
少しだけ開かれた窓から涼しいそよ風が頬を撫でる。
それはとても心地よくまどろみの中ゆっくりと覚醒する意識を自覚しながら目を開くと見慣れぬ天井が見えた。
寝床に横たわっているがどこの寝床なのかが思い出せない。確かロッタとエールを飲み交わしながら色々と語ったような覚えはあるがいつお開きとなったのか、俺はどうやってここに辿り着いたのか思い出せない。
視線を天井から横へと移動すると穏やかな表情で俺を見つめるロッタの姿があった……???
「うわああああああっ!」
思わず飛び起きた。
「お、お、おま、お前、何してるっ?」
「ん? 寝顔を見ておったんじゃよ、かわいい寝顔をしおってからに」
全く状況が分からない。なんでロッタが枕元で俺の寝顔を見ている?
「ふふふ、そう騒ぐな、ヒノモトでは色々あったのじゃろうがな、ここに来て随分と険が取れたのではないか? 良かったのう」
ヒノモトでの事を俺はロッタに話したのか? よく覚えていないな……
「ここは、どこなんだ?」
「ここか? 儂の家じゃ、心配せんでもとって食うたりはせん」
そんな心配はしていないんだが……とりあえず辺りを見回すとあまり使わない部屋なのだろうか生活感のない質素な部屋で俺の寝ていたベッドと空の棚がひとつあるだけだった。そして枕元には俺の唯一の荷物といえる剣が置いてあった。
「起きたのなら風呂に入るがいい、さっぱりするぞ。儂もさっき上がったばかりじゃ」
風呂か……ありがたいな。
「ああ、ありがたい。そうさせて貰おう」
「どれ、少し追焚きしてやろう」
そして階下にある風呂場へと案内された。
「服も洗うてやるから脱いだらこの籠へ入れておけ。上がるまでに代わりの服を置いておく、覗いたりはせんからゆっくり入るがいい」
そう言うとからからと笑いながら出て行った。
風呂は一週間ぶりくらいだろうか、いやもっと長いか……とにかく久しぶりの風呂は気持ちよかった。
じっくりと暖まり上がってみると脱衣場には浴衣が置いてあった。ヒノモトかぶれかとも最初は思ったが、ロッタなりに精一杯に俺をもてなしてくれているのかもしれない。きっとそうだろう。
そうすると何故俺にそこまで? という疑念がわく。
あるいはヒノモトから来た者にはずっとこのようにもてなし続けてきたのか……? しかしそれも考えにくい。
いろいろ考えていると猛烈な睡魔が襲ってきた。もう考えることも面倒になって俺は二階の部屋に戻るとベッドに潜り込み、すぐに混濁の中に沈んだ。
甘く香ばしい薫り、食欲をそそる朝の薫り。
この匂いはよく知っている。飯を炊く匂いだ。そう思ったら猛烈な空腹感を感じて目が覚めた。
少しだけ開かれたままになっている窓から明かりが差し込んでいる。
もう朝だ。
俺はゆっくりと体を起こし思い切り伸びながら大きなあくびを一発かます。
薫りに誘われ階下へ下りる支度を調えていると、突然大声が聞こえる。
「待て!待て待て、マルソー! こらぁ!」
ロッタのやつ、一人で何を騒いでいるのか。
階段を下りていくとロッタだけではない声が聞こえてきた。
「おはよう、朝から賑やかだな」
何やらロッタと押し問答をしているらしき声の主は紫色のローブを纏った少女だった。ちょうどロッタの背中越しに目が合った。
「はあぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!!!」
俺を見た少女が叫び声をあげる。
「師匠が、お、お、お、オトコを、つつつっつ連れ込んでるっ! いやああああぁぁあぁぁぁっ!」
「たわけ! 落ち着かんかマルソー、連れ込んでるとはなんじゃ」
しかしまあ、普通に考えれば女の暮らす家で男が出てくれば驚きもするだろうな、とは思う。
「驚かせてすまんな、俺も事情はよく覚えてないんだが昨夜はここに泊めてもらった。すぐに支度して出ていくつもりだ」
マルソーと呼ばれた少女は怪訝な顔で俺を睨みつける。ロッタにも疑念の溢れる視線を向けた。
「マルソー、そういうことじゃ。飲んだくれて倒れておるのを放ってもおけまい」
「ええっ、そうだったのか?」
ロッタは頷いた。
「……すまん」
「まあよい、それよりもマルソーに頼みがある」
「わたしにですか?」
「頼みというか、おつかいじゃな。領主のファンデンベルグ候に面会の予約を入れてきてほしいのじゃ」
「はあ、それはお安い御用ですが……」
マルソーはまた俺を睨んだ。
「あなた、早く出ていきなさい。師匠が優しいからって甘えてちゃダメよ!」
そう言い放って出て行った。




