城塞都市ブルーノ③
待っているとすぐに給仕が麦酒と呼ばれる飲み物を持ってきた。
ジョッキという小さな樽形の器から白い泡が溢れてこぼれている、魔法遣いの顔を見るとにやりと笑った。
「これを貴様に飲ませたかったのじゃ、ぐいっといけ、ぐいっと」
そう言うとこれが手本だとばかりにぐいっと飲んで見せる。
俺も負けじと喉の奥に流し込む、爽やかな飲み口にほのかな苦みが心地よく思わず喉を鳴らして一気に飲んでしまう。
「ぷっはぁ~!」
思わずこぼれた言葉は二人同時だった。
「どうじゃ、いけるじゃろう」
「ああ、美味い! もう一杯だ!」
「わしもじゃ」
給仕を呼ぶとすぐにおかわりを持ってきた。
「そういえば乾杯がまだじゃったな」
「そうだな」
「んむ、では儂と貴様の出会いに乾杯」
出会い? まあいいか。
「乾杯」
乾杯してすぐに最初の料理が運ばれてきた。
「はーい、お待たせしました、次の料理もすぐ出来ますからねー」
テーブルに置かれた料理は見たことのあるものだった。
「これは?」
魔法遣いはやや自慢げな笑顔を見せてから答えた。
「刺身じゃ、近くの川で捕れる鱒がな、刺身にすると美味いのじゃ」
「へえ、驚いたな、ヒノモト以外の国では生で魚は食わないと聞いていたが」
「ここでこれを頼むのは儂くらいじゃ。そのままでは臭いからの、儂と店主で調理法を研究したのじゃ。まあ食ってみよ」
久しぶりの刺身だ、ちゃんと薬味も醤油も添えてある。
「うん、美味い」
続けて麦酒を流し込むとこれがまた美味い、料理との相性も最高だ。
魔法遣いも美味そうに食べて、そして飲んでいる。続けて提供される料理は食材こそこの地のものだが調理法や味付けをヒノモトに近くしてあってどれも最高に美味かった。
魔法遣いは俺に料理の説明をその都度してくれる。ヒノモトの食べ物に詳しいようで調理法など店主と研究してきたそうだ。
「あんたはヒノモトの料理に詳しいんだな、行ったことでもあるのか?」
「ああん?」
魔法遣いは少し酔っているようだ、顔も赤いし目が少し据わっている。
「行ったことじゃと? あるに決まっておろうが。それよりも、じゃ」
魔法遣いは俺の首根っこを掴んで引き寄せた。
「儂の名はあんたではない、名乗りを交わしておるのじゃ、名前で呼んでくれんかの」
「ん、あー、そうだな名前でな、あー、名前な」
まずいな、確かにあの時聞いたのだが異国の名前はピンと来なくて覚えにくいんだよな。
「あ? なんじゃその曖昧な態度は? タケゾウ、貴様まさか?」
「何言ってるんだ、大丈夫だ、ちゃんと覚えてるぞ、漏斗安全」
魔法遣いの表情が一気に冷たくなった。はっきりいって怖い。掴んだ首根っこを思い切り突き放した。
「儂の、儂の名を聞いておらんかったのか?」
「聞いてたとも、ちゃんと聞いた、だが異国の名は覚えにくいんだよ、だいたい合ってただろ」
魔法遣いの怖かった顔が一瞬だけ切なげな表情に変わった、ような気がしたのだがすぐに怖い顔に戻る。
「ではもう一度名乗ってやろう、儂の名は……」
魔法遣いは言いかけて固まってしまう。少し考えてから意を決したように口を開く。
「儂の名は、シャ…………」
今度ははっきりと切ない顔を俺に向けた、だがまた言いかけて固まってしまう。その訴えるような顔が一瞬、夢の中の少女と重なった。
まさかな、俺も酔いが回ったようだ。
魔法遣いは大きく深呼吸をして、そしてこう言い放った。
「良いかよく聞け、儂の名はローテアウゼン、ローテアウゼンじゃ」
「お、おう、今度はよく分かった。ロ、ローテアウ、アウゼン、だ。少し呼びにくいな」
魔法遣いを見ると遠くを見るような目で俺を見ている。
「どうした?」
我に返ったように目を逸らす。
「な、ならば好きなように呼べばよい」
「そうだな、ローテ、テ、テ、テ…………タ、んー、ではロッタでどうだ?」
目を見開いた間抜けな顔で俺を見ている。なかなか表情豊かな奴のようだ。
「そ、そうじゃな、んむ、ロッタか、ではそう呼ぶがよい」
何故かは分からないがどこか嬉しそうに麦酒をぐいっとあおった。
「すまぬが麦酒をもう一杯、お代わりじゃ!」
俺も付き合って麦酒をあおる。
この後、何を話したのかよく覚えてはいないが後に給仕の娘に聞いた話ではかなり二人とも盛り上がっていたそうだ。