城塞都市ブルーノ②
ブルーノの街に着いたのは予定よりも早く、昼前には到着していた。
荷馬車の主であるアバントどのはブルーノでは常連の行商人であり城壁の中に入る検問での手続きは手慣れたもので、また守衛からの信頼もあってすんなりと街へ入ることが出来た。
行商人たちは街に入ると所属する商会へ向かい商品の納入などの取引を行うらしい。まあ詳しいことは分からないが用心棒代を貰うまでは付き合わなければならない。
なんせ野盗どもに有り金全部渡してしまったから一文無しだ。
外でしばらく待っているとアバントどのがえらく上機嫌で出てこられた。思っていたよりも高く取引が出来たそうで用心棒代も約束の倍払うと言ってくれたのだが丁重に断らせてもらった。
俺には大金は必要ないからな、少しの間食っていけたらそれでいい。
アバントどのと別れてからとりあえず空腹であったので市場の屋台でパンと芋を茹でた料理を軽く食った。不味くはないが正直なところヒノモトの飯が恋しくなる。
とりあえずブルーノの街を歩いてみることにした。
この城塞都市はでかい街だ、アバントどのに聞いた話では城壁の内側の街には七万人余りが暮らしているそうだ。
この辺り一帯の交易の中心地でもあり毎日多くの行商人が訪れ、商品を卸し、買い付けて去っていくのだとか。
確かに街には活気があり豊かに暮らしているように見える。
大道芸を見たり、武器屋で剣を見たり、昼寝をしたりと過ごしているとすぐに日が暮れてきた。そろそろ今夜の寝床を決めなければならない。
宿場通りを歩いていると客引きがやたらと声をかけてくる、俺は一番安いところでいいんだがな。適当にあしらいながら歩いていると後ろから呼び止められた。
「また会うたのう、タケゾウよ」
この声は。振り向くと黒いローブを纏った少女、魔法遣いがいた。
「ああ、あんたか。この街に住んでるのか?」
「まあな」
そう答えると魔法遣いはローブのフードを外した。紅い大きな瞳の美しい娘の顔があらわになり瞳のように紅い長い髪が見えた。金色の髪の少女ではなかった。
「んん? 貴様いまがっかりせんかったか?」
「え? いやいや、なんでがっかりするんだよ」
なんという鋭い奴だろうか、しつこく疑惑の視線を俺に向けている。
「んー、まあよいか。ところでタケゾウよ、行くところがないのか?」
「そうだな、まだ決めてはいないかな、一番安い宿にしようかと思っている」
「そうか、ならば儂と夕餉でも食わぬか。馴染の店に案内するぞ」
とりあえず断る理由もないし誘いに乗ることにしてみた。
「構わないが、法外な料金を請求されたり怖いお兄さんが出てきたりする店じゃないよな」
「たわけ! そもそも貴様なぞ連れて行ったら返り討ちにしてしまうじゃろうが」
「ははは、そうだな」
「黙って付いてこい、貴様の好みは分かっておる」
魔法遣いに着いていくと宿場通りから通りをひとつ渡った。そこは酒場通りとなっていて酒場や飯屋が並んでいた。
「ここじゃ、入るぞ」
周囲の店と比べて特に立派とかいうわけでもなく、本当にただ馴染みの店のようだった。中に入るとすぐに大きな声で歓迎された。
「いらっしゃいませ! あら、魔導師さん今日はお二人?」
「うむ、まあ、ちょっとな」
「奥のテーブルにどうぞ、すぐにうかがいますね」
まさに常連客らしいもてなしだった。元気のいい給仕の娘も好印象だ。
「ほれ、突っ立ってないで席にいくぞ」
「ああ」
テーブルに着くとすぐに給仕の娘がやってきた。
「この男はヒノモトから来たのじゃ、いつものやつを一揃いで二人分頼む」
給仕は身体をのけぞらして厨房に向かって叫んだ。
「大将ぉー! 魔導師さんがいつものやつを一揃いで二人前大丈夫~?」
給仕はにっこりと笑う。
「大丈夫だって、大至急で調理やっちゃうね! それから今日は魚のいいやつ、入ってるよお」
「おお、そうか、では魚も例のアレで頼もうかの」
「一人前でいい? 二人前……いっちゃう?」
「二人前じゃ」
「はーい、ありがとうございまーす、お飲み物は?」
「そうじゃな、麦酒をふたつ」
「はーい麦酒お二つぅ~、ご注文は以上でいいですか?」
「うむ」
「では、少々お待ちくださーい」
給仕の娘は快活で見ていて清々しいが制服は民族衣装らしい胸元を強調した形になっており目のやり場に困る。
斜め向かいに座る魔法遣いはローブを纏っているおかげで身体の線ははっきりせず胸の膨らみもあるのかないのか分からなかった。
「貴様、いま儂の体を不埒な目で見んかったか?」
「はあ? そんなわけないだろ」
不審そうな目を向ける魔法遣いから目を背ける。
妙に勘がいいというか鋭いやつだ、こんな奴と共に食事となるとある意味では真剣勝負といってもいい。
覚悟が必要だと思わず息を呑んだ。