悪魔を憐れむ詩⑨
足場を失ったロッタは瓦礫と共に落下していく、下を見るとはるか下に転がり積もった瓦礫が見える。
上を見ると水術の毒に冒されながら堕ちてくる皇帝……このまま落ちると下敷きになってしまう。
転移の魔法も発動しない。
「ここまでか……ヤツと刺し違えるなら……まあよいか」
などと考える間に、危ない時には呼べと言ったタケゾウのことが脳裏に浮かぶ。
「来いッ! タケゾウッ!!」
外で街の民に付けられた虫退治をしているタケゾウに声など届くはずが無い……そう考えるよりも先に思わず叫んだ。
そして叫んだ後で、来るはずがないと思った刹那……目の前の空に白刃が奔り裂け目が出来た。
裂け目からタケゾウが現われる。その姿を見たロッタの顔は安堵の笑みを浮かべ紅い瞳が涙で潤んでいた。
タケゾウはすぐさまロッタを抱き寄せ、胸にしっかと抱えると再び剣を抜き空を斬った。
落下する勢いのまま裂け目に飛び込むと、最後に市民達を斬った広場へと転がり出た。
タケゾウが大切に抱えたロッタの無事を確認すると恐ろしい悲鳴が響き渡り、同時に塔が倒壊していくのが見えた。
タケゾウはロッタを優しく立たせ「やったのか?」と訊ねた。
ロッタは塔のほうを黙って見た。そして手にしたままの弓をじっと見る。
「矢は……五本すべて命中した……おそらくは……」
タケゾウは剣を鞘へ収めるとロッタの頭に手を置いた。
「……そうか……よくやったな」
ロッタはタケゾウの手を払いのけ
「やめんか、撫でるでないわ」
そう言って弓を格納する。
そばで二人の話を聞いていた街の衛士である魔法使いのひとりがタケゾウに訊ねる。
「皇帝を……倒したの……ですか……?」
タケゾウはもう一度倒壊した塔を確認して「……ああ」と答えた。
まだ信じられない魔法使いは今度はロッタに向かって訊いた。
「貴女が……伝説の大魔法遣いローテアウゼン様……本当に皇帝を倒されたのですか……?」
ロッタは訊ねてきた魔法使いをじっと見つめて答える。
「儂の……身体を分解する水術毒魔法を含ませた矢で心臓を貫いた……もはや……生きてはいまい」
呆然とその答えを聞いていた魔法使いは次第に息を荒げていく、そしてその表情は少しずつ笑顔へと変わっていく。
そして魔法使いは振り返り、他の仲間達そして市民達に向けて叫んだ。
「皇帝は……死んだ! あの……悪魔のような皇帝は死んだぞーーーーーーーーーーッ!!!」
魔法使いの叫びを聞いても皆にわかには信じられず、静まり返るばかりだった。
魔法使いは繰り返し叫び、ロッタを指差した。
「大魔法遣いローテアウゼン様がっ……皇帝を倒されたのだ!! 皇帝をッ倒したのだーーーーー!!!」
一人の市民が衛士の魔法使いに尋ねた。
「もう皇帝に虫を付けられることはないのか……?」
魔法使いは「そうだ」と答える。
すると市民は腕を振り上げて叫んだ、歓喜の声を上げた。そこから伝播するように歓喜の叫びが拡がっていった。




