魔法遣いローテアウゼンの奇蹟⑦
思いがけずかけられた紅目の声に浦風は動揺し、背中を向けたまま慌てて袖で顔をこすって取り繕った。
「……なんでもない」
「なんでもないことがあるか!」
そう凄む紅目に浦風は「なんでもないのじゃ」と繰り返す。
「では……なぜじゃ……」
「ちょっと……花を摘みにきただけじゃ……」
浦風がそう答えた後に少しだけ沈黙の間が流れる。
「花など……摘んでいる場合かっ……大勢の者たちを逃がさねばならんのじゃぞ! 敵がっ……すぐそこまで来とるのじゃぞっ」
方便の通じない紅目に浦風は戸惑いながら鼻をすすった。しかし背後に感じる紅目の様子がおかしいことに気付く。
紅目の息づかいが泣いているように聞こえた。
「……すまぬ……浦風殿……すまぬ……儂は…………」
急にか細くなった声に浦風はゆっくりと振り返る。
突然に紅目が抱きついてきた。
「なっ!」
浦風はうろたえるが紅目は胸に顔をうずめしがみついた。
「……すまぬ……儂は浦風から若を奪ってしまった……やっと、分かったのじゃ……浦風も若のことを……」
浦風は紅目を遮って話し始める。
「あれと妾の付き合いは長い……鼻タレ坊主の頃から知っておる、それがいまだに迎えに来んのじゃ……うすうす分かってはおった……」
紅目は浦風の顔を見ようと顔を上げるが浦風はその頭を自分の胸に押しつけ拒んだ。
「あれは察しの悪い男でのう……肝心なことが分かっておらぬ唐変木じゃ……あんな男の求婚を受けてしもうて……紅目殿のこれからの苦労を思えば……悲しいことよりも…………」
浦風は紅目の肩に手を置き、今度はその顔を上げさせた。
「ざまあみろという気持ちで一杯じゃ……」
紅目は浦風の顔を見つめて言った。
「そ……そんなにひどいのか……?」
「ああ、ひどい」
「…………そういえば……」
浦風はぷっと吹き出した。
「紅目殿……この話はまた今度じゃ、我らにはすることがある……そうじゃろう?」
紅目は頷いた。
「……そうじゃ、一刻を争う」
「では、戻るぞ」
紅目は頷き、二人は駆けだした。




