漆黒の姉妹⑧
あれから二日が過ぎたがカラスどもは姿を見せていない。見られているような殺気を感じることもなく、ロッタに訊いてみてもやはり視線を感じることはないようだった。
進む馬車の周りには田苑が広がり、集落か村が近いようだった。
畑で作業をする農夫たちの姿もちらほらと見える。少し進んだところで道は二手に分かれており左手に進むとドマソフという村に入るようだった。
俺は馬車を村へと進めた。
「なんじゃ、村に寄るのか」
「ああ、少し買い物をしておきたい」
「ふむ……まあ今のうちなら大丈夫じゃろう」
「今なら襲ってくる気配もないしな」
ロッタは今も奴らの視線を感じてはいないようだ。
村は意外と簡素な柵で囲われただけだが魔獣除けの結界は厳重に張られていた。
門をくぐるとよそ者が珍しいのか通りを歩く村人からは好奇の視線を浴びた。路上で農具の手入れをしていた農夫が話しかけてきた。
「おたくらは今夜はこの村で泊まるのか?」
「いや、買い物をしたいんだが、それと出来れば食事もしたい」
「そうかい、だが食事は出来んかもしれんな」
「この村に食事を出す店はないのか?」
「いや、一軒だけあるんだが今朝やってきた姉ちゃんがやたら大食いでな、まあこの先にあるから行くだけ行ってみたらいい」
大食いの女が来たからといって店中の食い物を食べ尽くすほどは食わんだろう。
「ありがとう、ついでに鍛冶屋か武器屋の場所を教えてもらえないだろうか」
「食堂まで行けば見えるところにあるよ」
「そうか、ありがとう」
馬車を進めると村の中央部に大きな広場があり、ぐるりと囲むように露天商が並んでいた。
村の規模からすると意外と広く、設備も良い。大きな馬用の水桶も置いてあったので馬車を停めておくとにした。
「どうする、先に飯にするか」
「そうじゃな、買い物が後からでも良いなら儂はどちらでも構わん」
「よし、では飯屋へ行こう」
さっきの農夫の話では一軒だけあると言っていたが、見渡すとそれらしき露店を見つけた。テーブル席が通りに五つほど並べられている。そのうちの一つには人だかりが出来ている。
人だかりの近くで食事をするのは御免なので離れた席に着こうとした時、ちらとだけ人だかりの中に座る人影が見えた。
肌の露出が多い白い装束、俺はすぐに思い当たる。人だかりを押し退け、奴の背後に立った。
「おい、貴様こんなところで何してやがる」
やつは興味なさそうにちらとだけ見ると料理に匙を突っ込み、口へと運ぼうとした瞬間固まるように動作が止まり、物凄い勢いで俺の方に振り向いた。
やつの表情は見る見る変わり、思い切り口の中の物を吹き出しやがった。
「てんめえ、何しやがる」
咳込んでいたやつが俺を見た。
「あなたこそ突然何よ、わたし、ちょっと驚いて全部吹き出してしまったじゃないの。ゴホゴホ」
「待ち伏せてやがったか、すぐに何も呑み込めなくしてやる」
俺は刀に手をかけた。するとロッタの手が俺を制するように重ねられた。ロッタを見ると首を横に振った。
「ここではいかん」
俺は思わず舌を打ってしまう。確かに今ここでこいつの首を刎ねても俺はただの人殺しだ。
「兄ちゃん、この姉ちゃんの知り合いか?」
飯屋の店主が俺に手ぬぐいを渡してくれた。俺は顔と、着ているものをそれで拭った。
「いや、そういうわけで……」
言い終わらないうちに店主は俺の肩をつかんでやつの正面に座らせた。
「おい、やめろ」
俺は立とうとしたがまたすぐに座らされてしまう。そして目の前に皿が置かれた。
「さあ! この兄ちゃんと姉ちゃんの対決だ!」




