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魔法遣いローテアウゼンのキセキ  作者: 福山 晃
第一章 城塞都市ブルーノ
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城塞都市ブルーノ①

 空は青く晴れ渡りちぎれ雲が流れ、道端には小さな花がそよ風に揺れている。


 軽快なリズムを刻む馬の足音が響き小さな荷馬車が進んでいた。


 荷馬車が轍に突き出た石を踏み、がたんと荷台が跳ねる。


 おかげで俺は飛び起きた、荷台の後ろで横になっていたらいつの間にか眠っていたようだ。思い切り腕と背筋を伸ばしてノビをする。


 ふと気付くと涙が流れていた。またあの夢を見ていた。思わず苦笑いがこぼれる。


 繰り返し繰り返し見る夢は悲しい夢ではあるが不思議と嫌では無かった。



 夢の中の少女と運命の出会いでもすれば見なくなるのだろうかな。



 つまらないことを考えていると突然に馬車は止まった。何事かと前をのぞき込んでみると、馬車の行く手を阻むように並ぶ男達がいた。


 見るからに物騒な野郎共が剣を持って立っている。どうやら仕事のようだ。俺は馬車を降りた。


 御者台の横まで進むとこの荷馬車の主であるアバントが怯えた様子で必死に馬をなだめている。


「ああ剣士さま、いけません、相手は七人とても敵いませんよ」


 やれやれ、自分の雇った用心棒だというのに見くびられたものだ。ヒノモトではこの程度の人数に狙われるのはしょっちゅうだった。


 あの頃と違うのは二刀流を封じただけのこと。


「心配されるなアバント殿、四十七人までは相手をしたことがある」


「よ……四十七人ですと?!」


 俺は馬の鼻を撫でてやり、前へと進み出た。


「お前が用心棒か?」


 野盗共の(かしら)らしき男が尋ねる。大きな体躯にひときわでかい剣を背中に帯びている。


「ああ、そうだ。お前らにくれてやる物は無い」


「いい度胸だがこの人数相手に勝てると思っているのか? おとなしく金目の物を置いていけば命までは取らんがどうする?」


 まさに野盗が吐くセリフだな。


「お前らこそ七人いれば俺を倒せるとでも思ってるのか?」


 (かしら)の表情が変わった。


「マルコ、トリーノ、かかれ!」


 二人の男が抜刀し、俺を挟むように進み出てきた。


 何度となく複数を相手に戦ってきた経験から俺はすぐに分かった。こいつらはこういうことに慣れている。


 試しに数歩進んでみると、俺が進んだだけ二人は退る。なるほど、やっぱりだ。


「お前ら、こういうの慣れてるな?」


 返事は無かったが少しの動揺は見て取れた。


「どうした? 剣を抜かないか?」


 (かしら)が俺に向かって怒鳴った。


「俺のことは構わんからさっさとかかってこい!」


 俺が鞘に手を添え(つば)に親指をかけると空気が変わった。(はばき)を抜き、いつでも抜ける態勢で二人を睨みつけた。



 二人はじりじりと間合いを詰めていた。探るように少しずつだ。


 俺は誘うようにわざと視線を外してスキを作ってみせるが簡単には乗ってこない。やはり慣れてやがる。


 それでも焦ったか、しびれを切らしたか、俺の手が柄に触れた瞬間同時に斬りかかってきた。


 右が先か、左が先か、俺は同時に観察する。わずかに右が速い、定石通りか。


 斬るつもりだったが刹那に気が変わり、鞘を回して刃を裏返す。


 こいつらスジはいいが俺を相手にするには遅い、地を蹴り二人の間をすり抜けながら右からの剣をくぐりながら剣を抜きざま刀身を奔らせ背中を打ち、振り向きざまに左の背中も打った。


 再び刀身を鞘に収めると二人は同時に地面に倒れた。


「全員同時でも良かったんだぜ? 次は五人でくるか?」


 (かしら)を睨みながら言ってやった。


 しばらくの間倒れた二人を無言で見ていたが俺に向き直るとこう言った。


「どうやら我らはお前を見くびっていた、ということらしいな」


 俺は肩をすくめて見せる。


「そういうことだな」


 (かしら)は背中の大剣を抜いた。


「我が名はユハ・マツーダ! またの名を剛腕のユハ! 剣士よ!我と尋常に勝負せよ!」


 俺は思わず笑いが出た。


「野盗風情が名乗りを挙げて尋常に勝負だあ?」


「我が負けた時には残った者らには寛大な処遇を頼みたい」


「えらくムシのいい頼みだな。だが、まあいいぜ、そういうのも嫌いじゃない」


 小さな声だったがたしかに聞こえた返事は「かたじけない」だった。


「だが、俺は名乗らねえぞ。野盗風情に名乗る名はないからな」


 (かしら)は頷くと「いざ!」と声を上げた。



 この男、野盗なんかにしては綺麗に構えやがる。野盗ってのはもっと粗暴な剣術ともいえないような振り回し方をするもんだ。剣なんてものよりも鈍器に近いような大剣を持ちながらこの構えだ。違和感しか感じねえ。


 俺は今度は剣を抜いて中段に構えた。応じるように男は脇構えに移行する、攻撃的な構えだ。


 睨み合いが続くが今度は小細工はしなかった。あちらが仕掛けてきた勝負だ、あちらの機会に任せることにしたからだ。


 すぐに機会はやってきた。薙ぎ払うように打ち込んできた。


 俺は一歩退き切っ先をかわす。すぐに返しながら打ち込んできた。


 スジは悪くないのだがやはり遅すぎる。もう一歩退いて切っ先をかわした刹那、懐に飛び込み男の喉に刃を食い込ませる。


 (かしら)は観念したのか目を閉じた。


「……やれ」


「やだね」


 俺は剣を収めた。


「勝負は着いただろ? 俺の勝ちだ」


 (かしら)は崩れ落ちるように膝をついた。


「分かったらあそこでノビてる二人も連れてさっさと消えな」


 勝負を見守っていた野盗の手下どもが倒れた二人にかけよるとうめき声が漏れた。


「どういうことだ」


「峰打ちってやつだ。まあ骨くらいは折れてるかもしれんが死にはしない」


 二人は抱えられて何とか立ち上がり、よろよろと歩き出す。


 (かしら)はそんな手下どもを見つめている。


「お前は……いったい?」


 俺は(あたま)を掻いた。


「あー、なんていうかな、俺はずっと剣術の修行をしてきたんだ。だから剣を交えると相手のことがだいたい分かる。お前ら野盗にしては上品すぎるんだよ、ちゃんと剣術を学んできたんだろ? 詮索はしねえが食っていかなきゃならんからこういうことしてるんじゃねえかって思ったんだよ。合ってるかどうかは答えなくていい、だから早く消えろ」


 野盗共はこちらをちらちらと見ながら退散を始めた。(かしら)も怪訝な顔を何度もこちらに向けながら歩き出す。


「待ちな」


 俺はふところから銭の入った巾着を取り出すと(かしら)に向けて投げた。


 受け取った(かしら)はそれが銀貨のつまった袋だと分かるとさらに怪訝な顔になる。


「大金じゃあねえが七人少しの間なら食ってけるくらいはあるだろ。こんな街の近くで野盗なんかやってたらいずれ自警団に狩られる。誇がまだあるならやり直せ」


 (かしら)は手下たちを振り返る。そしてまた俺に向き直ると片膝を着いて深く頭を下げると、立ち去って行った。



「剣士さま! さすがです! ありがとうございました」


 荷馬車の主アバントは大喜びで駆け寄ってきた。


「しかし、どうして奴らを逃がしてしまわれたのです?」


「あんなのは自警団に任しておけばいいんだよ」


「ま、それもそうですな。では出発しましょう、今からなら昼過ぎにはブルーノに到着できるでしょう」


 馬車の支度を待っているとどこからか声が聞こえてきた。


「そこな剣士よ!」


 声の方を向けば少し離れた高台にある岩の上に少女の姿があった。


 自分の姿を認めたことを確認したのか声の主は続きをはじめる。


「魔法遣いローテアウゼンが問う! 祖は誰や!」


 俺は思わず息を呑んだ。少女は黒いローブを纏っていた。一瞬夢の少女が現れたかと思ったがそんなはずはない。俺は大きく息を吸ってから答える。


「我が名はタケゾウ! 東の国ヒノモトより参りし剣士なり!」


 少女は満足そうな表情を浮かべると応じてこう言った。


「剣士タケゾウ! その名、我が心に刻もう!」


 そう言うと岩の反対側に飛び下りて姿を消してしまった。


 突然のことに俺は事態を呑み込めなかった。なんなんだあいつは? 心に刻もうって、えらく大袈裟だな。


 しかし俺にとって重要なのは黒いローブを纏った魔法遣いが現れたということだ。


 名前、なんていったっけ? ロー……廊下安全? いや、違うな……まあいいか。


 俺はなぜかまた会えるような気がしていた。

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