漆黒の姉妹③
ロッタの放った矢は木立の隙間を縫うように低空を滑りオオカミを貫いた。
首を貫かれたオオカミは短い悲鳴と共に動かなくなった。
オオカミといってもこの群れのオオカミは魔獣化したオオカミで、体は二回りほどでかくて凶暴だ。
ロッタの話では魔獣には二種類いて、もともとただの獣であったものが人を襲い人を食って魔獣化したものと、もともと魔獣として生まれたものがいる。人を食って魔獣化したものの特徴として体の巨大化と体の表面に骨が鎧化した皮膚を有している。もともと野獣であった場合はまさに異形の獣だという。
俺はロッタの援護を受けながら飛びかかってくる魔獣の首を一匹、また一匹と刎ねていく。俺が前の魔獣と対峙している時、背後から飛びかかるやつはロッタの矢が貫いていく。
ロッタの弓矢の腕前は剣士である俺から見ても惚れ惚れとする腕前だ。放たれた矢は閃く、弓には不利ともいえる木立の隙間を縫うように曲射も厭わない。これほどの弓使いはなかなかお目にかかれない。
連携して戦うのはこれで三回目だがすでに相棒といってもいいほどに俺はロッタの腕前を信頼していた。
魔獣の群れは20……いや30はいるか、すでに7匹は片付けた。馬車は巨木に横付けしてあり背後の警戒はそれほど気にする必要はなかった。
馬車から離れていたので俺はいったん馬車に戻る、馬を守らねばならんからな。
「ロッタよ! 後ろはどうだ」
「この程度、問題ありはせん」
馬車に戻ると馬が怯えている。俺は鼻を撫でて落ち着かせてやる。
「よしよし、すまんな、すぐに追い払ってやるからな」
灌木の陰に潜んで姿を見せない魔獣どもを警戒しているとロッタは次々と矢を放つ。ロッタが矢を放つ度に魔獣の悲鳴が響く。まったく、俺の出番はないな……
群れの数が半分ほどに減っただろうか、ほどなく魔獣どもの気配が消えていった。
オオカミの魔獣の気配は消えていったが、どうにも異様な気配が強い。
俺は警戒を解くことはなく森の中に意識を集中する。
「ロッタよ! この気配を感じるか?」
「この気配は……もっと厄介なやつじゃな……」
だろうな、こりゃあただ事じゃねえ、さっきのオオカミなんざ子犬みたいなもんだ。しかも気配は段々強くなってくる。馬が怯えて震え始めた。
「タケゾウよ! 左じゃ!」
俺は左の木立を凝視した。これは…………!
「なんだよ、こりゃあ……」
木立の中にカラスがいた。しかもデカい! 馬なんか丸呑みしてしまいそうなほどだ。
いつからそこに居たのか地面に降り立ち、じっとこちらを見ている。
今度は背後で枝々の折れる音が鳴り響き、木立の中をもう一羽の巨大なカラスが降り立った。口にはさっきのオオカミが咥えられている。
咥えたオオカミを丸呑みするとこのカラスもこちらをじっと見た。
こいつはやべえぞ、なんてデカさだ。
突然、カラスが鳴いた。でかいだけに声もデカい。
二羽のカラスは会話をするように鳴いた後、黒い羽毛が渦を巻くように体がほつれて消えていった。
消えたかと思えば今度は黒い羽毛が渦を巻き、地面に少女のシルエットを浮かばせる。シルエットはゆっくりと実像に変わっていき、二人の若い女が現れた。
二人は肌の露出が多い白い装束を身に纏っている。カラスが姿を変えたものとは思えぬ美しい二人だった。
「あなたが紅の大魔導士、紅き静寂の賢者、ローテアウゼンかしら?」
ロッタにはいくつも二つ名があるらしい。ロッタは二人を交互に見た後で答えた。
「貴様らは……漆黒の姉妹か?」
「あら素敵、わたし達のことを知っているなんて光栄だわ」
「時々遠くからこちらを観察するような視線を感じておったがカラスじゃったか」
「時々? うふふ、時々ですって? 常に、の間違いではありませんこと? 魔法遣いも500年以上生きてると耄碌するのかしら」
口を隠し高笑いをしてみせる。
「いいえ、時々で正解よ、妹よ」
「へ?」
「さすがはローテアウゼンだわ、わたしが時々目を光らせていたと気付くなんて」
「ちょっと姉様? どういうことかしら?」
「言葉のままだわ、妹よ」
「わたくし、目を離さないでって言いましたわよね?」
「そう聞いたわ、妹よ」
「だったらどうして目を離したりしたんですの?」
「だってお腹が空くじゃない? 妹よ」
「はあ?」
「お腹が空いていては集中力も途切れてしまうし見張っていたとしても肝心なことを見逃してしまうかもしれないじゃない? 妹よ」
「姉様、ちょっとくらい我慢できませんの?」
「それは無理よ、妹よ。わたし、お腹が空いたままだと死んでしまうわ」
「一日や二日食べなくても死にやしませんわ!」
「一日何も食べるなだなんて言われたらわたし、ちょっと口を聞きたくなくなるくらい気分が悪いわ、妹よ」
突然現れたと思ったら、俺たちを挟んで口論を始めやがった。何なんだ? こいつら……




