漆黒の姉妹①
ロッタは御者台の上で退屈そうに座っている。
退屈といっても決して手持ちぶさたですることがないとかいうわけではない。なぜなら今はそういう状況ではないからだ。
俺は今、野盗と戦っている。
「早う追っ払わんか」
気楽に言ってくれるが相手の人数が多く馬車ごと包囲されてしまっているので討って出ることが出来ない。そのうえ奴らはまともに戦おうとはしない小賢しいやつらだ、こういうやつらは厄介だ。
「街を出てたった二日、しかも街道上で野盗に襲われるとはな」
「こんな立派な馬車であれば、こいつら金目の物いっぱい持ってやがるなと思われても当然じゃろうて」
それは確かにそうだ。しかも持ってそうではなく実際にあるのだった。昨日の昼、食料を物色している時にロッタが金貨の入った袋を見つけてしまったのだった。しかも中身は20枚も入っている。
金貨は一枚あれば一家が一か月過不足なく食べていける程度の価値がある。それゆえに小さな買い物では使いにくくもあるが何にせよ金貨20枚は大金である。
「暇そうだな、ロッタ」
「それは貴様に手出し無用と言われてはのう、儂のすることはないからの」
妙な拗ね方をしているらしい。
しかし野盗に囲まれ、やつらは俺を警戒してなかなか近付いて来ないとなると埒があかない。どうにか討って出て一人ずつでも戦えなくしていけば何人か倒せば奴らは引き上げていくだろうが、討って出た隙に乗じて馬車を襲われたんじゃ意味がない。
何よりも守らなければならないのは馬だ。もちろんロッタも守らねばならないが馬をやられてしまうと馬車が動けなくなってしまうからな、ここはひとつロッタにも応援を頼むとするか。
ロッタに背後の敵の動きを見張ってもらえば討って出る間に襲撃されても対応しやすくなるだろう、よしこれだ。
「ロッタよ!」
「お? なんじゃ?」
「俺の背後を頼む!」
ロッタの表情が一気に明るくなった。
「儂に、背後を頼むとな?」
「そうだ、俺が討って出る、その隙に馬車に近付く者を牽制してくれ」
ロッタは不敵に笑った。
「仕方ないのう、タケゾウにそこまで言われては断るわけにもいかんのう」
俺は取り囲む野盗を睨む、警戒するべきは石弓を持った二人、残りは全員短刀しか持っていない。
「では、任せたぞ」
俺は正面に見える短刀持ちを最初の目標とした。抜刀し、脇に構えると一気に駆け寄る。
俺に狙われたと悟ると口笛を吹いた、遠くの仲間に俺が馬車から離れたことを報せたのだろう。
俺は峰で手首を撲ち得物を叩き落した。手首の骨は折れただろう奴は腕を押さえて転げまわる。
続けて背後にいた石弓の男を狙う、奴は慌てて矢を放つが狙いは甘く矢は肩を掠めただけだった。
外したことに焦るが次の矢を装填するには時間がかかる、俺の斬撃を石弓で受けようと構えるがこんなもん遅すぎて話しにならねえ。石弓を峰で叩き落し首を手刀で打つと失神して倒れた。
続けてもう一人の石弓を、と思った所で背後に閃光を感じた。同時に空気を切り裂く鋭い音。
振り返ると馬車に近付こうとした野盗が崩れ落ちるのが見えた。
さらに馬車の後ろに回りこんだ二人が馬車に駆け寄ろうとしている。
俺は石弓に背を向け馬車に戻らんと駆け出した。
ロッタはそれも見えていたらしく、御車台に立ったままで後ろに向いて腕を振るった。
「見えぬところから近付こうなど誰でも考えるわ、愚か者め」
その野盗二人に閃光が奔り、鋭い轟音が弾けた。まさに小さな落雷のようだ。
野盗は閃光の瞬間に倒れて動かなくなった。
ロッタはこちらを向くと慌てて指を差し叫んだ。
「タケゾウ! 後ろ!」
振り向くとさっきの石弓が放たれるところだった。
俺は矢を避けた。
……つもりだったが矢は俺に届く前に空中で止まった。ロッタの魔法だとすぐに悟った。
石弓を放った男は恐怖の表情を浮かべて後ずさっている。振り返りロッタを見ると腕を振り下ろすのが見えた。
鋭い轟音が響き、向き戻ると男が倒れるのが見えた。
なんてこった、後ろを頼むと言っただけなんだがロッタ一人で残り全員倒してしまいそうだ。
「そこにも居るな?」
ロッタは次々と腕を振るい、その度に閃光と轟音、そして一人ずつ倒れていく。
「……やめろ……やめろぉぉぉぉぉ」
結局ロッタは魔法であらかた野盗どもをやっつけてしまい、何人か残ったやつらで失神してたやつらを連れて退散してしまった。
これでは俺が護衛として雇われた意味がなく、それよりも……だ。
「俺は後ろのやつらを見張っててくれと言ったんだ」
「タケゾウが背後を頼むと言うたのではないか……背後を頼まれたからには…………」
ロッタは小さくなって俯いたままで答えた。
思わずため息をついてしまう。ロッタはロッタなりにがんばって対応してくれたのだろう、それが分かるだけにあまり強くも言えない。
「俺はロッタを護衛するために一緒にいるんだ、ロッタは必ず俺が守る。だから俺を信じてくれ。それに……その…なんだ……魔法はあまり使わんほうがいいのだろう?」
ロッタは俺の顔をちらと見た。まるで幼女のように口を尖らせてしょげている。
「マル……いやオウカから師匠のことを頼むと強く言われている。俺には理由が分からんがあまり魔法を使わんほうがよいのではないか?」
ロッタは口を尖らせたまま、こくりと小さく頷いた。




