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魔法遣いローテアウゼンのキセキ  作者: 福山 晃
第一章 城塞都市ブルーノ
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城塞都市ブルーノ⑪

 ロッタは荷物をまとめた(ひつ)を床に置くと満足げにぱんぱんと手を叩いてから腰に手を当て俺を見た。

 今度の(ひつ)は昨日のやつより少し大きい、俺に持たせることを見越してのことだとあからさまに分かる。

「そろそろ行くかの、タケゾウ」

「おう」

 俺は(ひつ)を風呂敷に包み、背負ってから肩で風呂敷を結んで止めた。

 俺の準備を待ってからロッタは歩き始めた。

「師匠、門まで送ります」

 ロッタは振り返ると何も言わず頷いた。

 マルソーは俺の後ろを着いてきた。いかんな。

「マルソー、しっかり師匠に着いて歩け、見送るんだろ?」

 マルソーはぺこりと頭を下げ小走りでロッタの後ろに着いた。

 ロッタはちらとだけ後ろを見るとそのまま歩き続けた。

 そういえば朝もいい時間になるのだが街の中に人気がない。もうそろそろ人々が動き出してもいいはずの時間だが一人も見かけない。

 あやしいな、だが俺はぴんときていた。街の連中は何かを企んでいるんだろう。

 俺たちの目指す西門へと続く大通りはこの先の角を曲がったところだ。その角に子供が一人立っていた。こちらに気付くと大通りの方へと駆けだした。

「来たよー!」

 そう叫びながら駆けていった。

 通りへ出ると壮観な眺めだった。

 俺たちが大通りに入ると、西門にかけて沿道は人で埋め尽くされていた。

 ロッタが驚きのあまり思わず立ち尽くしてしまったほどだ。

 沿道の人々は、ある者は感謝の声をかけ、ある者は泣きながら拍手で送ろうとした。

「すげえな」

 俺が思わず口にした言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、ロッタは何も言わず通りを進んでいった。

 西門には領主のファンデンベルグ候が待っていた。

「ローテアウゼン様、本当に行かれるのですね」

「長い間、本当に世話になりました。この御恩は生涯忘れることは無いでしょう」

 領主は目を潤ませている。

「私は……実は……いや、これは告げぬ方がよいでしょう、ですが一つだけ言わせて頂きたい。貴女の連れの方、タケゾウと言いましたかな」

「ああ、そうだ」

「君には感謝している、君があの時口添えをしてくれねば彼女は早々にこの街を発っていたかもしれない、本当に感謝している。そして、これからの彼女をしっかりと守ってあげてほしい」

 俺は頷いた。

「たしかに承った」

 領主はこくりと頷いた。

「ローテアウゼン様、このフィンセント・ファンデンベルグから心ばかりの餞別を用意しました。どうかお受け取りください」

 そう言って指した先には馬の繋がれた馬車があった。幌付きの立派なものだ。

「当面必要となりそうな水と保存のきく食料も積んであります。毛布なども積んであります」

 ロッタが俺をちらと見た。これは遠慮せずもらったほうがいいだろうと俺は思い、小さく頷いてみせた。

「それではありがたく頂戴します」

 ならば俺も櫃を背負って歩く必要もないわけだ。さっそく櫃を降ろして馬車に積み込んだ。

 領主の使用人たちが馬車の荷台にあがるためのタラップを用意してくれた。

 ロッタがその階段に足をかけた時、マルソーの声が聞こえた。

「師匠!」

 ロッタは振り返る。

「師匠、わたしに…名前を、どうか名前をいただけないでしょうか!」

 ロッタは微笑んだ。

「よいぞ」

「名前?……マルソーってのは名前じゃないのか?」

 素朴な疑問だった。

「タケゾウ、マルソーはこの娘の名前に相違はない、じゃがマルソーが言っておるのは魔法遣いとしての名じゃ」

「へー」

 合点のいかない俺にロッタは続けて言った。

「魔法遣いは一人前と認められると師匠や長といった立場の者から魔法遣いとしての名を与えられ、以後はその名で生きていくのじゃ。まあ大抵はその人となりを表すような名が付けられる」

「するとロッタもそうなんだな」

「わしは紅い瞳という意味の名じゃ。この名を持つ以前は別の名があった」

「そうなのか」

 返事をしたあともロッタは俺を見つめ続けていた。

「どうした?」

「なんでもない」

 ロッタはマルソーの前に立つと何やら装飾品を取り出した。

「実はマルソーには儂が名を与えるつもりで考えておったのじゃ」

「ほんとですか!」

 マルソーは嬉しそうにロッタを見つける。

「マルソーが弟子に来てからの毎日、儂は結構楽しかった。特にお前の作る料理はスリルがあってのう、たまらんかったわ。そこで儂が考えたお前の名はメシマズ魔女じゃ」

「え?………………ええぇぇぇぇぇぇ!!!」

 ロッタはからからと笑った。

「冗談じゃ」

 こんな時にこんな冗談が言えるロッタはすげえなと俺は横で見ていてしみじみ思った。

「儂もな、娘の時分には雑草を湯がいてみたり見た目の悪いキノコやら虫の類いを食うておった」

「……ほんとですか?」

 ロッタは頷いた。

「見た目が小娘では舐められると思ってな、わざわざ老婆の姿になってみたりもしたものじゃ」

「分かります! わたしもちょっと低い声で喋ってみたりしますもん」

「魔法遣いなら皆同じような時期に同じようなことをやってみるものじゃ。そういう黒歴史を皆持っておるのじゃ」

「もう、師匠までそんなこと言うんですか!」

 ロッタは笑った。

「お前にふさわしい名は何が良いじゃろうかとずっと考えておった。なかなか決まらんかったがタケゾウが来てからふと思い出したことがあってな、やっと決まった」

 マルソーは胸の前で両手を握りしめてロッタの言葉を待った。

「マルソー、お前はもう一人前じゃ。よってこの名を与える。オウカ」

 聞き慣れない言葉にマルソーはとまどっていた。

「オウカ?」

「うむ、ヒノモトの言葉でな、桜の花を意味する言葉じゃ。桜の花が咲くと人々は皆周りに集まってくる。儚く美しい花を愛で、つかの間の春を皆謳歌するのじゃ。お前にはそういう人が集まる華がある。きっとこれからもお前の周りに人が集まり笑顔が集うじゃろう」

 マルソーはよほど嬉しいのか、噛み締めるように目を閉じて手を合わせている。

 ロッタはさっき出した装飾品を掲げた。

「魔法遣いローテアウゼンの名において、この者マルソー・トーテリに名を授ける。祖はオウカ!」

 ロッタが告げると装飾品は光り、その表面に文字が浮かび上がった。ロッタはその装飾品をマルソーに手渡した。

「これを持て」

 マルソーは装飾品を受け取ると表面に浮かんだ文字を読んだ。

「オウカ……これが、わたしの名前……」

 マルソーは何度も繰り返し文字の表面を指でなぞった。

「ファンデンベルグ候、そういうわけでこの者オウカをこの身の代わりによろしく頼みます」

 領主は頷いた。

「では行くとするか、タケゾウ」

 ロッタを馬車に乗せ、俺は御者台に向かおうとしたところマルソー、いやオウカが俺の手を取った。

「タケゾウさん、師匠のことどうか頼みます」

「おう、任せとけ、必ず無事に送り届ける」

「それも、絶対無くさないで」

 それ、とはあの直方体のことだ。懐にしまったのだがそれでは無くさないか心配だと言って首から提げておける小さな巾着袋を魔法でこしらえて持たせてくれた。

「この通り、大丈夫だ」

 ふとロッタを見るともの凄い顔でこっちを見ている。

「きっ……きさまらっ! ちょっと見ん間にな…何があった!」

「はあ? なにもないが?」

「わ……若いのがいいのか! 若いほうがっ」

「いや、なに言ってんだ?」

「な……なんでもないわ!」

 よく分からないやつだ。

「まあ、ほのぼのやってても何だし、そろそろ行くか」

「そ、そうじゃな、出発するとするか」

 俺は馬車の御者台に座った。手綱を持ち、軽く叩いて馬車を走らせる。

 馬車が動き出すとロッタを見送りに来た街の人たちから別れを告げる声があがる。もちろんオウカも大きく手を振りながら何かを叫んでいる。

 だんだんと遠くなるが泣きながら手を振っているのがはっきりと分かる。

 ロッタは馬車の後ろから遠くなっていくブルーノの街をずっと見ていた。

「オウカのことなら心配いらんだろ。なかなか逞しそうなヤツだし街の皆もよくしてくれるだろう」

 ロッタは返事をしなかった。もう城壁の一部しか見えなくなったブルーノをずっと見ている。

「……泣いてるのか?」

 ロッタは被っていたフードを外し、紅い髪を手ですいて風に泳がせる。

「儂がブルーノに来て五百余年、はじめの百年は毎日泣いて暮らしておったのじゃ」

 ロッタは振り向いた。

「涙などとうに枯れておる」

 ロッタは俺に向いて笑ってみせるが、その笑顔はどこか寂しげだった。

「のう、タケゾウよ」

「なんだ?」

「隣に……座ってもよいかのう」

「構わんが」

 ロッタは御者台にやってきた。

「ちょっと寄らんか」

 ロッタが手でしっしっと急かす、俺は尻をちょいとずらす。空いた隙間にロッタがすとんと腰を下ろした。

 ロッタはずっと先、この川沿いの道が続く先を見つめていた。

「とりあえず、どこを目指したらいいんだ?」

「西じゃ、ずっと西、首都プラーハを目指すのじゃが少し北に寄り道をして会いたい人物がおるのじゃ」

「なるほど、しばらくは首都を目指しておけばいいんだな」

「そういうことじゃな」

 これからは長い時間をロッタと過ごすことになる、話をする機会も増えるわけだが急にそうなってもなかなか話すことがない。

 そういえば魔法遣いのことは魔法遣いに聞くのが早い、何か聞いてみようかとロッタを見ると今度は険しい顔で遠くを睨んでいた。何を見ているのかとロッタの視線の先を見ると、カラスが一羽飛び立っていった。

「カラスがどうかしたのか?」

「ん? いや……なんでもない」


 こうして魔法遣いローテアウゼンは城塞都市ブルーノを旅立っていった。

 彼女がこの街に住み着いてから524年後の春だった。

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