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魔法遣いローテアウゼンのキセキ  作者: 福山 晃
第一章 城塞都市ブルーノ
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城塞都市ブルーノ⑩

 甘く香ばしい、飯を炊く薫りに誘われ目が覚めた。

 いい匂いだ、俺は思いきり伸びをすると目をこすりこすり体を起こした。

 枕元には着替えが置いてある、やはり寝顔を見に来ていたのだろうか。寝ている間に枕元に人が来て気付きもしないで寝ていたなんてヒノモトに居た頃にはあり得ないことだ。

 俺は思わず苦笑いをするしかなかった。

 寝間着から着替えて階下に下りるとロッタが食卓で茶を飲んでいた。

「おはよう」

「うむ、おはようタケゾウ」

「あらタケゾウさん、おはようございます」

「ああ、おはよう……んん???」

 ん? タケゾウ……さん?

 台所に立っているのはマルソーだった。にしても、さん付けだと? 何があったんだ?

「どうかしましたか?」

 首をかしげるマルソーは昨日までの印象とは違いえらくしおらしい。

「あ、いや別に」

「すぐに出来ますから座っていてください」

「あ、ああ」

 ロッタを見ると頬杖をつき穏やかな表情でマルソーの背中を眺めている。俺の視線に気付くと静かに微笑んだ。

「大丈夫なのか?」

 俺は声が漏れないように口を動かしてロッタに尋ねた。ロッタはにこりと微笑むと顎でくいっとマルソーの背中を差す。

 マルソーは怪しげな食材を投入するような素振りもなくヒノモトでは当たり前にあるような朝餉(あさげ)の美味そうな薫りを漂わせている。包丁を使う音も小気味良く安心して見ていられる。

 ほどなくマルソーは汁を椀によそい、飯もよそって食卓に運んでくる。

 ロッタと俺、そして自分の分と食卓に並べ、最後に魚の切り身を運んできた。

「おお、これは美味そうだな」

 思わず口に出てしまった。

「塩漬けにした(ます)の切り身を焼いてみました、味が薄ければ醤油をかけてください」

 配膳を終えるとロッタの隣にマルソーは座った。

「さあどうぞ、召し上がってください」

「うむ、いただきます」

「いただきます」

 ロッタの話を聞いていた俺は少し不安はあったがご飯を箸でつまみ恐る恐る口に運んでみる。

「うん、美味い」

 水加減もよく焦げてもいなければ芯もない、ふっくらと美味しい飯だった。汁はほどよく味噌がきき、具には食べたことのない野菜が入っていたが僅かな苦みが食欲をそそる。そして切り身は塩加減もよく醤油は必要ない。実に美味い。

「どうですか? 師匠」

「そうじゃな、飯は満点じゃ、炊き加減もいいし味も申し分ない。味噌汁にはセリを入れたのか、これは苦みが効いてなかなかに美味い、良い工夫じゃ。そしてこの切り身は絶品じゃな、干物を炙るよりも格段に美味い、トカゲやムカデを炙って出されたらどうしようかと思っておったが」

「やめてください! 師匠、そういうのはなんだか急に恥ずかしくなってしまって……昨日までのわたしはどうかしてたんです!」

 ロッタはからからと笑う。俺もつられて笑ってしまった。

「マルソー、俺の国ではそういうのは黒歴史とか中二病とか言うんだ」

「なんですかそれ? なんかすごい的確に言われたような気がしてむかつく!」

「思春期にかかる流行り病のようなもんだ、気にするな」

 マルソーは口をとがらせぷいっとそっぽを向いた。このほうが俺にとってはマルソーらしくていい。

「うまく出来たのは分かりましたから二人ともさっさと食べてください!」

 楽しい団欒(だんらん)だった。どうやらマルソーにはこういう場を明るくする才があるようだ。さっきからロッタが少しうれしそうなのはロッタもそういう何かを感じているのかもしれない。

「ところで師匠、食事がすんだら患者さん用の新しいカルテを作ったのでうちから運びたいのですが、タケゾウさんに手伝ってもらってもいいですか?」

「ん? そうじゃな儂も荷物を支度する間があるでな、儂は構わんが、タケゾウよ少し手伝ってやってくれるか?」

「力仕事ならお安い御用だ」

「はい、力仕事です。ではよろしくお願いします」

 マルソーは片付けを終えるとえらく急かした様子で俺を連れ出した。まあ師匠に気を使って急いでいるのだろうとその時は思った。

 マルソーの家はロッタの家からほど近く、間に十数件を挟んだ程度だった。

 家の前には小さな荷車が置いてあり、玄関を開けるとすぐの所にいくつかの木箱が積んであった。

「これを積めばいいのか?」

「タケゾウさん、ちょっと中へ」

「中にも荷物があるのか?」

「いいから!」

 俺は腕を掴まれ強引に家の中に引っ張られた。

「なんなんだよ?」

 マルソーは険しい表情で睨みつける。

「師匠の、体のことはなにか聞いていませんか?」

「は? 体のことって……いったい?」

 俺にはなんのことかさっぱりだった。

「魔力の循環や供給、あるいは封印とかいった話をされたことはありませんか?」

 それならひとつだけ思い当たることがある。

「腕輪のことか?」

「それです!」

「それが何か?」

 マルソーは俺の肩を掴んでいた手を離すと椅子に座るよう促した。

「いいですか? 師匠は最高の魔法遣いですがとても弱いのです。少しくらい力のある魔法遣いだからといって師匠には勝てないでしょう。師匠は魔法の使い方が、その……巧み、なのです」

「老獪とか狡猾って意味でか?」

「む……言葉は悪いですがそういうことです。伝え聞くところによれば師匠はその気にさえなれば世界を滅ぼすことすら可能と言われるほどの魔法遣いでした」

 そういえば世界を滅ぼしかけたとか言ってたようなことを思い出したがマルソーには告げなかった。

「ですが今の師匠は封印のせいでまったく力を発揮することが出来ません。ですからタケゾウさん、あなたにこれを託します」

 そう言って渡されたものは親指の先ほどの小さな黒い直方体だった。

「これは師匠がピンチの時に師匠に渡してください」

 俺は直方体を受け取ると懐に収めた。

「ピンチってのはどういう時のことだ?」

「具体的にいえば魔法が使えなくなった時です。師匠のことですから魔法が使えないなどとは決して言わないでしょうがあなたならそれを察することが出来るでしょう、だからお願いします。その時が来たらこれを師匠に渡して。師匠が見ればこれが何なのか、どう使うものなのか分かるから」

 マルソーの様子からロッタは俺の知らないことで魔法遣いにとって深刻な弱点を抱えているということが分かる。

「ひとつ聞いていいか?」

「はい」

「これは何度でも使えるものか?」

「いいえ、一度だけです。本当はたくさん作れればいいのだけどわたしの力では一つ作るので精一杯。もうひとつ付け加えると、これのことは師匠には絶対黙っておいて」

 なるほど、そのために俺を連れ出したのだな。

「分かった。約束しよう」

 これを使うためには俺は魔法遣いのことをもっと知らねばならない。マルソーの真摯な願いのためにも必要なことだと悟った。

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