チャロ=ハイラ
テクネチウムの左腕について幾つか聞いてみたいことがあり、義手や義足のエーテライトに詳しいベリリウムの元を訪れた。ベリリウムはエーテライトによって義手を手軽に作るということを初めて成功させた生きる偉人だ。モルガナイトを模した赤みのある桃色の髪が特徴の頼り甲斐のある人だ。
「ベリリウムさん、いますか?」
ノックの後に話しかけたが、返事がない。広い家だ、ノックじゃ聞こえないのかもしれない。ノック以外に家主を呼ぶ手段としてチャイムの開発が進んでいるそうだが、早急に仕上げて欲しいと勝手ながら思ってしまうな。
「裏の庭にいるんだ!すまないがこちらにきて要件を教えてくれ!」
大きな声だ。初めて見るが、きっと立派な庭なんだろう。俺なんかが入っても良いものなのか…。いや、入るしかないじゃないか。
外壁と家の壁の間の小道を進む。何かのツルがこれまた美しく壁に張り付いていた。
「こっちこっち。ごめんね、手を離したくなかったんだ。」
庭に生える木の落ち葉を拾っているようだった。とてもキリが悪かったのだろう。
「おや、ラジウムか。珍しいもんだね。」
「あはは…都合のいい時にばかりすみません…。」
「良いんだよ。ほら、アタシに聞きたいことがあったんだろう?なんだい?」
「あの、テクネチウムについて聞きたいのですが、彼は生まれつき左腕が無いんです。どうにか彼に義手を作ってあげる方法はないんでしょうか?」
「ふぅむ…。」
ベリリウムは考え込んだ。やはり、難しいことなのか…?
「エーテライトは普段はやや硬い液状や地面から生える結晶の姿をしており、触れたものの望む硬度、形、性質に変化するという特徴を有する鉱物だ。つまり実際のところ、望む部位の形成自体は簡単だ。しかし、自由に動かすとなると話は別だ。擬似神経構造を形成するには断面が必要になる。」
「あの、それはつまり…。」
「存在する途中までの左腕を少しスライスする必要がある。とても痛いが、これしか方法はない。テクネチウム、彼にその覚悟があったならアタシの元へ連れておいで。いつでも構わないよ。」
貴重な話だった。遷移元素には慕っていた先輩を目の前で失ったショックで四肢を自ら断ち、エーテライトに差し替え防御力を上げたという狂ったような奴がいるらしい。テクネチウムの仲間にはそんな奴がいるんだ、きっと話を飲んでくれるだろう。
しかし、この話を出すのは15日当日だ。この話を希望にしてくれたなら、生存率を上げることができるかもしれない。
12月10日の陽はいつも通りに沈んでいく。ゆっくり、じりじりと、それでいて速やかに。
なにか、悔いるものを探す心情。思ったより見つからないあたり、そこそこに満足な生涯を送っていたのだろう。
レベルのわからない未知の敵は確実に迫っている。心音は上がる。生きていたいと腹の底から湧く吐き気。元素なんて人間からしてみればただの資源だ。でも、こうして命を持って、生きたいと願っている。それを断とうという意志は許されるべきではない。
許したその時が、こちら側の破滅だ。
黄昏を見送り、夜を受け入れた。
12月15日。その日はとうとうあくまでも平等にやってきた。嫌味のような晴天。ザクロは敵は何時に現れるとは言わなかった。そのため、昼のうちにカタコンベに集合という形になった。
「ラジウム、気分はどうだ?」
「俺は万全だよ。ポロの方こそどうだ?」
「ちょっと怖いかな。」
「大丈夫かよ…。えーっと、ポロは主に分析班、及び見学のキュリウムの保護、俺とフラン、ラドン、アスタは前線だ。」
「ラジウムさん、なんでポロさんは前線に立たないんです?」
「こいつは正直言ってこの中での最強なんだ。だから、守っておくべきものの防御に回ってもらう。最悪の場合の最後の切り札って感じだな。」
「敵のレベル測りも兼ねてるから、俺は前線に立ったらまずいんだよ。大丈夫、もしもの時はすぐに動くさ。」
「おねがいしますよ…?」
陽がだいぶ傾いた頃、俺はテクネチウムに例の話を切り出した
「そうだ、テクネチウム。ベリリウムに聞いたんだが、左腕、どうにかできるらしいぞ。」
「本当?」
「詳しい話はベリリウムに聞くと良い。今回の戦いが終わったら一緒に行こう。」
「もちろんだよ!…あの、ぼくなんかのためにありがとうね。あんなに嫌なこと言っちゃったのに…。」
「良いんだよ。俺がお前と仲良くなりたいと思ってやっただけさ。」
嬉しそうに笑うテクネチウムを見ていると、こちらもなんだか嬉しくなってきた。
黄昏時が迫る。この黄金の時間を過ぎたら十二神将の一人がやってくる。
緊張するかと思ったが、嫌に冷静だった。勝てるとしか思えない。
また陽は沈んでいく。カタコンベを囲むように設置された燭台に自動で火が灯る。
しかし、火が一つ消えた。
その方向から、
矢が一本。
「来たぞ!構えろ!!」
俺の頬を掠めたんだ。
ザクロの時のような羽根のない黒衣の天使。後光のようなものが輝き、そいつの周りは少々明るい。紫色の中で、白い煙を炊いたような髪色。
「お前の名はなんだ…?」
「低俗な資源どもめ。しかしまぁ教えてやらんこともない。私の名はチャロ=ハイラ。12月を担当する者だ。」
「ご丁寧にどうも。ラジウム、どう殺せば良いんだった?」
「最終確認だな。心臓の宝石を砕け!」
とにかく先ずは様子見だ。刀を構え、奴に接近する。
そして斬りかかる。
だがその場にそいつはいない!
「ラジウム!上だ!一瞬で上空に飛び上がったぞ!!」
「嘘だろ!?」
なんて速さだ。既に弓に矢をつがえ、狙いを定めて矢を放つ。狙ったのはフランだ。
「きゃ!危ないわね!女の子に仕掛ける時は一声かけなさいよ!!」
軽々とフランが矢を避けたが、避けた先にもう一発放たれていた。
「危ない!」
「ありがとう、ラドンちゃん!」
ラドンが防いでくれたようだ。
ここは地球だ重力には逆らえない。フワリと落下してくるチャロの着地を狙う。
「資源のくせにすばしっこい奴らめ!」
弓で防がれた。
「甘いわ。」
至近距離で矢が放たれた。
ギリギリのところで回避したものの、正直ヒヤッとした。
「ふぅむ…正当な手段では夜が明けてしまうわ。それに勝機も薄い。」
チャロの足元に陣が浮かぶ。
「魔術なぞという信用ならんものを学ばされたが、試してみる価値は十分あるだろう。」
宙に無数の紫に輝く弓が現れた。その一つ一つに矢尻が紫にきらめく矢がつがえられた。
「とりあえず、気に食わん青髪のお前からただの金属の塊に変えてやろう。」
チャロが指揮をとるように腕を振り上げ、振り降ろすと矢が放たれた。
ありえない数の矢が俺の方へ飛んでくる。刀一つでなるだけ防いだが、肩に一発食らってしまった。
「ぐぅっ!」
痛い。わかってはいる。当然痛いに決まっている。
気を持ち直せ、生きたいに変えろ。
あんな攻撃を初めてやるんだろう?隙は多かった。
「なんだ、案外弱いものだな!」
調子に乗ってんじゃねぇ。
第二陣が備えられた。
矢がまた放たれる。
「あ!アスタ、見て!」
「ラジウムが…赤い!」
腹は括った!確実に殺す!!
そのためにはまず…!
不思議なものだ。
何をするべきか考えていたら、するべきをこなしていた。
矢の雨を潜り抜け、チャロの懐に入り、首をはねた。
後から後から理解が追いつく。
吹き出すような人間の赤。
遺体と化したそれは仰向けに地面に叩きつけられると、ザクロの時のように心臓の宝石のみを残して消えた。
呆気なかった。思ったよりあっという間の戦いだった。
思わずしゃがみこむ。
「嘘だろ…。」
手が震える。
ほんの一瞬で一つ命が絶えた。
一撃、たった一撃。
「ラジウムすごいじゃないか!」
「さすがですラジウムさん!」
「大丈夫かラジウム…?」
ただ一人、心配そうに声をかけてくれたアスタの脚に縋り付いた。
「大丈夫じゃない…!まさか、一撃で死ぬなんて思ってなかったんだ…!」
「ラジウム…」
「とりあえず…分析班、…チャロの心臓を運んでくれ…。」
「わ、わかった!」
「俺は、まだ咲いてる花がないか探すよ…。」
アスタの手を借りてやっとの思いで立つ。目眩がしそうだ。
「ラジウムさんはそこで休んでいてください!花なら僕が探してきます!アスタチン、あとは頼んだからな!!」
「お、おう…!」
「ラジウム、俺たちは先にニトロに報告しに行く。観察はしっかりしておいたから安心してゆっくり来いよ。な?」
アスタと俺だけがその場に残った。
「あれが本当に人間だったとして、人間はたったの一撃で簡単に死んでしまうんだな…。だって俺たちは首を切られても心臓さえ残っていれば動きは止まっても死なないじゃないか…!でも、あいつらは違う…。一撃が致命傷なんだ。たったこのくらいで…俺たちの方が生物として優秀じゃないか…。」
「ラジウム、落ち着いて。今は肩の治療をしよう。エーテライト持ってきたんだ。オレが、治療する…から…。」
アスタがポロポロと涙をこぼし始めた。
「ど、どうしたんだアスタ…?」
「オレが、オレがちゃんと動けたらラジウムはどこも傷つかないで済んだのに…。ごめん、本当にごめん、次はきっと頑張るから…。ラジウムのこと守るから…。」
肩を震わせて泣く。
「大丈夫、怖くて動けないのは当然のことなんだ。お前は何も悪くないよ。」
気が緩んだせいか、俺も視界が滲み始めた。
「ラジウムさん…お花ありましたよ…っておい。」
二人で地面に横たわって眠っていた。僕が1時間くらい頑張って花を探してる間に全く…。
役立たずだったアスタチンについては今後どうする気でいるんだろうか。ほとんど動けていなかったくせにラジウムさんとは仲良くしやがって。
「…いや、まぁいいよ。」
ラジウムさんの傷はエーテライトによって塞がれていた。じきに皮膚層と馴染むだろう。エーテライトを持参するところまで気が回らなかった。アスタチンは臆病で戦闘向きとは言えないが、僕たちの思いつかないところまで気が回るようだ。
でも、僕は認めないからな。
「二人とも!起きてください!!お葬式やるんでしょ!!」
僕の大声に驚いて二人が跳ね起きた。改めて見てわかったが、相当泣いたのだろう。目元が赤く少し腫れていた。
奴が消えたところに花を置いて、三人一緒に手を合わせる。
…こんな調子で大丈夫なのだろうか。
不安は口にしただけ膨らむ。無駄は嫌だ。
来月、来月がどうかにかけようか。