その日への備え
街明かりの少ない夜。マリーのバーに久々に立ち寄った。
今日は12月1日、15日まであと2週間。ガーネットの御守りを握りしめ、震えそうな肩を震えないようにどうにか耐える。
「ラジィ、どうかしたの?」
なにも知らないマリーに思わず不安をぶちまけたくなる。
「いや、なんでもない。」
口は嘘をつく。
「そういえば、刀の柄はどう?前来た時は壊れたって言ってたような。」
「質のいいラピスラズリのおかげで完全復活ってところだ。」
「うふふ、今回のラピスラズリは私が作ったものよ。ラジィのためにホワイトセージを受けて、水晶御膳を食べて作った最高品質のつもりよ。」
ふんわりと笑う彼女の優しさがとても暖かい。
「ありがとう。今度も大事に使わせてもらうよ。」
宝石族は体に組み込まれた秘術を使うことによって掌から好きな形に宝石を産生できる。俺の刀の柄はラピスラズリ族に作ってもらった石をピエールに加工してもらって作られている。
「ピエールは元気そうだった?」
「あぁ。マリーに会いたがってたよ。近いうちに会ったらどうだ?」
「えぇ、そうするわ。」
俺はマリーが好きだ。だが、マリーはピエールを愛している。加えて二人は両想いだ。既に俺の恋は終わっている。何度も確認してみるが、覆らない事実だ。
「ねぇ、やっぱり何か隠しているでしょ?」
「いや、なにも隠してない。」
「ラジィって、隠し事があるといつもよりお喋り上手になるのよ。気づいてた?」
「え、」
「でも、話しにくいことなんでしょう?無理に話さなくていいわよ。」
「…うん。」
まさか、2週間後に生死を賭けた戦いに出るなんて言えるはずはなかった。
「でも、マリーとピエールのことは守るから…」
「俯いて言わないでよ。余計深刻そうに思えて心配しちゃうわ。」
彼女の気遣いが俺は大好きなんだ。
「そろそろ帰るよ。」
「えぇ、また来てね。美味しいお水を用意しておくから。」
カランと軽やかなベルの音と共に、とても重い心を抱えて外に出る。
「あっ!ラジウムさん!」
「ラドン!なんで…?」
「ヒマノフト討伐の手伝いをしてきました!あと2週間で15日じゃないですか、だから腕が鈍ってないか確認してたんです!」
「そうか、いい心がけだな。」
「だって、怖いですから。」
確かに、一度姿を見たとはいえ、あまりにも未知の勢力だ。怖くて当然だろう。
「ラジウムさん、結局アスタチンはどんな奴なんですか?」
「アスタ?あぁ、ちゃんといい奴だよ。ちょっと怖がりなところとか、色々と不安定なところとか、少し心配なところもあるが、きっと力になってくれるさ。」
「…ラジウムさんには悪いんですが、僕、アスタチンのことが少し苦手です。うまく連携を取れるかもわからないですし。」
「…そうか。いや、そういう感情を隠されるよりも教えてくれていた方がこちらとしては、まぁ、その…」
「なんか、ごめんなさい。」
「いや、いいんだよ。でも、少しずつでも仲良くなってくれたら、俺は嬉しいな。」
「ラジウムさんがそう言うのなら、努力はします。」
ラドンの頭を撫でると、嬉しそうに微笑んだ。
「そうだ、ラジウムさんは隊服について連絡きましたか?」
「いや、聞いてないぞ?」
「えっ!?明日役場に集合なんですよ!?ラジウムさんに回ってないのならアスタチンにも連絡が回ってないはずです!」
「嘘だろ?それじゃあ、アスタにも伝えておかねぇと…。」
「お願いします!他のメンバーには伝わっているので…。では、また明日!!」
「あぁ!」
アスタはどこに住んでいたか…。海の反対、御霊山近辺の住宅街のどこかだったような。
勢いで来てしまった。本当はアクチノイドの館が近いためあまり来たくはなかったが、仕方ない。キュリウムもいるし無害だとはわかっているが、それでも妙な怪しさがあるのだ。夜も深い、余計に怖い雰囲気がある。
「アスタ…どこだ…?」
似ている見た目の一階建ての平屋が多い。表札があるのが唯一の救いだろう。
赤い煉瓦道を照らす街灯の下を7つ潜ったあたりで、アスタの家を見つけた。
明かりは付いている。
試しにノックを3つ。
「は、はーい…。」
自信なさげなあの声。
「アスタ、ラジウムだ。開けてくれないか?」
「ラジウム…!?待って、部屋が散らかってて…。」
「伝言だけだから、大丈夫だ。」
ドタバタと音がしばらく続いたが、いい加減したところでようやくドアを開いた。
「今度からは、毎日片付けておくよ…。」
「ごめんな、気を遣わせて。」
「そ、それで伝言って何だ?」
「明日役場に集合らしい。隊服について話があるそうだ。そこまで重要なのかわからんが、ラドンも楽しそうに話していたし、みんなとより仲良くなるためのいい機会じゃないかと思ってな。行くだろ?」
「…あぁ。でも、お前と一緒じゃないとまだ少し不安で…。」
「初めて会話したときの威勢はどうした?」
「不安定だったから、あんなに強気だっただけだ。」
「そういうものなのか。」
不安定さが、アイディア次第で利点になり得るか?そんなことを考えていると、鼻がむず痒くなってくしゃみが出た。
「今日はもう遅いし、泊まっていくか…?」
「…お言葉に甘えようかな。」
翌朝、泊めてもらったお礼に思ったより散らかっていなかった部屋の整頓を手伝っていると、近所に住む水晶族のセグレという男から水晶のスナックのお裾分けを頂いた。細かなヒビが入っていてとても食べやすかった。なんなら、中心街で買うものよりも甘くて美味しい。多めに取っておいて、あとでみんなに配ることにした。
アスタの隣はポロとはまた違った居心地の良さがある。つい最近出会って、友達になったばかりなのにな。不思議なものだ。
「ラジウムは、フィリアとネイコスって知ってるか?」
「…なんだそりゃ。」
「…知らないならいいんだよ。たまにいるだろ、前世を覚えてる奴。オレも断片だけ覚えてるんだ。フィリアとネイコスが双子の兄弟だって話を誰かから聞いたんだ。」
「前世、かぁ。俺にもあったんだろうか。」
今まで考えたことのない疑問だったせいか、大して考える気になれなかった。前世を覚えてるという現象についての論文をずいぶん昔に遷移元素の誰かが書いていたような。初陣で生き残ったら、図書館にでも行ってみようか。
「あ、二人とも!早かったわね!」
役場のいつもの部屋にはフランとテクネチウム、プロメチウムがいた。テクネチウムの視線が妙に痛いが、気にしすぎると焦ってしまうため極力気にしないようにした。
「隊服が完成したのよ。ラジウムは赤、アスタは緑!みんな揃ってから着てみようと思うのだけれど、まだ揃わないわね。」
ここはニトロが働いてる部屋の隣だ。割と騒いでしまっているが、気にならないのだろうか。
「ラジウムは青じゃないのか?」
アスタが真っ当な質問をした。確かにそうだ、俺の髪は青い。
「私は赤が似合うって思ったのよ。アスタはまだ知らないかもしれないけどラジウムってね、戦闘中はどこかのタイミングで髪が赤くなるの。その色がとっても素敵で、私はラジウムといえば赤、って思っちゃうのよ。ね、見てみたいでしょ?赤いラジウム!」
「…確かにかっこいいだろうなぁ。」
俺もそんなこと知らないんだが…。そして褒められるといやにくすぐったい。
「あら、顔の方が先に赤くなっちゃって。」
くすくすと笑いながらフランは俺の右腕にしがみついてきた。対抗するようにアスタが俺の左手を握った。
すると、テクネチウムのいるあたりから舌打ちが聞こえてきた。その方向を向けば視線をそらす。
「なにか気に入らないことがあれば言ってもいいんだぞ…?」
「ないと言えば嘘になるけど、わざわざ言うのは情けないからね。」
少し嫌な空気が流れる。
「ねーねーリーダー!ちょっと廊下に来て!」
そういってプロメチウムが俺を二人から振りほどいて廊下へ連れ出した。
「プロメチウム、一体どうした?」
「プロメでいいよ。えっとね、テッ君は左腕が無いから捻くれてるんじゃないかなって思うんだ。でも、腕がないのは生まれつきだから、エーテライトの義手も作れないんだよ…。」
「つまり、テクネチウムの悪態を許してくれってことか?」
「そう。なんだか申し訳ないけどね。」
「…そうだったのか。」
「ところで、なんだかリーダーっぽさが出てきたね。本当に陰気臭いのは演技だったみたい。」
悪意のない言葉が刺さる。陰気なのは本性だと言いたいが、どっちが本当なのかわからなくなってくるな。
「テッ君にも言いたいけど、変化はそう怖いことじゃないんだよ。」
「あ、あのな…!」
俺は変化を恐れているわけではない。そう言おうとしたが、近づいてきた足音の主にさえぎられた。
「全部まる聞こえだよ。なに?ぼくが迷惑?そりゃあ申し訳ないね。」
「テクネチウム!左腕についてなんだが、エーテライトをつける手段があるかもしれない。少し、俺に時間をくれないか?」
「いいよ。いくらでもくれてやる。でも、人の腕が羨ましいとか、戦闘の方がやってみたいとか、そういうのはぼくの勝手な感情だ。君たちに八つ当たりするべきではないとはわかっているんだ。それだけは、どうかわかってほしい。」
大きかった態度が少しずつ小さくなっていく。問題を抱えていたのは約2名といったところか。連携を取るためにも、早急に問題を解決していきたい。
「二人ともゴメンね。部屋に戻ろうか。」
プロメが俺たちの背中を押して部屋に戻った。
「おかえりなさい。私たちはラジウムのいいところを語り合って親睦を図っていたところよ。」
また妙なことを。思わずまた顔が熱くなった。
「おっす。ラジウム、なに赤くなってんだ?」
「ポロ…」
最悪のタイミングでやってくるのはやはり親友か。
「おや、僕たちが最後でしたか。」
「フラン姉さん!来たよー!!」
最後に来たのはラドンとキュリウムだった。どこかで合流したらしい二人。仲は悪くはなさそうだ。
「待ってたわよ!さぁさぁ、見て見て!」
「うわ、白いですね。」
「わぁー!お揃いっていいですね!」
「ワンポイントで襟とかにそれぞれの色を入れてるのよ。」
フランが一人に一着ずつ渡していく。言われた通り、俺は赤だった。
赤は俺、橙はポロ、黄はテクネチウム、緑はアスタ、青はフラン、藍はプロメ、紫はラドン、そして桃はキュリウム。
「私以外の皆さんは虹色になるのね!すごいわ!」
「でしょう?キュリちゃんはせっかくだから追加戦士みたいなポジションがいいなって思ったの!」
「嬉しいです、姉さん!」
キュリウムがフランに抱きつく。和気藹々とした雰囲気だ。これで少しは結束できただろうか。
「全員来たな。早く羽織れ、写真を撮っておこう。」
ニトロがカメラを持ってやってきた。
「予算についてはなにも考えなくていい。とりあえず、いくらボロボロにしてもいいから全力で戦えと服屋から言われている。」
「えぇ〜?こんなに良い服を?」
「全員わかってるだろうが、戦うとはそういうことだからな。ほら、早く並べ。」
俺を中心に並んだ。ポロやフランやプロメ、キュリウムがピースサインをやっていたから、俺もなんとなく真似てみる。それを見てアスタとラドンが真似をする。テクネチウムは…
「なんだ、全員同じポーズか。ほら、撮るぞ。」
「現像はすぐにブロミンに頼んでおく。あとは好きにすると良い。」
そういうとニトロは無表情のまま自分の部屋に戻っていった。しかし、無表情とはいえど、足取りは軽く、嬉しいんだということが俺には伝わった。
「ラジウムさん、良いですねこういうの!」
「…そうだな。」
「ラジウム、どうかしたか?」
「い、いや、なんでもねぇよ。」
ふと、凄まじい寒気がした。
楽しい。楽しいんだ。でも、2週間後、生きているのかわからない。
それなら余計に今を楽しんでおくべきじゃないのか?
そうだ、それが良い。
ザクロがいなくなって、残り11人の強いと言われている敵。
そいつら対俺たち8人。
一人ずつやってくるということは消耗戦の可能性が高い。
こいつらなら大丈夫。とは言えるものの、俺が大丈夫なのかわからない。
不安だけが募る。顔の半分はマスクで隠れているから、誰にも悟られずに済むはず。
「それじゃあ、2週間後に例のカタコンベに集合な。」
気分が悪い。
早めに帰ることにした。
久々に、自分の家の硬いベッドが恋しく思えた。