開幕の赤
元素と言いますが、擬人化ではありません。仕組みについては物語の中でいつか。
「ヒマノフト撃退成功!」
「死骸からカイヤナイトとブルーダイヤモンドの摘出を確認。」
「作業をアクチノイドに引き継ぎます。」
淡々とした作業。たまに死人が出る。 日常茶飯の怪物殺しに飽きたという本音。
比較的強い俺たちも今回は駆り出され、どれほど強いのかと思えば、そう大したことも無く。
「ラジウム、俺たちだけで祝勝会でもやろうぜ。」
肩を叩いたのは親友のポロニウム。ラピスラズリの刀の柄が割れ、本当は修理屋に行きたいが。
「ラジウムはよく頑張ったなぁ。俺は動けなかったのにさっさと殺しに行くんだから。」
「ふざけんなよ、ポロ。お前はわざと動かなかったんだろう。」
「バレてたか。」
ケラケラと軽く笑うコイツは、これでも典型元素最強。恐らく、誰かが殺されかけた時に動こうとしてたのだろう。
「ギリギリじゃ遅いこともあるんだぞ。」
「俺が出たら簡単に圧勝だろ。ちょっとくらい苦戦したっていいだろう。」
「ポロはそういうとこだけは変わらねぇよな。」
「嬉しくはないね。」
どうでもいい話は続く。気がついたら行きつけのバーに着く。バーの名物は天然水。それと店主のマリー・ラピスラズリ。
「いらっしゃい、ポロ、ラジィ。」
「マリー、またいい水が入ったんだろ?よかったら飲ませておくれよ。」
「あら、アルセに聞いたの?星見の断崖から水が湧いたらしくって、ピエールに頼んでとってきてもらったのよ。」
「ピエールか…。」
ピエール・タルク。彼も俺の友人で、行きたかった修理屋の店主。そして、マリーの片想いの相手。
「どうかしたのラジィ。」
「いや、なにも…。」
「俺はわかってるぞ〜ラジウム〜。」
「…何も言うなよ、ポロ。」
マリーのことが好きだ。叶わない恋だと言う自覚はある。失恋の覚悟はしている。でも伝える勇気はない。ニヤニヤと笑いながらポロが煽ってきても言えるはずもなく。水の用意でマリーが裏に回っていることだけが救いだ。
「はい、どうぞ。」
ニッコリとした笑顔。心が温かくなると同時に、心臓が悲鳴をあげる。口に含んだそれは舌を冷たく包み込んで、喉を滑り降り、やがて血や涙に変わっていく。古代の人間の血は赤くて鉄を含んでいて…そんな話をニトロに聞いた。俺たちの血は透明で、摂取した水そのまま。傷から出て足りなくなれば飲めばいい。そんな便利な体だ。
生命の神秘だとかなんだとか、そんなものに想いを馳せる。そうでもしないとうっかり涙が出そうで。
「この一杯を飲みきったら帰るぞ。」
「えー、マジかよ。」
「あら、もう少しゆっくりしていけばいいのに。」
「いや、今日はどうにも疲れてて。早く休むことにするよ。」
「そうなのね。お疲れ様。」
帰り道、ポロの背中を無言で何回も叩いた。前髪とマスクで溢れる涙はごまかしつつ。
「悪かったって、ごめんってば。」
そんな簡単に謝られたって困る。言いたいことは喉につっかえて出てこない。
「でもさ、俺たちはいつ死ぬかもわからない戦いを短いスパンでこなしてるんだぜ?明日は我が身って思うとさ、俺としては伝えて欲しいんだよ。」
「そんなに簡単じゃねぇんだよ…。」
「簡単とは思ってないさ。それに、叶わない恋を応援し続けるのもまあまあ辛いもんなんだぜ?」
「なんか、厳しいこと言うなお前…。」
もう一発叩いてやろうと思って手を挙げた、まさにその時だった。
目の前に広がる閃光。
直後、地響きのような轟音が響いた。
「…は?」
洒落込んだ電灯が光を落とすまさにその場所、俺たちとは違う髪質の赤毛の男が倒れていた。羽根はないが黒い天使のような装いで、
ガギャッ
突然、そんな不快な音がした。音の発生源はわかる。目の前にある。こう、しっかりと目にすると頭が回らなくなるようだ。
「何見てるんだよ。喰らい尽くすぞ?」
闇の中から放たれた男の声。姿を現したのは倒れた男に似た服を着た黄緑の髪の男だった。
男の心臓に刺さった斧を拾う。赤い、人間の血。
「ラジウム退がれ、俺が倒す!」
「いや、私はもう帰るよ。今は私ではなく彼のひと月だ。」
「何を言ってるんだ…?」
「あぁ面倒くさい。死体はくれてやる。精々安っぽい調査を行ってみるんだな。」
勝手に喋って、勝手に帰っていくその男。ようやく動いたその足で後を追ったものの、光の先に男の姿はなかった。
震えが止まらない。命のやり取りを見た。人と怪物なんて言うもんじゃない、人と人の命の奪い合い。
「…死骸から、砕けたガーネットを摘出。リーダーへの連絡及び、遷移元素の研究施設へ死骸とガーネットを運ぶ。」
想定外に冷静なこいつはやるべきことを淡々と提示する。
「ラジウムはニトロへの連絡を頼めるか?」
こちらに顔を向けたことでやっとわかったが、淡々としているようで、こいつも冷や汗をかいているようだった。
早歩きでニトロのいるアトムズバーグ中心街の役場へ向かう。走ったら足がもつれて転びそうで、これが精一杯だ。
役場は二階部分だけが明々と光っている。今日もニトロは仕事に追われているんだろう。さらに仕事を重ねるようで申し訳ないとは思うが、こればっかりは隠しておいてはならない。階段を上り手前の部屋へ入る。
ノックをしろ、そう注意されるかと思ったが、特に何を言われるでもなかった。部屋の奥を見ると机にうつ伏せて眠っているニトロがいた。側には山積みの書類。終わらせたものと、まだやっていないものと思われる二つの山。…疲れているところ悪いが起きてもらうしかない。
「先輩…」
ご丁寧に寝言まで。
「ニトロ、起きてくれ。報告があるんだ。」
3回揺すって起きてくれた。
「なんだよ…久々に先輩の夢を見れたのに…。」
「ニトロ、ついさっきのことなんだが、俺たちに似た髪質の男二人がマリーのバーの近くのカタコンベ付近に現れた。そして片方の男が斧でもう一人を殺害。死骸を残して姿を消した。」
「…死骸はどうした。」
「遷移元素の研究施設へポロニウムが運んだ。」
「なるほど、今日はもう遅いから、明日の朝そいつらを訪ねよう。あの研究狂いの集団のことだ。朝には多くの結論を出してくれるはずだ。」
「そんな落ち着いていられるかよ…。」
思わずへたり込むと、ニトロは俺の目の前にしゃがみ込んだ。
「ずいぶん疲れているようだな。仮眠室を貸すからしっかり寝たほうがいい。確かに僕はまだことの重大さがイマイチわからない。だが、何かあった時、お前を守るくらいはできるさ。落ち着いて休めよ。」
仮眠室に押し込まれたが、やはり落ち着かない。今寝てしまえば、夢にも出てきそうで怖い。
「ニトロ、やっぱり眠れそうには…。」
仮眠室を出ると、ニトロは眠そうな顔で二人分の水と飴を用意していた。
「そんなこったろうと思ったよ。僕だって先輩を殺された時はそうだったさ。」
あくびをひとつすると、机の上に水と飴を置いた。
「マリーさんのところのように美味しい水とは言えんが、ちゃんといい水だからな。そうだ、質の良いエーテライトも採掘されて美味しい飴が作られたんだ。ナトリウムが作ってくれたものだから特に美味いぞ。」
気が沈んでる俺のためなのか、普段以上に饒舌になる。上がらない表情筋はさておいても本当に優しいやつだ。思わずポンと撫でた頭はキラキラと輝くアメシストのようで。驚いて振り向いた瞳はまるでルベライト。全てを背負う小さな後輩の背を労えるほどの上手い口はない。その代わりに美味い飴を頬張っても、舌は余計絡まるだけ。
朝日を待つ、秒針のうるさい一室。進む書類と進まない会話。未だ落ち着かない鼓動は自分が生きてることを知らしめる。死んだ彼の顔が改めて反芻して、悪寒が背中を駆け抜ける。
「ラジウム、ゆっくりしていられないようだ。見回りのビスマスから星映の大海からヒマノフトが上陸してきたと連絡があった。満月の夜に珍しい。どうだ、行けるか?僕は行くぞ。」
誰も失うものか。そんな意思の強い瞳は俺の弱さを教えてくれるようで。
本当は行きたくない。死からできるだけ遠ざかりたい。でも、小さな勇者は死へ近づこうとする。もしも、まさか。そんなことが簡単にありえる世界。
気がつけば俺は無言で立ち上がっていた。
「朝までの暇つぶしだと思って行けばいいよ。」
優しい言い訳が耳を通り抜け心臓を刺す。
アトムズバーグは海に接し、断崖が南に存在する不思議な土地だ。一説では隕石で砕かれた大陸にあるらしいという話があったが、真実としてはあまりにも大きな爆発が過去に起きたことによって起きた地殻変動によって生まれた土地にどうしてか俺たち元素の初代達が文明を築いたのだそうだ。そうルビジウムに聞いた。
ヒマノフトが現れ始めたのはいつだったか。それを話そうとしたところでルビジウムは頭を抱えてしまった。深く聞けないまま今に至る。
それが何か分からないままただただ殺す。ヒマノフトという名の由来も知らない。刀の柄が割れていたことを思い出し、ただ、ニトロによる殺戮を眺めるだけ。飛ぶ血飛沫、不必要に飛ぶそれは見せなかったニトロの不安を見せるようだった。
「ラジウム、今回のヒマノフトはアメトリンを持っていたぞ。綺麗だな。」
ニトロが手に持つ紫と黄色の8面体。赤い液体がまだまとわりつく美しい宝石。
「ブルーダイヤはどうするか…。いつも処理に困るんだ。ただ硬いだけで、誰かの心臓になる訳でもない。」
「工業用にするしかないか。…なんだか申し訳なくなってくるな。」
「…なんでだ?」
地面に溶けていく、ドロドロの屍。跡形も残さないまま骨すら消えていく。
「さすがに夜明け前だ。ビスマスが見守ってくれるだけで他はいなかったか。」
未だ空は暗い。歩を緩める太陽を呪う。
「…恐らく、もう解析は全部終わってるだろう。いっそのこともう行ってみようか、ラジウム。」
アメトリンを持って歩き始める。片手に収まる21gの奇跡はあまりにもお手軽に見えるが、姿を変えてみれば尊く感じる。そんな自分勝手な生命だ。
朝焼けが街を差す。そんな頃に辿り着いた遷移元素らの研究所。淡々とした見た目の内装の中に燃えたぎるような情熱はすさまじいものだ。
「ラジウム!待ってたんだぞ!」
ぱあっと笑顔になるポロがいた。
「ポロ!状況はどうだ…?」
一番の不安要素を聞いてみると、ポロの表情は固まった。
「何か、やばいことがあったんだな…?」
「…まぁ、そうだな。」
手招きするポロについて行くと、深刻な顔をする遷移元素の連中とランタノイドらがいた。
「おや、もう1人の目撃者のお出ましか。」
飄々と話すアウルムの表情からその態度はわざとだとよく分かる。優しさを振りまくのが得意な遷移元素のリーダーですら、堅い表情。
「…っ早く教えてくれよ!俺だって不安なんだよ!!」
「ラジウム、落ち着いて聞いてくれよ。俺がここに連れてきたアイツは…」
「やめてください、ボクの方から話させてください。これからかける迷惑の話なんですから。」
ポロの声を遮る機械的な男の声。声の先を見ると継ぎ接ぎだらけの体のそれが手術台のような場所に座っていた。
「ラジウムさん、はじめまして。貴方の目の前で殺されたあの男、ザクロ=インダラと申します。これから貴方に多大なご迷惑をかけさせていただきます。」
正座で深々と礼をする男の髪がシャラシャラと鳴った。