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もしも探し物が見つかると分かっているなら新しい物は買わない。

 ショートホームルームも終わり、いわゆる放課後と呼ばれる時間に突入した。

 みんなの行動はさまざまだ。

 急いで部活にいく人。帰る人。特に用事も無いので教室でのんびり談笑する人。当番なので掃除をする人。

 僕は一旦図書室に行く人だ。


 本が好きな訳ではない。

 ただ、時間つぶしにこれほど最適な場所はない。

 僕がなぜ時間つぶしをしなくてはならないか、それは連絡を待つためだ。

 授業の時間はスマホの電源オフが義務づけられている。僕は真面目に電源オフにする派。

 とりあえずポケットの中でスマホのボタンを長押しして、電源を付けながら教室を出る。

 今の教室は一階。階段を上がり、教室のある中棟から南棟へ。

 角を曲がればすぐそこに図書室はある。


 図書室にはすでに図書委員の女の子が一人。いつも必ず僕よりも早く来ている。

 僕自身放課後になれば教室で特に何もせず、割とすぐに図書室に向かっているがそれでもあの子は先に来てカウンターに座っている。かなり謎だ。

 

 図書室において僕の定位置はない。

 ある日はカウンターから一番遠い席。ある日はカウンターにもっとも近いソファーのような席。

 気分によって今日はここ、と直感で決める派。だが律いわく、たいてい取った本の近くの椅子に座っているそうだが。そんなに僕は短絡的だったのか、知らなかった。


 結局、三十分ほど待ったが連絡は来ず、帰ることにした。三十分も待ったんだ。怒られることはないだろう。本を直し、図書室を出る。

「さむっ」

 思わず声が出る。さすがに十月。長袖のカッターシャツだけでは厳しいか。

 

 学校帰りの通学路は寒風吹き荒ぶ魔境だ。

 周りには木造の家屋が立ち並び、瓦の屋根が古さを強調する。

しかも塀がある。さながら武家屋敷のようだ。

 

 今どきのショッピングモールが建つ駅周辺と一線を画し、このあたりは随分と古めかしい。この辺りは細い道しかなく、ほぼ毎日、毎時、風が吹いているそうだ。

(あああー、帰りたい)

(帰ってるじゃないですか)

 心の中から自分のものではない言葉が聞こえる。

(律、外にいるときは出てくるなって言っただろ)

(じゃあ、私はあなたが外にいる間、ずっと寝ていろと? 十時間近く? 夜も、六時間は寝ているのに?)

 答えに詰まりつい、手を首に当てる。

 

 これも律の指摘によって知ったことだが、返答に困ったとき、自分は首に手を当てるそうだ。

(確かにそうだけどもな、例えば授業中に話しかけられると困るってことぐらいは分かるだろ)

(困らないでしょう?)

 

 この女子高生と知り合ってから、少なくとも半年は過ぎたが相変わらず、とっても賢い天才なのか、ただの馬鹿なのかいまだに分からずにいる。

(でもまあ、いざ、教師に当てられたらどうするよ)

(堂々と分からないです! って言えばいいじゃないですか)

 こいつ、馬鹿だったんじゃないのか。

(というか、帰っていいんですか? 今日)

(わざわざ三十分、図書室で連絡を待ってやったんだぞ、もう帰っていいんじゃないか?)

(それもそうですねー)

 

 もう、すでに駅は目の前。30分ずらしたおかげか、周りには高校生はほとんどいない。

(まあ、こんなに人が少ないなら、時間をずらすのも悪くはないな)

(そうすると、私の自由な時間が減ってしまうじゃないですか! 却下です!)

 でも、こいつ、僕の左腕を代償にわざわざ僕の魔力を使って普通の人間の体に変身して僕のスマホでリズムゲームするだけだろ。

(だいたい考えていることは分かりますよ。でもですね、私だって今でこそあなたの左腕を乗っ取って、やっとこさ今日を生きているような存在ですけどね、元はただの女子高生、JKなんですからね?)

(いやまあ、確かにそうだよな)

 

 改札で定期をタッチして通り抜ける。

 正面の表示を見ると後1分で電車が来るようだ。最長、10分待たされることもある。自分たちの幸運に感謝。

(どこがですか)

(おっしゃる通り)

 

 律のいうとおり、僕たちは総じて不幸であると言える。もっとも律はさらに不幸だ。自分のことを不幸だとか言う人が一番不幸だと言う人もいるが。

 

 事件の以前、律は自身が言うように、ただのどこにでもいる女子高生だった。

 

 しかし、その事件において、彼女は世間的に行方不明とされた。そして一度はあの世に行ったらしい。

 

 ところが、律の体はこの世のどこかで生きているようなのだ。おそらく誰か体を失った別の人が乗り移ったと考えられる。事故か故意なのか分からないが。

 

 とりあえずあの世から魂だけの状態で送り返され消滅しかかっていたところを明音が保護したそうだ。


 明音いわくこのあの世に居たことも律はあくまで、情報としてしか覚えていないらしい。

 だからあの世(そもそもあの世なのかも怪しい)がどんな場所か、どうして体を確保出来ていない状態で送り返されたのか、律は分からない。

 律が分かるのは自分は体を失い、あの世と思われる場所に行き、そこから送り返された、という事実だけだった。


 その後、明音は律を保護していたが、やはり、誰かしらの体にいれておくのが安全という結論に至ったらしい。

 

 ここで僕が登場する。誰かの体にはいるということは五感を明音と共有するということ。これが問題だった。


 明音は魔術の三大名家の一つ黒霧家の後継者候補の1人である。明音と五感を明音と共有することは、律が黒霧家の内部事情、それこそブラックな部分も知ってしまいかねない。

 そうなると、黒霧家は律を消そうとするだろう。

 

 しかし、このことを他の人に頼んで大事にはしたくない。

 そこで、明音の使い魔の僕なわけだ。異性である事はかなりの問題点ではあるのだが。

 

 それ以降、彼女は僕の左腕に宿り、存在を維持している。

 もしも仮に、僕が死ねば、彼女も死ぬ。

 僕から離れた状態、左腕を分離し、普通の人間の姿に変身するのも3時間が限界だ。

(手は打っているんだがな)

(いいですよ、それぐらい分かってますし。死体を新たに私の体として利用しようとしたり、と、いろいろやってくれていることぐらいは分かってます)

(あれは完全に僕のミスだ、すまん)

(いいですよ。悪意があったわけじゃないんでしょう?)

(ああ)

 律は優しい。大人な感じというのだろうか。でも、これに甘えてはいけない、そう分かってはいる。

 

 最初の頃、とにかくスピード解決を目指し、焦って行動した時期。

 まず、彼女の仮の体をとりあえず確保して、彼女の安全を確かにした後で、可能であれば、本物の体を探す。ここまでいけばあとは1人でどうにかなる。

 また、もしも本物に魂を移せなくても、仮の体さえ用意できれば律は普通の女子高生に戻れるだろう、そう考えた。

 これは実行に移した。


 夜。新月。街頭もほとんどないので、暗い。目の前に鉄柵があるのがやっとわかる程度だ。

 この火葬場に、今日、若い女性の遺体が運び込まれる。という連絡がはいった。

 

 遺体を盗み出し、遺体の代わりにマネキンを置いておく。後はそのマネキンが遺体だと見た人が錯覚するように魔術を使えばいい。問題は起こらない。気付かせない。

 遺体は律の容姿に出来るだけ近く魔術加工を施して律の魂をいれ、定着させる。

 

 世の中の倫理観を完全に無視しているのは分かっているが今のところ、能動的に解決する方法はこれぐらいしか思いつかなかった。

 

 そう、正にその作戦の第一歩。

 はかったかのように火葬場に忍び込む直前に、僕のスマホが震えた。明音からの電話だった。

(こういう時は着信切っておくもんじゃないんですか?)

(これに関しては言い返せねぇわ)

 反省しつつ電話に出る。明音からの電話を無視するわけにはいかない。

「なんだ?」

「あんたねえ、主人に対してその口の聞き方はないんじゃないかしら? 律ちゃんもそう思うでしょう?」

(はい! 私も紀彦はもっと、明音さんに尊敬の意を示すべきでしょう!)

(うるせぇ)

「ほらね、紀彦。あと女の子への口の聞き方もなってないんじゃない?」

 

 なんで、明音は僕たちの心の中での会話が分かるのだろうか。

「ま、話を本題に戻すとね、あんた今、火葬場に忍び込んだ所かしら。どうせ、死体を盗んで適当に見繕って律ちゃんの魂をいれるつもりだったんでしょう? それ、違法よ?」

「違法?」

「魔術法。第6条ネクロマンス及び死体の取り扱いについて。要約するとね、死体は魔術機関のみが、扱うことができる。また、国家機関でも親族の了承を得ること。まあ、あなたたちは国家機関でもないし、親族の了承なんて得てないでしょう?」

 

 帰り道、僕は律に謝った。

 

 律は恨み言一つ言わず聞いてくれた。

 

 変に律に期待させておきながらこのざまだ。魔術士として1流だと思っていた自分が恥ずかしい。

 

 魔術法。魔術士であれば、この法には絶対に逆らってはいけない。逆らうことは死を意味する。

 魔術士は誰もがすべて把握していることが求められる。僕はそれをサボった。以前は魔術学校に通っていたので、その時に魔術法の授業もあったが、寝ていた。

 クラスの大半が寝ていた授業だった。

 日頃の厳しい魔術の訓練。異常な量の宿題。睡眠時間は否応なく削られる。

 そんな中、魔術法の授業は絶好のサボリの時間だった。単位が少なく、進級に支障が出ないこともあり、多くの魔術学校生は魔術法の授業で寝て、単位を落とし、進級した。

 かく言う僕もその1人。

 明音は真面目に受ける数少ない生徒の1人だった。


 今でも火葬場の一件、最後の電話越しの明音の台詞ははっきりと覚えている。


「私とあなたは主従の関係。それ以上もそれ以下でもない。だからこんなことを言うのは間違っているのかもしれない。でも言わせて欲しい。私はあなたに魔術士としてではなく、人、普通の人として生きてほしい」


「よく言うわね、魔術士は人である前に魔術士なんだって。要するに魔術士である以上、人として社会に迎合することは許されないってことよね。普通の人の倫理観なんて知ったこっちゃない、魔術士である以上目的のためなら手段は選ばない、どんな非情なことでも」


「あの頃のあなたはまさにそんな感じだった。復讐のためならいかなる手段でも、躊躇わずに使う。私は怖かった。と同時に何とかしたい、そう思った。だから普通の高校に入学させた。私と一緒に。だから、たまには普通の人間らしく生きてみようと思わない?」


 その後、僕たちは火葬場から撤退。


 結果、作戦は受動的なものに移行、明音の情報網に律の体の所有者、要するに律に似た容姿の人が引っかかるまで待機というわけだ。


(電車、来ましたよ)

(ああ、すまん。ありがとう)

 プラットフォームに電車がはいっていき、減速していく。

 電車は席はかなり空いているので座れそうだ。

(これも時間をずらした効果か、なかなかいいな)

(よくないです、少しでも私の自由な時間を確保するためにも)

 律の声に脅迫の念がこもっている。

(分かった、分かったから、な?)

(な? ってどんだけ軽々しいんですか! 私がそんなに軽い女に見えますか!)

(いや、確かに見えないけどな)

 この会話も全て僕の心の中の出来事。周りの人は誰も聞こえないし、見えるのは僕だけ。

(まあ、いいですよ。事実ですし? 嗚呼、悲しいかな。こんな奴の左腕に住んでいるなんて)

(左腕切り落とすぞ)

 こちらも負けじと脅迫する。

(まあ、いいですよ。痛いのはあなたですし。それより着信来てますよ? 明音ちゃんじゃないんですか?)

 本当だ気づかなかった。しかし、気付いた時には電車はドアが閉まりそうだ。

 電車に乗るべきか!? それとも電話に出るべきか!?

(そそそそ、そうだ。電車で電話すれば!)

(マナー違反でしょう?)

(そうですね、はい)

 

 電車に背を向け、乗る意志が無いことを示し、電話に出る。

「もしもし! 明音よ! 紀彦よね!」

 いや、そっちから電話かけてきたんだから、そりゃそうだろ。

(そこはつっこまない約束です)

(だな)

「紀彦だ、どーー」

 どうした?と聞こうとした瞬間、明音に遮られる。

「十分後! 野月高校正門前集合! 以上!」

「はっ? あ、ちょっとまて、え? あ! あっ」

 電話が切れた。

(へー、あと十分ですか相変わらず明音ちゃんは手厳しい!)

(軽い!)

(だって、明音ちゃんのお仕置きタイムになっても私は痛覚遮断とか出来ますし)

(一心同体だって信じてたのに!)

(男女で一心同体って、なんか、淫らですね)

(頬をぽっと赤く染めるかのように言うんじゃねえ!)

 なんか、すげー思い浮かんだんだけど。

(まっ、急いで走れば間に合いますよ! でも、そうやって頑張ればできるぐらいの目標設定、明音ちゃんうまいですねえ)

(むっちゃ上手くこき使われてる気がする!)

 

 僕は階段を駆け上がり、駅の改札を飛び出した。

(まあ、でも明音ちゃんかわいいですし、美少女にこき使われるならまだ、ましじゃないですか?)

(なる程! そういう考え方もありだな!)

 少し自分がポジティブな考え方になれた気がする。




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