蘇る竜骸の剣
イラスト:爽さま
最強の竜である赤竜の住処、赤竜山脈は今や死の渓谷となってた。
赤竜は、その断末魔と共に吐き出した毒の息により、100の精鋭のほとんどを道連れにしたのだ。
その毒は一月経ってもなお結界として、人の立ち入りを拒絶している。
竜は魔力を持つ物を喰らい、その力と特性を取り込むと言われている。全ての個体が独特の強い力を持つのだ。その骸は宝の塊である。
それにもかかわらず、赤竜の骸は持ち帰ることも出来ずに未だ放置されている。
その奥地で鍛冶見習いの青年ライズは立ち尽くしていた。
強情な赤い髪の毛を短く刈った頭も、筋肉で盛り上がりむき出しの腕も、毒の影響を避けようと布で覆っている。だが、あまり効果は無く、皮膚は焼けたようになり粘膜は痛み続け、腹を下し脚にも力が入らない。
万能の薬となる竜の卵の殻を求めて分け入った、何もかもが死に絶えた灰色の山奥。
生き物の立てる音の無い、腐敗臭だけが漂う枯れ木と岩肌の世界。
帰りの事など考えぬ決死行だったはずなのだが。
そんな色の無い世界にあるはずのない、鮮やかな存在があった。
肩口で綺麗に切りそろえ内側に軽くカールした透き通るような白い髪。空の色のふわりとしたワンピースを身に着けた女の子が大きな岩の上に登り仁王立ちになっていた。
「子供がなんでこんな所に居やがる。親はどうした」
「うっ。まーま。でーびえっ」
呼吸をするだけで肺の奥が痛む環境で、親の後ろをついて回るような幼児が生きているはずもない。
だから、この子供は人間ではない。なんらかの魔物なのだ。
そうは思っても、自分の背丈の半分ほどの小さな子供を相手に警戒する事は難しかった。
その油断と無警戒が、彼を生かした。
「え?」
小さく跳びあがった子供は、ライズの目の前にストンと降りる。
地面スレスレで一瞬だけ浮き上がり着地したその背中には、小さな身体を覆うほどの大きな翼があった。
思わず受け止めようと突き出した手をクルリと手に取ると、包み紙を破るようにライズの服の袖を破り取り。
そのままカプリと噛みついた。
「いーーってぇっ!」
ちうー
「こっ、のっ、ガキ! 離せ痛い痛い噛むなそこ骨だ!」
いきなり噛まれた事に驚き、手を振り払おうとしたライズだが、小さな手は万力の様にライズの手をとらえて離さない。
両手で掴むが、背中の芯から何かが抜けるような悪寒と脱力感に手が萎える。
「ぷはっ」
毒の空気の中、持ち前の体力から多少の余力を残していたライズだったが、三日間徹夜で鉄を叩いような疲労感に襲われて、立ち続けることがやっとだ。
「いきなり食べてゴメンね。人間の言葉、話せなかったから」
「話せてるじゃねぇか」
「少し食べて、話す力を奪ったんでちょ。あなた達がママをとったんだから、とられて文句言わないで」
ライズはドワーフの低身長を見慣れているが、それより小さい。
間違いなく他の種族の子供だ。ドワーフの頬はこんなにプニップニしていない。
人語を理解し、食べることで力を奪い、毒の息の中で平気で生きる。そんなのは一つしかいない。
「お前、人化竜か!」
胸よりも低い位置からライズを射抜く眼光は子供とは思えない程に鋭い。
「お前じゃない。わたちはメイ。赤竜キャオの娘、メイ=フェザーフロイド」
「そうか、卵はあったって事か。俺の予想は当たってたんだ」
座っているのも辛くなり、冷えた岩肌に寄りかかりながら、ライズは自分の予想が当たっていた事に満足げな笑みを浮かべる。
「卵はわたちのことね。ママだけじゃなくてわたちまで狩りに来たの?」
「狩りか。あぁ、そういう事になる」
メイの目がさらに鋭くなる。
「竜が生まれて最初に食べる、竜の卵の殻は最高の薬の材料になると聞いた。姉さんの病気を治したかったんだ」
「それ、もうないよ。食べちゃった」
「そうだな。すまなかった。持ち主、居るよな」
二度と卵の殻が手に入らないであろう事を知り、ライズは師匠との会話を思い出していた。
三日前。
「この馬鹿弟子がっ! 無駄死にじゃと言っただろう!」
ドワーフの屈強な拳に殴り飛ばされ、窓を枠ごと豪快にぶち破り、泥の中に三回転がってようやく止まる。
それでもライズは吼えて見せた。
「無駄かどうかじゃねぇ! 卵を取ってこなきゃ先はねぇんだ。あんただって竜の骸は欲しいんだろ!」
「お前は儂の後を継いで鍛冶屋をやるんだ、毎日鉄をぶっ叩けば鉄の声が聞こえてくる。そうして初めて鍛冶ってもんが解ってくるんだ! 竜骸なんぞは100年早いっ」
「人間は100年もたったら骨も残ってねぇよ!ドワーフと一緒にすんな!」
「え、そうなの?」
両親を失ったライズとステラの姉弟が、知人であるドワーフに引き取られて10年がたつ。
家族としてではなく下働き要員ではあったが、姉弟をまとめて引き取ってくれたことは感謝していた。
ライズとステラは幼いころから工房と倉庫を行き来しては炭と鉱石を運び、山ほどの料理と酒を並べる毎日を送った。
その間、グイドは寝ている間以外は鉄を眺め、舐め、叩き、頬ずりする日々を送る。
グイドにとっては幸せな日々だったが、その生活は赤竜が討伐された事で終わりを迎えた。
誰もが知る通り、己の興味の向くままに創作に没頭する癖のあるドワーフの死因は5割が過労死で4割は衰弱死だ。そんな食事より睡眠より鍛冶を取るドワーフの中でもさらに酷いのが集まったのがこの村だ。
彼らは良質な竜鉄鉱が掘れる場所に住み着いただけと言い張るが、世間ではここは竜の狩場と呼ばれている。
人も魔物も動物も、竜の匂いを恐れて近寄らない。
群れからはぐれた者が狩場に迷い込み、竜の餌になる。
人族と亜人種全てを合わせた中でも最も頭のおかしい鉄狂いのドワーフ鍛冶がこの地で生きていけるのは、彼らの作り出す品物を手に入れる為に命を懸ける商人たちがいるからだ。
竜の魔力が沁み込んだ竜鉄鉱は、鉄の性能を数段高める。価値は計り知れない。
だが、第二王子が率いる100の精鋭により赤竜を討伐した事により、魔物の分布や様々な物品の需要が変わった。
流通が止まり、生活必需品もステラに必要な薬も手に入らなくなったのだ。
「竜は、喰らった物の特性を身に宿す力を持ってるんだろ?」
「ああ、長く生き多くの魔物を喰らい際限なく強くなっていくんだ。赤竜は<溶岩蠍>や<火蜻蛉>などの火山に住む魔物と、<鋼鉄牛>や<要塞毒蟹>のような硬い魔物を好み、その上で竜殺しに挑んだ勇士を食い殺して人間並みの知恵を持った化物さ。殺せやせん」
「いや、もう殺されただろ。隣国から借り受けた国宝の霧氷剣で。魂石なんかの竜骸を王子が持ち帰ったっていったじゃねぇか」
「それがおかしいんだ。殺せるはずがない。あいつは飛べるんだぞ?」
「逃げられない理由があった。俺はそう思ってる」
グイドは目を大きく見開くと針金のような顎ヒゲをグイっとしごいた。
「それが卵だと? だとしても持ち帰られてるだろう」
「王子は権力が欲しいんだ。身体を病に強くし寿命すら伸ばす竜の卵は持ち帰らねぇよ。王は老齢なんだぜ」
伝え聞いた情報からの推測だが、王位継承権の低い第二王子が英雄としての名声を求める理由は誰もが語る事だった。
「そうなのか? 親が長生きすれば子供は穴掘りや鍛冶に打ち込めるだろうに」
「ドワーフと一緒にすんな」
自作した防毒用のマスクと厚手の服、山歩き用の杖。それに水と食料を背負う。グイドに反対されることはわかっていたので、出発の直前になって告げたのだ。ステラには黙ったままだ。
「卵があればステラは丈夫になれる。そうすれば大きな街にもいける。竜骸の欠片でも拾えたらあんたにやるよ。俺は卵だけでいい」
卵があるという予想は確かに当たっていた。
ライズは目の前で胸を反り返らせて立つメイの姿を見て溜め息をついた。
「そうだよな。孵ってるとは思わなかった」
「……ふーん。殺すのじゃなくて、あくまで宝物を拾いに来ただけなんだね」
虚ろなライズの声に、嘘や演技の余裕はないと見たメイは少し表情を和らげる。
「それなら。あなた、お手伝いちなさい」
そういうが早いか、メイは自分の指先を一度口に含むと、ライズの口の奥に突き込んだ。
「ごえっ!」
「これで毒は平気になった。怪我もちょっと治る。これでさっき食べた分ね」
メイは一筋だけライズと同じ赤に染まった髪の毛をくるくると指に巻き付けた。
「だから、あなたは人間が私から奪ったものを、私に返ちて」
「赤竜の竜骸か? 牙はもう竜牙剣に加工されたって噂だ」
「食べれば取り戻せる。瞳と鱗と爪と牙、あと魂石。ぜんぶ取り戻さないとわたちはママの力を受け継げないの」
少し震えるメイの言葉からは、復讐も力への固執も感じられなかった。親の匂いを恋しがるただの子供だった。
竜とはいえ、そんな子供に取引を持ち掛けるのは気が引けたが、もとより薬を手に入れるか死ぬかの決死行。ライズは腹を括った。
「取引だ。さっきの俺にやったやつ。姉さんにも頼めるか?」
「とりかえちてくれるの?」
「ああ。最高の素材を手にした奴は、腕利きの鍛冶屋を欲しがる」
戦う力の無い自分と幼児が国宝を強奪するなど無謀の極みだったが、鍛冶屋と竜ならば思いつく手がある。それに一度だけでも成功すれば、竜は力を取り戻すほどに強くなる。
「やくそく!」
「約束だ」
五人の英雄と二つの国を敵に回し、七つの竜骸剣を持つ事になる二人の、共犯関係になった瞬間だった。




