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45度の砂時計

タイトルイラスト:相内 充希さま

ファンアート2枚:檸檬 絵郎さま

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 踏み出す先すら見えない砂漠の中を、機械のような足取りで歩く人間が居た。

 継ぎ目のわからないボロ布に巻かれた体の上に、所々欠けた鉄製の兜が乗っている。一片の素肌も覗かせず、立ち止まれば案山子にも見える風貌は、中身はただの虚ろだと言われても納得できるほどだ。


「ねぇ、そろそろ休憩にしましょうよ」


 ひたすら進み続けるボロ人間に声がかかる。

 それは、薄紫色のレースに寝転ぶような体勢で飛んでいた。鍔の広いねじ曲がったとんがり帽子に、ざっくりと背中の開いたローブ。ゆったりとした服装ながら、豊満で女性的な体のラインが見て取れた。

 鋭さのある妖艶な顔立ちはつまらなさそうに歪み、切なげにため息を漏らす。低空を滑るように浮かびながら、変わらないスピードでボロ人間の横に並ぶ姿は、詩人の語りに出てくる魔女と相違なかった。

 顔の横をひらひらと掠めるレースをウザったそうに払い、ボロ人間は首元の布を少し下げる。


「まだだ。日が落ちてない」


 ガラガラと低くしわがれた、唸るような声が、兜の間から漏れ出す。喋り方と声質から、男であることが窺えた。

 深くため息を吐いた魔女は、寝転んだ体勢のまま空を仰ぐ。砂塵の奥にぼやけた太陽があるのを確認して、男の方へ顔を戻した。


「朝からこの調子でしょう? 倒れても知らないわよ」


 挑発するように言ってから、人差し指でつーっと空をなぞる。切り裂かれた空間が暗い口を開いた。すぐさまそこに手を突っ込んで、軽くまさぐってから革袋を1つ取り出す。

 満足げに揺らした後、男にもわかるように大きな動きで、派手に喉を鳴らしながら中身を飲み下した。構わず男は足を速める。

 距離が開いたことに気付いて、魔女は軽く眉を寄せる。スピードを上げて、再び横につけた。


「水ぐらい飲めばいいじゃない。足を止める必要も無いわ」

「残りはどれぐらいある」

「気にしなくても、無くなったら私が作ってあげるわよ」


 魔女の言葉に、少しだけ考えるような間が生まれる。擦れる砂音だけの時間も、男は機械的な動きを一切変えることはない。

 ややあって、兜の隙間から音が零れ出す。


「お前が水を作ると言ったって、それには魔力が含まれるだろう」

「そうね」

「やはり駄目だ。俺の体に魔力は毒になる。わかっているだろう」

「わかってて、言ってるのよ」


 優しく呟くような声に、男の兜が軽く揺れる。


「貴方にかかっている(まじな)いも、私が解いてあげていい。そうすれば、もうこんな思いをしなくて済む」

「そうか。なるほどな、お前はもう少しお高く止まった女だと思ってたぞ」

「どういうこと? 魔法のことを言ってるなら、私はそんなに力を出し渋ったことはないわよ」

「さっきの質問のことだ。俺をからかってるのかもしれないが、それは今のお前まで愚弄することになるぞ。不老の魔女」


 冷淡にしわがれた言葉からは、皮肉っぽさすら感じ取れない。挑発に乗ったわけでもなく、ただ言うべきことを言っただけなのだと感じ取れた。

 不老と呼ばれた魔女は、不機嫌そうに鼻をならす。


「貴方も、何度も思ったはずよ。『奇跡の花』なんて存在しない、こんなことしても無意味だって。違う?」

「関係ない。お前は好きで探しているのだろうが、俺には使命がある」

「それは、もし自由の身になればやめたいってこと?」

「余計な詮索が過ぎるぞ」


 鋭く叩くような言葉に、魔女はそうね、とため息をついて口を閉じた。物寂しいのを紛らわすためか、革袋をもう一度、軽く煽る。

 『奇跡の花』、その伝承は誰もが聞いたことのある夢物語。

 曰く、あらゆる病を直し、死んだ人間をも生き返らせることができるほどの力をもった花が、何処かに一輪だけ咲いている、と。

 美しい作り話、こんなものを本気で信じるのは、現実を受け止めきれずに気を狂わせた大馬鹿者だろう。

 そして、魔女は自分達がそうだとうそぶいた。


 会話が途切れ、再び砂塵の舞う音だけが、二人の間をこだまする。下を向きながら狂いない歩幅で進み続ける男を、眠るように目を閉じた魔女が、正確に追いかけた。変わらない景色が、時間の感覚を奪っていく。

 ふと、下がっていたまぶたと顔が、同時に上がる。


「何か、くるわね」

「任せるぞ。いいな」

「はいはい。安請け合いしてあげるわよっと」


 魔女が右手を振ると、巨大な古い装丁の本が一冊開かれていた。触れることなく、規則的にページがめくられた後、唐突に止まる。ベッドのような形をとっていたレースの背中が少し上がって、上体の起きた魔女は軽く足を組んで構えた。

 戦闘体勢をとった魔女を軽く見やってから、我関せずと男は歩いていく。

 数度の軽い地響きの後、砂の床が大きく割れ、天を貫くほどの砂虫が一匹現れた。牙のある口と、硬い殻をもった節をキチキチと鳴らし、満足げに首をもたげる。気色の悪い姿に、魔女の眉がピクリと跳ねた。

 見渡すように頭を揺らした後、自分の近くで堂々と足音を鳴らすものに、砂虫は狙いをつける。


怪炎(テラフラガ)


 もたげた首を振り下ろさんとした刹那、砂虫の全身が燃え上がった。魔女の指先から放たれる火の粉のような魔力の欠片が、砂虫に触れては爆ぜ、炎の勢いを強くする。

 のたうち回ること数秒、やっと炎は消え、天へ咆哮するような姿勢で砂虫は固まった。魔女はつまらなさそうに鼻を鳴らして、本を閉じる。トン、と革表紙特有の上質な音が響いて、本は再びどこかへと掻き消えた。

 少しずつ砂虫の体が沈んでいく中、一部始終に一切の目もくれなかった男が、立ち止まる。頭だけを軽く後ろに向けてから、そこから伝達させるように体の向きを変える。ゆっくりと構えが半身に開いた瞬間、跳ね上がるように、砂虫が男へ飛び掛かった。


 一閃。


 軌跡の見えないほどの速さで振り抜いた剣が、砂虫の首を切り落とす。慣性の乗った残骸を煩わしそうに避けて、男は剣を収めた。

 いつの間にか隣までやってきた魔女が薄く笑いながら手を叩く。


「相変わらず、見事なお手前ね」

「……お前こそ、魔力の扱いはよっぽどお上手みたいだな」

「あら、そんないきなり褒められることをした覚えはないわよ」

「あの程度、お前なら加減をしても殺すには充分だっただろう。何故わざわざ生かした」

「買い被りすぎよ。あの手のはしぶといんだから。ちょっと油断をしただけよ」

「硬い殻に、炎は効きが悪いとわかってて、過ぎた加減か?」


 男が言い切らない間に、魔女は再び寝転がるような姿勢を取って先に進む。それを不服そうに見やりながら、男は後を追って歩き始めた。

 程なくして、二人の姿が、また横に並ぶ。


「こんなに歩いて、まだ目的地には着かないの?」

「聞いた話なら、そろそろこの砂漠を抜けられる。辛抱しろ」

「はぁ、こんなに苦労したんだから、報われないと困るわよ」

「砂漠を抜けた先の話はまるで聞けなかったからな。ここを通ろうとする馬鹿も居ないんだろう。こちらでは伝説扱いだった奇跡の花も、向こうでは日常的に使ってるかもしれない」

「……本当に、そうだといいわね」


 魔女は呟いて、男の兜が頷くように揺れた。






 昔、一人の騎士がいた。若くして騎士長の名を受け、王国のために尽くしていた。不治の病にかかった姫を救うため、多くの加護を受け、奇跡の薬を探す旅に出た。

 探し疲れて帰った国に、自分を受け入れる椅子はなかった。己を疎ましく思う者の謀略だったと気付くのに、そう時間はかからなかった。

 使命を果たすまでは帰れない。そう決めた。時間なら、授かった加護の力がたっぷりとあった。


 昔、一人の魔女がいた。力を私欲に使うことなく、恋人と幸せに暮らしていた。二人で貯めたお金を使って、小さな家を建てた。

 ある日、魔女の力を求めた人間が、恋人を攫った。彼らは魔女の持つ力とは別の、それより大きな力を持っていた。恋人を救おうとしてる間に、彼が拷問を受けて死んだと聞いた。

 復讐と再会を心に誓った。持て余していた強大な力が、自分にはあった。


 これは、長い長い時間を掛けて出会った、魔女と騎士の物語。






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