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かざやん☆かきだしコンテスト!  作者: 秋原かざや
●現代ファンタジー
22/42

蒼月の門

「くすりを。おくすりを。せんせぇ、ください。あいして、ください。あぁ、あぁ……」


 整った容姿の裸の少年が、同年代と思しき少女に抱き付きながら呻いている。

 少年の裸にはいくつもの打撲痕や火傷痕。

 先生と呼ばれた少女は裸に白衣だけを纏っていた。


「いいのよ。好きなだけ甘えて」


 抱きしめられている少女は、年齢に見合わない、女性的な母親のような表情で少年を宥めている。

 それはどことなく淫靡で蠱惑的な、そして何かを冒涜するような、そういったものを秘めていた。


 室内には男と女の性の匂いが立ち込めている。

 白を基調とした病室もしくは診察室のような造りの部屋には似つかわしくない。まるでそれらを穢すために、侮辱するかのような2人の行為。

 少女が少年を何度目かの吐精と導いた後、少年は糸が切れたように倒れ伏した。


「また新しい子に手を出したのか」


 少女が少年を寝台に寝かしつけた時、扉が開かれ、低い男の声が響いた。


「いい子よ。素直で、妄信的で」


 少女はそちらを見ずに応える。

 白衣を纏った眼鏡の男が室内の匂いに顔を顰めながら入って来る。30代半ばくらいの背の高い、少し痩せた男。睨むような目つきが特徴的だ。


「20年前から君は変わらないな」


 部屋の主である少女に断ることなく、男は象牙色の壁にもたれかかり、煙草に火を点ける。


「20年前はあなたもとってもいい子だったのに。すっかり親離れしちゃって」


 丸椅子に座り、足を伸ばす少女。下着も身に着けてることもしていない。

 視線は男へと送られ、それは誘うようでもあった。


「20年も経てば人は変わるさ。人であることを捨てた君以外は」


 その視線を無視して、顔を逸らす男。彼の表情はどこか苦々しい後悔が浮かんでいる。


「あら、今でも私は人のつもりよ。殺せば、死ぬし。感情もある。ただ、老けないってだけで」


 少女偏愛者からすれば、垂涎の的になりそうな彼女の容姿。純真無垢な10代前半の少女にしか見えない。

 けれど、浮かべる表情や仕草、気配といったソレは大人びたものだった。

 そのアンバランスさが彼女を独特にして奇異なものとしていた。


「テロメラーゼの恒久的活性化とヘイフリック限界突破の臨床試験体にして成功例。そして、不老化実験の提唱者にして、現在に至るまでの唯一つの生存個体。それが人と呼ばれるモノか?」


 不老と不死。それは遥か昔から人が願ってやまないもの。病の根絶と共に研究され続けてきたもの。

 彼女は不老研究の第一人者であった。


 男は彼女の研究に数多の死が付きまとっていたことを知っていた。否、知ってしまった。

 それ故に、男は冷ややかな眼を彼女へと向ける。


「人類の進歩に犠牲はつきものよ」


 その視線に臆することなく、むしろ気にすることもなく、彼女は言ってのける。


「……君の願いは変わらないのだな」


 男はため息をつくと、2本目の煙草を取り出した。

 少女も男に付き合うように、煙草を咥える。


「今更?」


「今更、だ。20年でやっと、当時の資料に触れるだけの立場に立てた」


 知らなきゃよかった、と男は口の中で呟く。


「そして、その立場を利用して、今の貴方は人形遊び」


 仕返しするように、意地悪な笑顔を男へと向ける少女。


欧亜(おうあ)財団、細胞研究局長、高槻(たかつき)女史の火遊びと変わらないさ」


 肩を竦める男。


「私は愛してるだけよ」


 ベッドの上で眠る少年へ視線を向けて、少女は言う。


「俺も愛しているだけだ」


 ふらふらと天井へと向かう煙を見つめて、男は言う。


「じゃあ、私のこと、愛してる?」


 少女は首を傾げて、わざとらしく()()を作って訊ねた。


「昔は崇めていた。今はただの同僚さ」


 彼女の誘惑を男は黙殺する。


「つれないわね。執刀すれば死を殺す、なんて言われる名医の癖に、甲斐性足りないんじゃないかしら」


 そんな男の反応につまらなそうに、少女は口をすぼめる。


「今も昔も、変わらない君の相手をするくらいなら、人形遊びと揶揄られるほうがマシだ」


「お人形さんも私と同じくらいでしょう?」


 両腕を男の方へと伸ばして、抱擁を求めるようなポーズをとる少女。


「君と人形じゃ、中身も意味も違いすぎる」


 彼女の求愛を一瞥して、男は頭を振った。


「ただの代償行動の癖に」


 少女は一瞬だけ不快そうな表情を浮かべた。それはすぐに妖しげな笑みへと変化したが。


「否定はしない」


 男は少女の変化を気にも留めなかった。


「別に抱いてくれてもいいのよ」


 彼女は自身のなだらかな胸部に手をあてて、拗ねたように男を見る。


「別に抱かなくてもいいのだろう?」


 男は煙草を灰皿へと落とし、そう答える。


「……」


「……」


 沈黙。

 少女は嗤うような笑みを浮かべ。

 男は苦々しく目を瞑り。


 空調が微かに軋む音だけが響く。


 20年来の付き合いである2人にとって、その沈黙は決して苦ではなかった。

 けれど、今現在に至っては腹の探り合いでしかなかった。


「うふふ。何か用があったんじゃないの?」


 静寂を破ったのは少女からだった。

 先ほどまでの淫猥な雰囲気から打って変わって、事務的な気配を漂わせている。


「……ああ。3日後の新月。(ゲート)が開く」


 少女の問いに、男は少しだけばつが悪そうに返す。


 彼の脳裏には、門の中の奇妙な光景が呼び起こされていた。


 色調が反転し、左右も入れ替わった世界。

 現実であれば、立ち並ぶ雑居ビルを街灯が照らす場所。

 交差点では信号待ちの車と人々がいたはずの場所。


 そこに在るのは異形の群れ。

 頭部と腹部を肥大化させた人体を冒涜しつくした成れの果て。

 蛙を正八面体に閉じ込めてモザイク柄にした秩序と無秩序を混ぜ合わせたもの。

 内臓を繋ぎ合わせたものが円状になり空を舞い、その中心には髑髏が囀っている。

 醜悪、不気味、奇怪、悪趣味。形容すればキリがないほどのグロテスクな景色。


「あら、久しぶりね。5年ぶりくらいかしら。昔は毎月のように門が開いていたのに」


 懐かしむような微笑みを浮かべて少女は呟く。


 少女もまた、そんな世界を駆け抜けてきた1人であった。

 男と違って、さほど嫌悪感を抱いていないようだったが。


「当時が異常だっただけだ。俺は行くが、どうする?」


「……また探すの? 彼女のこと」


 どこか憐れむように少女は訊ねる。


「まだ探すさ。20年も探してるんだ」


 それが当然のように男は答える。


「諦めれば楽なのに。生きてるかもわからない。ま、バックアップはするわ。よろしくね、佐々木(ささき)せーんせ?」


 そう言って、少女は立ち上がり、部屋から出ようとする。が、男は腕を伸ばし、遮った。


「なに? 抱きたくなった?」


 彼を見上げて、少女は誘う。


「この棟の職員には周知の事実とはいえ、下着くらいは履いていけ。あと垂れてるぞ」


 彼女の言葉を無視して、男は告げる。


「あら、失礼。いつものことなんだけどね」


 彼の指摘に恥ずかしがる素振りも見せず、少女はクスリと笑った。




 郊外のショッピングモール建設予定地。欧亜財団第1病院を中心に街の夜景を望む丘。

 整地された赤土の上に、重機の群れが静かに佇んでいる。

 空に浮かぶ月は、蒼ざめたように白く、痩せこけたようにか細く、所在無げに浮かんでいる。


 そこに立つのは大小2つの影。

 大きい影はピエロとトライバル風のデザインが混ざり合った刺青をした男。

 その傍らには小さい影。表情の無い、子供と言って差し支えない体躯の少女が跪いている。

 2人は揃いの色合いのフードとマントをしており、背中には太陽と月、そして水星を意味する紋様が刻まれている。


「財団からは『人形使い』と『永遠少女』が向かうそうです」


 少女は跪いたまま報告する。


「5年ぶりというのに相変わらず人形使いは出張るのかぁ。暇人、なのかねぇ。ロリコンとショタコンは遊んでいればいいというのになぁ」


 少女の報告に対し、独り言のように刺青男はぼやいた。


「あの……」


 おずおずと少女は言葉を発しようとして、取り止める。ただ、顔を上げて男をじぃっと見つめる。


「なんだ?」


「いえ……なんでもありません」


 男の雰囲気が変わったことを察し、少女は慌てて顔を伏せる。


「ハッ。ありがとう、ご苦労、とでも言えばいいのか、ねぇ!」


 刺青男は少女を躊躇いなく蹴り飛ばす。


「……」


 悲鳴も上げずに転がる少女。


「無知で無能で役立たずなお前に教えてあげようかねぇ? 道具にいちいち感謝するヒトなどはいないのだよ」


 彼女の腹部あたりに踵をのせ、緩やかに体重をかける。


「まったく。被造物は被造物らしくしていればよいものを。繁殖などできぬのだから、このまま踏み抜いてやろうかねぇ?」


 つまらなそうに男は問いかける。


「お、おとう、さま。お、ゆる、し、くださ……」


 少女は呼吸に喘ぎながら許しを乞おうとする、も。


「ホムンクルスが、この私を父と呼ぶか!」


 男はもう一度少女を蹴り飛ばす。先ほどよりも強く、暴力的に。


「私はお前の創造主だが、お前の父ではない。今回の探索のためにお前は協会から貸し出されたに過ぎない。いいかねぇ?」


「……はい」


 少女は衣服についた泥を払うことなく立ち上がり、男に付き従う。


「とっとと門の場所を特定するとしようかねぇ」



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