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かざやん☆かきだしコンテスト!  作者: 秋原かざや
●現代ファンタジー
21/42

魔法を知ってるだけの俺

 季節特有の冷えきった風が鼻にツンとくる。せっかくの満月は厚い雲に隠れてしまった。街は眠り、車もろくに通らず、消えかけの街灯がわずかに辺りを照らす。


 黒ジャージに身を包む俺、三木涼太がスコップを片手に今いるのは怪談の名産地、夜の学校。そのプール裏を仕切る柵の前。


 こんなとこにいるわけは昔の忘れ物、タイムカプセルを掘り返しに来たからだ。というのは成人式が始まる前に中にある中学の黒歴史『我が未来へ』を抹消するため。卒業から五年間、幾度も思い出してはダメージを受けた。


 っ!……誰もいないよな


 ここは周りを囲まれ、ボトルの口に息を吹きかけたような独特の音が鳴る。

 接触の悪い街灯はむしろ闇を生み出している。こんな深夜に喜んで入る奴はいない。


――もちろん、俺も喜んでいない


 お化け屋敷並みの怖さで肩はサッと上がる。思わず声が出るも、ただただ空気に溶け、消えた。


「やっぱ誰もいないよな……」


 頭では分かっている。だが、今は深夜。プール裏どころか敷地に入る許可すらない。


 さらなる不法侵入の罪悪感と恐怖心が合わさり、目の前の柵ひとつ、越えられない。


 ああ、情けない……


「……クソッ、もうヤケクソだ」


 小声で叫び、よじ登る。が、柵をガシャガシャする音で精神が音を上げそうだ。


 どうにか登って上でまたがり、鋭い眼光で周囲を見回す。

 ふと向こう側の校舎が目に入った。


 昼間とはまるで別物、もちろんどの階とも誰もいない。当然、屋上だって


「うお! 誰かいる」


 だ、誰だ? いつから? まさか通報されたのか!?


 無理にかがめた身をゆっくりと起こしつつ思考を巡らす。


 髪が長いし、女の人だろう。こんな時間に屋上で棒立ちとか全く分からん。

 だがここで逃げるわけにいかない。


 早くあれを抹消しなければ。


 ――


 地面との壮絶な闘いの末、無事タイムカプセルを回収。

 そして脇に抱え、柵をガシャガシャとよじ登る。サイレンの音は微塵も聞こえない。警察の世話となるにはまだ早かったようだ。


――じゃあ、彼女はなんであそこにいたんだ?


「おいおい。まだいるのか」


 しかも同じ場所、体勢ときた。ほんと何してるんだ? 実はマネキンだったりして。


 そのとき、疑問を晴らすように雲が晴れる。現れた満月が彼女の後光として、煌々と輝く。

 月の中央に見知らぬ制服を身に纏う女が立っていた。


 そう、見知らぬ制服を、だ。関係者どころかこの街の人でもない。


――いや、マジで何者だよ


 月と同化するような白髪。生まれつきなのか、染めたのか、水泳のやりすぎか、原因は謎だが、誰もが異口同音に白と言うだろう。

 顔は逆光でよく見えない。ただ、


「って、んな場合じゃねえ。これを持ち帰らないと俺は、終わ、る」


 さっさと帰ろうとした俺の言葉は尻すぼみに消えた。


「えっ、お、おい…まじかよ!」


 なんと、彼女は屋上から跳んだ。まるでそこらの水たまりを飛び越えるようにポンと軽く、適当に。


 背筋が凍り、タイムカプセルを落としかける。


 なんで他校で? とにかくヤバい。だから、その、えっと、レスキュー!


 グランド側に飛び降りる。ジン…と足裏に染みる着地の痛みは、なおのこと危なさを感じさせる。

 そして、一直線に駆け抜け、落ちただろう場所に行く。


「あれ、どこいった?」


 あんなに明るい中で見たんだ、間違えるわけない。じゃあ、なんで……


 風は止み、自らの鼓動が響いている。言葉にできない恐怖を感じ、俺は足を止めた。


「そ、そうだ、俺は幻覚を見たんだ。理屈なんかどうでもいい。見たものは見たんだ、とにかく」


 稚拙な自己防衛が口に出た。


 帰ろう


 鈍った頭を動かすように歩き出した、その時。


「っ!?」


 左足が何かに引っかかりよろける。


 息も鼓動も果ては時間までも、全てが止まった気がした。

 かと思えば、目はカッと開かれ、歯はカタカタとシバリングし、心臓は早鐘を打つ。息はあがり、脚も震えだし、頬をつたる汗が垂れ、手をさらに濡らす。

 ゆっくりと、それはゆっくりと下を見る。


 右足が一本のひもを踏んでいた。


「……なんだよ、靴ひもかよ……おどかすなよ」


 とてつもない安堵が口からこぼれる。


「やっぱり誰も飛び降りちゃいない。全てが俺の見間違い、そう、全て」


 自己暗示を呪文みたいに唱える。


 精神的健康を取り戻し、ほどけたひもを直すためにしゃがんだ。まさに、その瞬間。


 俺の頭上を何かが通過した。

 直後、後ろにある木々がとてつもない衝突音とともに倒れる。衝撃は砂を舞上げ、思わず地面に手をつき、目をつぶって顔をそらす。


――な、なんだ!?


 砂ぼこりが少しずつ晴れていく。本能が警鐘を鳴らすように頭を締め付ける感覚がする。

 浮かぶ人影。長い髪のシルエット。大きくなる姿形。

 察しがつかないわけがない。


「おいおい……」


 本当にさっき飛び降りた彼女なのか? そんなバカな。いくらなんでも十数メートルから落ちて無事だなんて…


 ここまで来るかと思われた人影はここから十メートルほどで歩みを止めた。砂の煙幕は晴れ、居てほしくない人物が、やっぱり彼女が、真っ直ぐにこちらを見つめ立っている。


 どうしようもなく見返すが、なんとまあ端麗な顔つきだこと。小顔で目は大きい。長い髪は先端まで芯がありつつも柔らかさを持っている。その凛と立ちたるやいとなまめかし。その美しさは手元に置くというより、隣に置きたい。まさに彫像。アメージング!



……なんだけど、どっかで見た気がする。


 頭の片隅どころか半分くらいを使って考えていると、彼女が手をこちらに向けた。すると手の先に白くゴツゴツとした氷が現れ、みるみるとその体積を増していく。


「なっ! その氷を一体どうする気で?」


「……」


 俺の質問はガン無視され、氷塊は彼女の顔よりも大きくなったくらいで巨大化が止まった。

 月光を白く鈍く反射して、まるでモーニングスターの危ない部分みたいな形のそれを見て、俺の脳は復活を遂げる。


「その、なんか答えてもらえるとありがたいなって思ったり、思わなかったり」


「死ね」


 すんごくドスの効いた声を聞くとともに俺の未来予想図は完成。同時にモーニングスターが一直線に飛んできた。


 それは荒々しく迫る。表面は俺をゆがんで映し、もっともっと歪みゆく。

 だが、俺の行動は早かった。

 思い切り横に跳び、手に持つスコップを振りかぶる。母指球が地面につき、ググッと軋んだ肩からサイドスローで放つ。

 体は横に流れ、崩れた体勢を直すのもままならない。歯を食いしばりながら、背中から地面に落ちる。


 彼女は俺の奇行にちょっと驚いたのか少し目を開けるも微動だにせず。頼みのスコップはいきなり現れた氷壁にあえなく弾かれた。


 はっ? そんなの聞いてねえ。攻守できるとか意味わからん。まるで顔はまずいから腹狙った俺がバカみたいじゃないか!


 バケモン、いや雪女だな。

 どちらにせよバケモンだけどな。


 壁が一瞬のうちに雲散したかと思えば、かざした手からまた同じように、


――くっ、速い


 俺は咄嗟に手に持っていたタイムカプセルを斜めに構え、氷塊をどうにかそらす。

 だが、勢いを殺しきれず、少し後ろに飛ばされる。どうにか着地するが、手は痺れ、タイムカプセルは大きなへこんでいる。


 とんでもねえ物撃ち込みやがって、殺す気か? あ、そういや死ねって言ってたな。


……とにかく、当たったら終わり、逃げるしかない。けど、逃がしてくれないよな……


「なぁ、なんでそんな執拗に狙うんだ? 答えてくれよ」


「死人に口なし」


「俺まだ生きてるけど」


「……すぐに死ぬ」


 どうも、雪女の中で俺はデッド・オア・ダイらしい。たしかに可能性は高いが、いくらなんでも暴論すぎるぞ。


 ほんとに誰だっけ? 胃のあたりまできているんだけどなあ。


 考えにふけっていると、身に氷を厚く、鎧のように纏った彼女がこちらに突進してくる。


 真横に身を放って緊急回避。体勢もままならず地面に打ち付けられる。


――あ、思い出した


 氷のチャリオットは後ろのすべり台と激突。すべり台は破損を超え消滅していた。


 それを目にしたにもかかわらず俺は笑っていた。


「持久戦ならワンチャン……死ぬ気で逃げねえとな」


 希望がある。綱渡りのような、一本の希望が。


 ――


 それからというもの、雪女が行う攻撃の数々をどうにか避け、しぶとく逃げる。

 攻撃はどれもこれも直線的。

 グランドを駆け回り、遊具を盾に利用したり、ひしゃげたタイムカプセルをさらに歪ませてたり、どうにか生きながらえている。


 ただ、そろそろ体力とタイムカプセルと遊具に限界が迫ってきている。

 だが、雪女とユカイでタノシイ遊具巡りを二週目に入る必要はなさそうだ。

 イライラしているのもあるが、それ以上に、


「……はぁ…はぁ…さっさと……死ねっ!」


 鉄仮面は剥がれ、吐息は白く、汗で束ねられた髪が頬に根をはる。それでもなお俺を見つめる鋭い瞳。

 

「はぁ…はぁ…嫌に……決まってんだろ」


かくいう俺も心臓バクバク、足ガクガクで手を膝につくありさま。


 しばらくぶりに雪女の身体が氷に覆われ始める。

 

「キツイのに……負けず嫌いは変わらずか」


 ため息混じりに小さく呟き、また笑う。


――とっておきをお見舞いしてやる


 彼女に向け走り出した俺の顔はいつになく真剣だった。


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