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分家の俺が本家の一人娘に教鞭を取る件

 馬鹿でかい日本家屋のとある一室。一族会議、とやらに呼び出された俺はジジイババア共と顔を突き合わせていた。


「……以上を本家百鬼(なきり)家の今後の方針とする。分家の恥晒し……いや、百舌(もず)家よ、無いとは思うが異論はあるか?」


 ニヤリと嗤う百鬼家当主。七十歳はいっているだろうに、元気なヤツだ。


「ありません」


 が、ここで変な態度を取ろうものなら即座に消される。俺も四十の大人だ、そのくらいは弁えている。


 親父もそれで消されたわけだしな。


「良し。ではこれで会議を終了する。ご苦労だった」


 聞き終えるなり、俺は一礼してすぐに畳の間を出る。誰も引き留める者は居らず、(ふすま)を閉めるとやがて嗤い声が響いてきた。

 いつものこと。軽くため息をついて庭へ出た。


 カチッ。


 煙草に火を点け、紫煙をくゆらせる。ニコチンが身体中へ染み渡る錯覚はさっきまでのストレスを洗い流すようだ。


「ねえ」

「あん?」


 肩を叩かれ振り返る。濡羽色の綺麗な長い髪を真っ直ぐ下ろした高校生位の少女。底冷えするような程の美形に思わずたじろぎそうになる。

 誰かなんて聞かなくてもわかる。


 百鬼華澄。百鬼家の一人娘だ。


「貴方、百舌家の方よね?」

「百舌弥勒だ」

「あら、良い名前ね」

「そりゃどうも」


 肺に溜まった煙を一気に吐き出す。そしてまたフィルターを咥えた。


「弥勒」

「呼び捨てかよ……」

「分家の者へ本家の者に敬語を強要しないだけありがたく思いなさい」

「へいへい」


 ナチュラルに上から物を申してくるなこいつは。まあ事実立場は俺の方が下ではあるが。


「貴方、約束は覚えているかしら?」

「は? 何の」

「もう十年程前になるのかしらね。あれは私がまだ五歳か六歳の頃、今日みたいに一族会議があった日よ」


 半分程になった煙草を消し、華澄の話に本格的に耳を傾ける。十年前……?




「貴方は私と結婚すると言ったわ」




「……は?」


 え、何の話だ? 結婚?


「とぼけたって無駄よ。ボイスレコーダーだってあるもの」


 華澄はポケットから何かを取り出しボタンを押す。ジィーと音が鳴り、やがて会話が再生された。


『もずもずはわたしとけっこんするの!』

『はいはい、わかりましたよー。十年後も覚えてたら言ってくださいねー』

『げんちはとったからね! もずもず!』

『言質てまた物騒な……。承知いたしましたよ、お姫様』


 カチッ。ボイスレコーダーのボタンが再度押される。


「ね? 言ったでしょ?」

「……いやいやいや、子どもの頃の口約束じゃねえか。てかそもそもその頃の俺は三十だぞ。五、六歳そこらのガキを相手にしてたと思うのか?」

「もずもずは結婚してくれるって言ったもん」

「もんってお前な……」


 キャラ崩壊も甚だしい。仮にも天下の百鬼家だろう。


「それに私、今日十六歳になったから結婚も出来るわ」

「随分良いタイミングだな」

「当然よ。私が今日会議させるようにお爺様にお願いしたもの」

「……まあ、言いたいことはわかった。お前は結婚出来る年齢になったから過去の約束通り結婚を俺に申し込みたい」


 ボイレコの声は明らかに俺の声だったし、もずもずってのも俺の苗字(百舌)から来ているのだろう。そういや十年くらい前にガキからもずもずって呼ばれてたのも思い出したしな。


「だがよ、何で俺なんだ? 言いたかねえが俺は分家の(・・・)恥晒し(・・・)らしいぞ。邪険にこそすれ、間違っても結婚なんて申し込むもんじゃねえだろ」

「……言わせたいのね、変態もずもず」

「もずもずはやめろ」


 擽ったくてかなわん。


「弥勒が綺麗って誉めてくれたからよ」

「は? いや、俺に言われずともその見た目なら色んなやつに言われるだろ」


 今でさえ綺麗すぎて話すことすら気後れしてるんだぞ。どうせでっち上げだろ。

 そう思ったが、華澄は頬を赤く染めてあらぬ方向を向いている。

 ……何か本当に恥ずかしがってるみたいじゃねえか。


「……小さい頃は、その。可愛いって言われることばかりだったから。お母様を目指している私からしたら屈辱だったのよ」

「百鬼の奥さんは確か名女優だったな」


 恐らく日本で知らない人間は居ない程の知名度。百鬼楓と言えば誰もが頷くだろう。


「だから綺麗って言ってくれた貴方に惚れてしまったの」

「よくもそこまで堂々と惚れたなんて宣言出来るな……」

「もずも……、弥勒。貴方確か今は高校の教師をしてたわね」

「ん? ああ、してるな。由緒正しい女子高……って、お前まさか」

「ええ。明日から貴方のクラスに転入だから」

「はあ!? いやいくらお前が才色兼備だからって……」

「百鬼の名を使えば一発よ」


 こいつまた堂々と……。裏口入学は誇るものじゃねえだろうが。


「心配しなくても転入試験は合格してるわ。あんな簡単で良いのかしらね」

「百鬼の爺さんが許さねえんじゃねえの? 俺の勤めてる学校、ひいてはクラスなんて」

「お爺様は私に激甘だから」


 ……。いよいよ言い返せる材料が無くなってきた。

 ポケットからもう一度煙草を出して点火する。初めの不味い煙もしっかり味わい、次の煙をゆっくりと肺へ溜めた。


 っふぅー……。


「弥勒。そういうことだから、明日からよろしく」

「……はいはい。どうなっても知らねえからな」

「ど、どうなっても……! やだ弥勒、初めては体育倉庫なんかじゃなくてホテルか私の部屋で……」

「しねえよバーカ」


 ガキに手を出す程落ちぶれちゃいねえ。まずロリコンじゃねえからな。


 ……明日、台風とか来ねえかなぁ……。







「おっはよー先生!」

「おはようさん。遅刻ギリギリだぞー」

「じゃあ廊下走ってでも間に合うようにしまーす!」

「程々になー」


 翌日、案の定台風は来ずいつも通りの月曜日が訪れる。俺は職員室を出て自分の受け持つ二年一組へと向かっていた。


「いよいよね、弥勒」


 そして隣には百鬼華澄。一縷の望みを持って登校したが、やはり昨日のが嘘なんてことはなく笑顔で待っていやがった。


「……頼むからクラスで変なことは言うなよ?」

「それくらい心得ているわ」

「本当だろうな?」

「ええ。弥勒は百鬼家の婿になる男なのよ? こんなところで評判を下げるわけがないでしょう」


 まあ、それなら良いんだが……。

 教室に着くとクラスの人間は全員着席していた。相変わらず利口なヤツらである。


「はい、じゃあ朝礼始めるぞー」

「起立、礼。着席。」


 いつもの朝の挨拶をし、着席する。しかしいつもと違う俺の隣、具体的には華澄が居ることに対してクラスメイト達はどことなく浮き足立っていた。


「見りゃわかると思うが、今日は転校生が居る。ほら、黒板に名前書いて挨拶」

「はい」


 華澄はチョークで百鬼華澄と綺麗な字で書き、クラスメイト達へと向き直る。


「百鬼華澄と申します。よろしくお願いいたします」


 ペコリと頭を下げる。


 ……え、それだけ?


「かす……、いや、百鬼? もう少し何か無いか?」

「何かと申されましても……」

「しゃーない、お前らは質問とかどうだー?」

「はい!」


 一人の女生徒はピシッと真っ直ぐ手を挙げる。流石委員長、こういう時頼りになるな。


「外部からの転入生とのことですが、そ、その! かか、彼氏はいらっしゃいますか!?」

「ぶっ」

「百舌先生?」

「い、いや。気にするな」


 やべえ質問飛んできたなオイ!? 華澄も下手なことは言うなよ……?

 一瞬だけこちらを一瞥したかと思うと、ふふと吐息を漏らして。


「今は居ません。ですが……」

「「「ですが……?」」」


 クラスメイト全員がゴクリと唾を飲む。こいつら男っ気ないからなぁ……。親にも箱入り娘として育てられているはずだし、だからこその女子高に通わされているのだろう。


「……お、お慕い申し上げている方は、居ます……!」

「「「きゃー!!!」」」


 急にテンションを上げるクラスメイト共。うるせえったらありゃしねえ。


「じゃあ委員長の先輩じゃん! 色々教わりなよー!」

「え、えー……? でもそんなの百鬼さんに悪いし……」

「先輩、ですか?」


 あっ! やべっ!!


「よ、よーしお前ら!! てことでこれからよろしくしてやってくれ! な!!!」

「弥勒? ……あ、先生?」


 不思議そうな顔をして首を傾げる華澄。だが今はそんなことに構っていられない。


 委員長の今の発言が俺の予想通りだと、正直どうなるかわからない。


「あのねー百鬼さん! 委員長って、今先生に恋してるの!」

「……はい?」


 あっクソ!! 言いやがったアイツ!!! 成績下げるぞクソが!!!


「だから、委員長は百舌先生のことが好きなの!」

「ちょ、ちょっと~。先生も居るのにやめてよぉ~」


 とか言いつつ満更でもねえ顔しやがって委員長のやつ!! ……いや、それよりも華澄だ。特に何も思わないでくれるとありがたいんだが……。




「……へえ? そうなんですね、私の婚約者である弥勒先生?」




「「「こ、婚約者!?」」」


 こいつ煽り耐性低いな!? 早速バラしやがって華澄のやつ!!!


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