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夜明けに

挿絵イラスト:檸檬 絵郎さま

挿絵(By みてみん)


 空が白み始めたのを、その女は見ていた。

 森のなか、体の半分が落ち葉に埋もれた全裸の女。


 漆黒の髪は売れるからと肩のあたりでざんばらに切られ、ドレスは脱がされ、下着は破かれ、代わる代わる野盗たちに嬲られ、殴られ、犯され。

 野盗たちが飽きた夜更けに女は放置された。冬の風が時折吹く季節の夜にそのまま死ぬだろうと、視界もはっきりしない暗闇の中で野盗たちが去ってから女は気を失った。


(……まだ生きてた……でも……そのうちに獣が喰らってくれるでしょう……)


 目が覚めても意識はぼんやりしていたが脳裏に浮かぶ思い出ははっきりとしていた。それを一通り思い出してから女は息を小さく吐く。それすらも体が痛んだ。


(野盗は乱暴者ばかりなのね……あぁ、身体中が痛い……)


 結局まともな男には巡り合えずに17年の人生を終えるようだ。男どころか女にもそれほど良い思い出はなく、あると言えば実母とその侍女と、二人が生きていた頃は楽しかった。


(お母さま、マリア、もうすぐそちらに逝けそうです。……迎えてくださるかしら……)


 女の母と侍女は、母の実家に行く途中で馬車ごと崖から落ちて御者ともども死んでしまった。それは女が8歳の時の事。

 それから父は仕事に打ち込み、女は子供心に寂しい思いをしていた。それでも年末年始は少しだけ長く休める。女は屋敷に父がいる嬉しさから、いつも寂しくなってしまう夜に添い寝をしてもらおうと部屋に向かった。母に、時折侍女にそうしてもらっていたように。


 そして自分に向かって狂ったように母の名を呼ぶ父に犯された。その時10歳。

 それはほぼ毎夜繰り返される。


 女が13歳の時に父が再婚して継母ができた。

 派手だが美しい女で、これで父は継母に傾倒するだろうと女は思った。しかし継母は嗜虐嗜好の持ち主で、実父に犯される娘の姿ににんまりと笑ったのだった。

 翌日には地下の物置が片され、そこが女の部屋となり、父が、継母が、交互に、時に同時に訪れた。


 使用人たちも入れ替わりが多く、女の世話はしても会話をしようとする者はいなくなった。会話をしようものなら継母から折檻があったようだ。

 もともと使用人たちへの恨みはない。薄暗い監禁部屋にまで食事を運んでくれたり掃除をしてくれた、その丁寧な仕事にそれだけでありがたかった。

 父と継母以外の人の気配が女を少しだけ癒していた。


(みんな逃げられたかしら……お父様もお義母様も仕事はきちんとなさっていると思っていましたのに……)


 夢も希望もない日々を壊したのは野盗だった。

 父の事業は共同経営者に乗っ取られ、自領の税は上がり、継母は宝石を溜め込み、美しい若い女や男を拐っては痛めつけ、領民の不満は最高潮になった所に便乗したと、女を痛めつけながら野盗たちが高らかに説明していた。


(自分たちは正義の味方と、得意気でした……)


 でも、そんな事になっていたならばこうなって良かったと女は思った。領民が領主を糾弾する事は難しい。証拠をきちんと揃えなければいくら領主が悪でも領民が処罰されてしまう。学が足りないとはいえ、それくらいは女も分かっていた。


 これなら領主の死は野盗のせいにできる。

 女は、父と継母が斬りつけられ絶命した所を見た。

 自分では殺したいと思う事さえできなかった人物の息絶えた瞬間を見た。


 二人から解放された。それしか思わなかった。


(だから今こうなっているのよね……やっぱり私、愚かなのだわ)


 痛みには慣れている。寒さはもう気にならない。野盗たちは気にしなかったようだが、女の体には火傷痕があちこちにあった。刃物傷も鞭の痣も。全てドレスに隠れる場所へ。

 そして今は顔も腫れていて、口を開ける事も痛い。


 それでも女は歌を歌った。歌というには微かに息を吐くだけのものを。


 歌の好きだった母と侍女が教えてくれた歌。


 毎日ただ生きる事を支えたもの。


 母と侍女が早く迎えに来てくれるようにとも祈ったもの。


(汚れているし、はしたない格好だけれど……お母さま、マリア、会いたい……)


 幼かった頃に教えられたように、女は毎日欠かさず歌った。

 優しく懐かしい思い出の中に浸って狂ってしまいたかった。

 折檻がひどくなるので我慢していたが、やっと好きに泣ける。


 明るい空を見るのはいつ以来か。涙はあたたかかった。



 ガゥ!



 ふいに聞こえたものが何か分からず、女は歌うのを止め、気配を探った。


 ハッハッ


 何かの息使いだと気がついた時にはその音は女の近くまで来ていた。


 待ちなさいって!


 今度は遠くに男の声がした。今度はどんな男だろうか。できれば放っておいて欲しい。


「ワフゥ」


 男の声に気を取られている間に、何かは女の視界に現れた。

 銀色の、たぶん獣。

 人では考えられない大きな口から垂れた舌。しかし、初めて見る獣の理知的にも見える金色の目に、女は、この獣になら食べられるのも悪くないとぼんやり思った。


「うわっ!また死体~っ!?……あら、生きてるの?」


 銀色の獣よりも大きな大きな男が女に覆い被さるように覗き込んで来た。


「……あの、このまま、で……」


 女はなんとか声を出した。まだ意識があるとはいえ、いずれ死ぬ自分を放っておいて欲しい。それだけは伝えたかった。

 大きな男は顔を歪めた。少し怖い。

 ベロリと頬にぬるく濡れたものが触れた。

 獣に舐められたようだと女は驚いたが、味見ならばそんなものだろう。


「あなた名前は?」


 大きな男が静かな声音で聞いて来た。大声は傷にも障る。彼のその気遣いに女は単純に嬉しく思った。名前を言ってしまえば連れ戻されるだろうか。両親と同じ所では死にたくないと女は一瞬躊躇したが、それすらもどうでもいいと考え直す。


「ミ、ミディムロー、こうしゃくが、いっし、フィーリア……」


 かすかな声になってしまったが、聞いた大きな男はさらに恐ろしい顔をした。怖い。


「ミディムロー!? 悪魔侯爵の……子?」


 男の恐ろしい表情に、彼にも何か迷惑をかけたのだろうと予測。このまま殺されても女に文句はない。死が早まるだけだ。

 ただ、「悪魔侯爵」との呼び名に野盗は真実を語っていたと改めて、少しだけ、がっかりした。

 女は静かに目を閉じた。


 ベロリ ベロリ ペロペロ


 獣がまた女の頬を舐めた。顎も額も。少しくすぐったい。


「ちょっとなんなのよ? そのコの事気に入ったの?」


「ワフッ」


「そっかあ……」


 獣と会話のできる人なのだと女は羨ましくなった。実の父とさえ言葉が通じないと思い知っただけに、最期にとてもいいものに出会えた気がする。

 またどうやら獣には食料として気に入られたと女は目を閉じたままホッと息を吐いた。


「……まぁ……こんな所じゃどうという事もないか。それじゃあお嬢ちゃん、少し我慢してね?」


 ひと思いに殺してくれるとはありがたい、と思った途端に女は何か布の様な物にくるまれた。ドキリと心臓が鳴る。死にかけが死に抗おうとしていると女は自身に呆れた。

 突然の浮遊感。さらに固定されたような安定感もある。


 女が思わず目を開けると、女を横抱きにしたらしい大きな男は微笑んだ。久しぶりに見るいやらしくない笑顔に女は小さく感動した。自分にこんな笑顔を向けてくれる人がいるなんてと、体のどこかが震えた。


「こ~んな田舎も田舎な森の中だとゴシップも届かないのよね。色々聞きたいわ~、うっふっふ」


「ワフッワゥ」


 男の鼻歌に合わせてザッザッと落ち葉を踏みしめる音とそれよりも軽い音がついて来る。

 向こうの方には朝日が見えた。眩しい。


 ゴシップとは何だろうと思いながら、心地好い温もりと振動に女はいつしか意識を手離した。


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