1-8 質疑応答
スープをそれぞれの胃に流し込んだ後、俺は食器を手速く片付けて、さっさと入浴を済ませ、俺の部屋にてイリナと向かい合う。
色々と長い一日だったが、改めて、疑問に思っている沢山のことを一つ一つ聞こうと、俺は口を開いた。
「改めて、エニアグラムとは何なんだ?」
「エニアグラムは私を含めて八人で構成された、ジルカ王国に籍をもつ義勇兵の総称よ。今は八人だけど、元来は九人で構成されるのよ」
「で、俺がその九人目の候補、と?」
「今の所最有力候補であるのは間違いないわ。といっても他に候補者なんていないのだけれど」
「どうして俺なんだ?」
「今のエニアグラムに欠けているのは遠距離型の攻撃よ。使える人がいない訳じゃないけれど、新たに一人、居るか居ないかで大きく異なるわ」
「役割みたいなものがあるのか?」
「そうね。私達は一人一人、それぞれ突出した力を持っているの。お互いの不備を補い合えるように、色々な状況に対応出来るように、ね。私が得意なのは主に剣とか槍とかを使った近接武器全般だけど、他にも格闘家、治癒術師に魔法使いと、それぞれ違った特技を持っている人達がいるわ」
なるほど、RPGのパーティ編成で集められた人達みたいなものか。
「何のために義勇兵なんかやってるんだ?」
「ディーバスという世界ではね、一世紀に一度、世界が滅亡の危機に追いやられる程の天災が起きるの。ディーバスは決して地球程沢山の人類がいる訳では無いけれど、彼らだって世界は違えど、同じ時を生きる生命よ。私達が築き上げてきた歴史を潰させるわけには行かない。少数精鋭で人類存続の未来に貢献する。これが私達、義勇兵エニアグラムの活動目的の主軸よ」
一世紀に一度訪れる天災。
百年間隔で災いが起きるなんて本当にあるのか、と一瞬考えてしまう。だが、地震の絶えないこの国の事を考えると、それは幾らか納得のいく話だった。
「今日の化物とその天災とは、何か関係があるのか?」
「うーん、まだ何とも言えないわね。今仲間が調べている最中なのよ。詳しいことはわからないわ」
イリナが難しい顔をして答える。
「その仲間っていうのは.......」
「もちろん、エニアグラムよ。私達はディーバスのあちこちに散らばって活動しているわ。でも、ちゃんと集まる時は集まったりするし、一つの任務に数人で協力して当たることもあるわ。もしあなたがエニアグラムに加入するのなら、全員と会えるはずよ」
遠距離攻撃でわざわざ異世界の俺が選ばれる程の組織は、一体どんな人達がいるのだろう、とそんな事を考えてしまう。
「そういえば、何でイリナは化物が来る事を事前に知ってたんだ?」
「仲間の中に、演算と分析を得意とする奴がいるのよ。エティオって言うんだけどね、そいつからの情報。ま、出現時間は外れたみたいだけどね」
肉体面ではなく、頭脳面で特化した人もいるのか。
「今言った、天災を防ぐこと以外にも活動をすることがあるわ。義勇兵だから当然と言えば当然なのだけれど」
今日の、住民達の街の防衛が、それに当てはまるわけか。
そしてもう一つ、俺には気にかかることがあった。
「俺の他にも体験した人がいたってのは.......?」
そう、俺が異世界に連れてかれてすぐの会話で、前にイリナは他人をディーバスに連れてきていたことを言っていた。
「あなたが私と会った時にやっていた戦闘げえむ?のことよ。王冠に1とか2とか書かれている順番に勧誘したわ。」
「そして、あの世界へ連れて行って、俺と同じようなことをさせた訳か」
「連れて行きはしたわ。ただ、その時は化物は現れなかったから、銃?とやらを試し撃ちしてもらったわ」
何だそれ。めちゃくちゃ優しい勧誘じゃないか。
「その人は結局、実弾よりもげーむの方がいい、とか言って、合わなかったんだけどね」
それはそうだろう。ゲームと実弾ではあまりにも感触が違いすぎる。まだ未定だが、俺もまたイリナと活動するとなると、そんな違和感を抱くのだろう。
しかし、銃を知らないのだろうか。
「イリナは銃を見たのは初めてだったのか?」
「ええ、最初にあの戦闘げーむを見た時の衝撃は忘れられないわ。弓や魔法なんかよりも遥かに優れているもの。エニアグラムにこの遠距離攻撃があれば!って思わずにはいられなかったわね」
「成程、つまり向こうの世界には、銃の概念が無いんだな?」
「ええ、無いわ。だからこそ、アヤトのその実力が必要なの。もう勧誘に失敗したくないわ」
そう言って、イリナは虚ろな目で乾いた笑みを浮かべる。
勧誘を断られた時に少なからずショックを受けたのだろう。
出来ることならその気持ちに応えてやりたいと思う。だが、俺はまだ素直に首を縦に振ろうとは考えていない。
義勇兵になるという事は、自分の身を危険に晒すという事であり、当然命に関わる。
戦争を過去の史実としてのみ触れ、銃や刀などを所持するだけで犯罪者と見なされる、とてつもなく平和な国で育った俺にとって、自分が戦っている姿というものが容易に想像できない。当たり前だ。
それに、明日に自分に届くという武器を触る前に義勇兵入りを受け入れるのは、まだまだ大きな抵抗があった。
しかし、今日助けた少年と、その家族が俺に向けて感謝していたあの光景が、俺の頭の中に鮮明に蘇る。
幼い頃からあまり多くの他人と接点を持ってこなかった俺にとって、あの家族から向けられた感謝は凄く印象に残っている。
人助けの為に戦うのも悪くは無いのかもしれない。
という考えが俺の頭の中でぐるぐる巡る。
故に俺は、イリナの勧誘を受諾も出来なければ、拒絶も出来ないでいた。
「とりあえずは、明日届くとかいう武器を扱って、実際に経験してみないことには何とも.......」
するとイリナは、
「そうだよね、何事も経験してみないとわからないもんね。また明日、今日と同じくらいの時間に向こうに連れて行ってあげるよ。そこで試し撃ちしてみよっか」
と微笑みながら俺に告げる。
「よろしく頼むよ」
そう言って、聞きたいことはとりあえず殆ど聞いた、と思った瞬間、瞼が鉛のように重くなり、全身から力が抜けていく。
無理もない。今日は身も心も慣れない事の連続だったせいで、電池切れが近かった。逆に今この時までよく耐えられたな、とも思う。
俺は睡魔に抗おうとせず、素直にベッドに横になり、
「悪いけど今日はもう疲れた。おやすみ」
そう言うと、瞼をゆっくりと閉じた。
急速に薄れゆく意識の中、「うん、また明日。おやすみなさい」という優しげな声が聞こえた気がした。