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カレンデュラ(旧版)  作者: 芳多 響
序章
6/23

1-6 帰還

 所々崩れかけている街並みの中に佇むイリナは、エストックを軽く一振りして化物の体液を落とすと、流麗な動作で静かに鞘に収めた。


 化物が消えたことに安堵した俺は、イリナのところまで駆け寄っていく。


「住民達の避難はどうだった?みんな無事?」


 近寄ってくる俺の気配に気付いたイリナは、振り返って俺の姿を見ると、そう尋ねてきた。


「足を挫いた子供を役場まで運んだよ。住民達は役場の地下壕に隠れているみたいだけど、全員いるかどうかは.......」


「じゃあ、とりあえず、街の人達が無事なのか確かめないとね」


 俺達は町役場に到着すると、地下壕を探した。


 するとそこには、先ほどの男性達が立っていた。俺の姿を見るなり、慌てて「*****!」と叫んで手招きしている。言葉はわからないが、恐らく「早く地下壕に入れ」みたいな事を言っているのだろう。


 イリナが男性に近づいて、何やら話し始めた。懐疑的な表情を浮かべていた男性は、会話が進むにつれ次第に目を見開いて驚きを表し、興奮して声が大きくなっていった。


 会話が終わると、男性は地下壕の中に向かって大声を出す。すると、中から大きな歓声が上がり、次々と住人達が地下壕の中から姿を現した。


 地下壕から出てくるとすぐに他人と抱き合ったり、安堵して涙したり、歓声を上げ続けていたりと、皆様々な方法で化物撃退を喜んでいる。その中には、俺が先程助けた少年が、顔が良く似た男性の背中に背負われている姿が見えた。恐らく父親だろう。


「あの化物を撃退したから、もう安心して、と伝えたわ」


 イリナが俺の元へ来ながらそう伝える。


「住民は、アヤトが連れてきた男の子で全員だったみたい。あなたがあの子を預けてすぐに出て行っちゃったから、心配して地下壕を開けて待っていたそうよ」


「それは悪いことをしたな。俺はてっきりまだ残っていると思ってたんだ」


「初めて来た街なんだから、仕方ないわ。でも、全員無事でよかった。もちろんあなたもね」


 イリナは微笑みながら俺を見る。その綺麗な笑顔を直視してしまい、照れを隠すために話題を繋げる。


「それにしても、イリナの戦いは凄かったよ。最後の方しか見られなかったけどね。剣術が得意なのかい?」


「そうね、剣は幼い頃から振り回してたわね。剣に限らず、近接武器ならまぁ自信はあるかなー、なんて」


「へぇ、そうなんだ」


 会話が終わった。沈黙。気まずい。


 普段、鈴奈以外の女子と話す経験が殆ど無かった俺にとって、女子との会話というものは難易度が高かった。子供をもうあと10人助ける方が簡単だと考えてしまう。実際はそっちの方が遥かにしんどいのに。


 どうしようかとオロオロしていると、イリナの方から話し始めた。


「それで、どうだった?人助けのために奔走した気分は。またやりたい?」


 正直きつい。疲れてしまった。少年をおぶったまま走ると全速力がどうしても出せず、背中の少年のことも気にかけなければならなかった。そして地下壕の鉄扉を開けるのに全力を注いだため、外れたりはしていないが、掌と肩が今も痛む。


 予想していたより体力を大きく削り、事が落ち着いた瞬間にどっと押し寄せる疲労を、今更ながらにひどく実感する。


 人助けは悪くないが、勘弁してくれ、と答えようと口を開きかけた時だった。


「◇◇◇◇◇◇◇◇!」


「ЖЖЖЖЖЖЖ」


 幼い声が聞こえてきたので振り返ると、そこには父親であろう男性におんぶされた少年が俺に輝いた視線を向け、男性が俺の方を見て頭を下げていた。隣に少年と同じ髪色をした女性がいて、彼女も彼と同様、頭を下げる。


「息子を助けてくれて本当に感謝する、ですって」


 横でイリナが通訳してくれた。


「いえいえ、人として当然のことをしたまでで.......」


「◇◇◇◇◇◇?」


「お兄ちゃんはお姉ちゃんの仲間なの?って」


「まぁ.......見習い、のようなものかな」


 イリナが少年に伝える。


「◇◇◇◇◇◇◇◇!」


「△△△△△△△△」


「ЖЖЖЖЖЖЖ」


 何やら家族で会話して、父親が俺に話しかける。


「ЖЖЖЖЖЖЖЖЖ」


「あんた、姉ちゃんの仲間か?そいつは凄いな。これからも頑張ってくれよ、だって」


 そう言って俺に手を差し向けてきた。


「いや、仲間というわけじゃないんだが.......」


 と、戸惑いながらも握手を交わす。すると、少年からも握手を迫られたので、小さくも逞しい手を握ってやる。


 その時、少し老けた男性が、役場の中央で声を上げて何やら話し始めた。少年の家族は俺に手を振ると、そちらへ向かっていった。


「改めて、それで、どうだった?人助けのために奔走した気分は。またやりたい?」


 イリナが先程と同じ質問を繰り返す。


 くそ、こんなタイミングで問いかけられるなんてずるい。あの少年の輝くような笑顔と、その家族の後ろ姿から窺える暖かな雰囲気が、俺の心に強い印象を与えた今、その質問をされると、また助けてやりたいと思ってしまうじゃないか。


 暫く黙考して、俺は彼女の問いに答える。


「.......ああ、家族のあの暖かい雰囲気を守ったと思うと、悪くないなって思う...」


 それを聞いたイリナは笑って白い歯を見せる。


「でしょ?私達は沢山の人達の大切な時間を壊さないように戦っているの。あなたが今感じているその気持ちが強ければ強いほど、私達と共に戦うのにピッタリよ」


 そう言われても、今回のは対処法がある程度わかっていて、かつ人として当たり前の行動をとっただけだ。こんな俺に何が出来るのだろうか。


 .......まて、いま、私“達”っていったか?


「私達って、他にもいるのか?」


「うん。私の他にあと七人、同じ活動をしているわ。エニアグラム、という名前の組織でね」


 そういえばそんな単語も、この街に来てまだ数分もたってない内に言っていた気がする。


「その、エニアグラムってのは何なんだ?」


「えっとね、簡単に言えば慈善活動団体。かっこよく言えば義勇軍だね。こういった街や国の危機なんかを助けたり、悪い人を懲らしめたりするのが主な活動かな」


「まるで警察みたいだな」


「けーさつ?」


「あー、街の治安を守ったり、犯罪者を捕まえたりする人たちの事だよ」


「騎士団の事ね?確かに似ているかもしれないけれど、全然違うわ。彼らは自国の為に働くけれど、私達はもっと広い範囲で働くの」


 一国のために動くわけじゃないのか。しかし、考えれば考えるほど疑問が出てくる。


 俺が質問をしようと再び口を開いた時、俺達から離れたところで話し合っていた住民達が解散し始めた。役場の中を片付け始める者、机の上に地図を広げてペンで何やら書きつける者、奥の扉から様々な工具を持って出ていく者と、皆それぞれ何かの役割を持っているようだった。


 恐らく、街の復興作業を開始するのだろう。甚大な被害を受けた訳では無いが、割と沢山の建物が倒壊している。おまけに傾いた時計塔。あれは直すのに苦労しそうだ。


 そんなことを考えていたら、街人の一人が俺達の姿を見て、騒ぎ出した。いや、正確にはイリナの姿を見て、だ。


 騒ぎは瞬く間に伝染し、イリナの周りに沢山の人だかりができる。


 何事だと思い、背伸びをしてイリナの方を見ると、彼女はたくさんの人達に握手を求められ、困ったような照れているような、よくわからない表情で引いていた。


 あいつは有名人かなにかなのだろうか。


 ふと、イリナと人越しに目が合ったかと思うと、上手いこと人混みをすり抜けたイリナは俺の手を掴んで、


「ごめん、ちょっと走るよ」


 と言うが早いか、全速力で駆け出した。受け身も何も用意して無かった俺は危うくコケそうになるも、何とか彼女に追随する。


 後ろを振り返ると村人達が追ってきていたが、徐々にその姿は小さくなっていった。


 その後もしばらく走り続け、郊外まで来たところで漸くイリナは足を止めた。


「ここまで来れば、大丈夫かな?」


 人助けで酷使した体にこの全力ダッシュは予想以上にきつく、イリナが足を止めた瞬間、へたりこんでしまった。喉の奥が乾ききって、唾を飲み込むのに一苦労する。対して、彼女から疲れたそぶりは一切感じられなかった。


 化物と戦った後に全力ダッシュしてもまだ余裕とは、一体どれほど体力があるのだろう。


 鈴奈以外の女子と、偶然とは言え、手を繋げたことにときめいてる余裕なんて全くなかった。全く。


「ごめんね、きついことさせちゃって」


「はぁ、はぁ.......。あんた、有名人なのか?」


 息を切らしつつも尋ねる。


「まぁこの辺では割とね」


「エニアグラムってのは皆有名なのか?」


「いや、勿論有名どころか、世間に全く知られていない人だっているよ?」


 それはよかった。人からチヤホヤされるのは苦手なんだ。


「まぁ、色々と聞きたいこともあるだろうし、一度君の世界に戻って落ち着いてから、話をしようか」


 そう言うと、この世界へ来た時と同じように、再び指をパチンと鳴らした。





こんばんは。作者です。

物語開始早々急展開すぎる気もしますが、とりあえず一段落着きました。まだまだ終わらせる気はありませんよぉ(`・ω・´)


文法間違い、誤字脱字を見つけた方は報告していただけると助かります。

感想やレビュー、ブックマーク登録して頂けると更に頑張れる気がする。

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