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カレンデュラ(旧版)  作者: 芳多 響
序章
5/23

1-5 襲撃

 突如発生した地震に立っていられず、俺は思わず地面に手を着いてしまう。


 街の住人立ちも、悲鳴をあげ、同じように地面に這いつくばるか、近くの建物などに掴まり、不安そうな目をしていた。


 なんだ、今度は何が起こるんだ?


 そう思ってイリナを見ると、彼女は腕を組んだまま微動だにせず、少し不機嫌そうな表情と共に、その場にしっかりと立っていた。


「はぁ、予定より八分早いわね。エティオが失敗するなんて、珍しいこともあるのね」


 と言いながら、ブルゾンコートの中から金色の鞘に柄の赤い装飾が映えるエストックを取り出して、茶色のベルトに鞘ごと固定した。


「装備が揃ってないのは少し心許ないけど、予測通り敵は一体だけみたいだから、まぁ何とかなるかな」


 イリナはそう言いながら、ある一点に視線を注いでいた。


 つられて同じ方向に顔を向けると、そこにはバッタのように長い手足が無数に生え、頭部の殆どを巨大な口が占め、全身まるで墨汁のようにどこまでも黒く塗りつぶされたかのような巨体が、時計塔にしがみついていた。


 まるで、世界中のあらゆる恐怖と絶望をその身に体現させたかのような化物の姿に、俺はただ見つめることしか出来なかった。


「な、.......あ...」


「ほら、ぼさっとしてないで、住民達を急いで避難させて!」


「!」


 イリナの言葉で(ようや)く我に返り、辺りを見回すと、皆地震に抗おうと、なんとか立ち上がろうとしていて、時計塔の化物には気付いていないが、それも時間の問題だろう。


 あの化物は危険だ。あれこれ考えるよりもまずは逃げなければならない、という警告が直感として俺に告げる。


 俺は地震に気を取られている住民達に化物を指さして大声をあげた。


「全員逃げろ!」


 恐らく言葉は伝わってないだろう。だが、これで十分だ。


 俺の声に反応した住民達が指さした方向を見て、そこにいる得体の知れない何かを目撃し、顔から血の気が引いていった。


 次の瞬間、


「*********!!!」


「✕✕✕✕✕✕✕✕✕!!!」


「♢♢♢♢♢♢♢♢♢!!!」


 と、なにか良く分からない事を叫び、皆同じ方向へ一目散に逃げ出した。


「住民達が逃げた方向に、町役場があるの。恐らくそこがこの街の避難所ね。逃げ遅れた人を見つけ出して、町役場まで連れていってあげて。私がアイツの注意を引いて迎撃するから、その間に頼めるかな?」


 イリナが尋ねてきた。


 いきなり連れてこられた異世界で、いきなりわけのわからない事態に巻き込まれ、もう正直どうしたらいいのかわからない。


 でも、あの化物からは逃げなければいけない、と本能が告げている。だったら今はとにかく、あいつから逃げるしかない。


「ああ、なんとかやってみるよ」


「それじゃ、任せたわよ。」


 そう言うが早いか、イリナは腰のエストックに右手を添えて、時計塔へと走り出した。


 小さくなってゆく彼女の背中をしばらく見つめたあと、俺は逃げ遅れた住民がいないか辺りを見回す。


 少し離れたところで、蹲っている少年の姿が見えた。


 駆け寄ってみると、その小さな足首が赤く腫れ上がっていた。恐らく逃げる時に捻ってしまったのだろう。


 俺が以前、体育の授業で足を捻った時の腫れ具合とは比べ物にならない位に痛々しい。これじゃあ歩くどころか、立つこともままならないだろう。


「大丈夫か!?今役場まで運んでやるからな、大人しくしてろよ!」


 少年がなにか言おうとするよりも速くかつぎ上げ、そのまま小さな身体を背中に回し、おんぶの状態にすると、


「掴まってろよ!」


 と言って、住民が逃げていった方へ走り出した。


 突然、巨大な金属が軋みだす音が鈍く響き渡る。


 顔を上げると、暴れだした化物の重量に耐えきれず、傾いた時計塔が目に映った。


「グオオオオアアアアアア!!!!」


 再び化物の雄叫びがこだまする。


 化物が時計塔から飛び降りて、下にある民家を潰し始めた。


 奴が暴れる度に起きる振動が、地面と空気を通してダイレクトに伝わってくる。


 時計塔からは目測でしかないが割と離れているというのに、鼓膜が張り裂けそうなほどの爆音だった。


 背中で少年が泣き出した。


 なんだよ、俺だって泣きたいわ。いきなり異世界連れてこられたかと思えば、すぐさまよく分からん化物から逃げなきゃならないなんて、冗談も大概にしてくれ!と叫びたかった。


 でも、足を止めるわけにはいかない。立ち止まってしまえば、あの化物に踏み潰されてしまう。


 嫌だ。こんな所で人生終了させたくない。まだ鈴奈の手作りお菓子食べてねぇんだぞふざけんな!


 懸命に走っていると、明らかに他の民家とは違う、やや大きめのレンガ作りの建物の前まで来た。


 これがイリナの言ってた役場だろうか、と汗だくになりながら考えていると、


「◇◇!」


 背中の少年が泣き顔になりながらも、俺の肩を叩いて、建物の扉を指さした。


 どうやらここで間違いないようだ。


 俺は急いで駆け寄って、木製の扉を足で蹴り開く。


 しかし、中には誰もいなかった。散乱した書類やビールジョッキを見るに、つい先程まで人が居たのは間違いない。


 どういう事だと思っていると、またも少年が指さした。


「◇◇!」


 散乱した書類を指さしている。そこに何かあるのかと思って、書類を足で払い除けると、頑丈そうな鉄製の扉が姿を現した。


 成程、地下壕か。


 俺は一度少年を降ろして、扉の取っ手を握りしめ、引っ張ってみるが、ビクともしない。


 焦った俺は、全力を込めて引っ張り上げるも、微かに扉が震える程度で、開く気配は一向にしない。


 まずい、手が痛くなってきた。


 そう思っていると、少年が這い寄ってきて、


「◇◇◇◇◇◇◇◇!!!」


 と、扉を拳で叩き、何やら叫んだ。


 すると、扉が少しずつ開き始めた。俺は肩が外れるのもお構い無しに扉を引っ張ると、扉の下から二人の男性が、扉を持ち上げていた。


 男三人がかりでないと開かないなんて、どんだけ頑丈なんだよ、と思いながらも、男性に少年を受け渡す。


 男性たちが何やら会話をしている内に、


「逃げ遅れた人がいないか探してくる!」と叫んで、役場を出る。


 後ろから男性達の大声が聞こえたが、木製の扉を潜って外に出る。


 そのまま他に住民がいないか走り出そうとした時、役場から少し離れた所に見える広場に、例の化物の姿が見えた。


 そしてその化物の前に、抜剣したイリナが毅然とした様子で退治していた。


 まずい、こっちに地下壕がある事を彼女に伝えなければ、下手したら化物がこっちに来て、地下壕ごと踏み潰してしまうかもしれない。


 俺は駆け出そうとするも、化物の凶悪なフォルムに立ち竦み、足を動かせないでいた。


 だが、何か様子がおかしいと思い、化物を凝視する。


 よく見ると、化物の体には無数の切り傷が刻み込まれており、動きもどこかぎこちない。


 対して、化物の前で対峙しているイリナは傷一つ付いておらず、それどころか汗の一滴も見当たらなかった。


 涼し気な表情と共に、化物の動きに集中している。


「ゴアアアアアアアアアア!!!」


 不快な声を上げて、化物がその長くどす黒い手をイリナめがけて振り下ろす。


 ズシャアアアンという音が響き、バケモノの手を中心に石畳が隆起する。


 それを最低限の動きで避けたイリナは、自身の横に伸ばされたその手に乗り、エストックを突き刺して、そのまま化物の胴体を目指して駆け上がって行く。


 そのまま化物の身体をなぞるように飛翔し、化物の後ろ側に着地する。


 彼女が通り抜けた場所には、伸ばした手先から胴体の半ばまで、くっきりと切り裂かれた一本の傷があった。


「ガアアアアアアアッ!!!」


 化物が激昂してイリナを仕留めようと動き出すも、先ほどの攻撃で背後をとったイリナは、間髪入れずに化物の下を駆け抜けながら無数にある手足を切断していく。


 イリナが再び化物の正面に出てくると、化物は殆どの手足を切断され、浮いていた自身の胴体を地面に激突させた。


 その衝撃がこちらまで伝わり、後ろから老若男女の様々な悲鳴が聞こえる。


 地下壕にいる住民達は、きっと恐怖しているのだろう。


 だが、イリナは臆することなく、身動きできなくなった化物の目の前までゆっくりと近づいていき、開かれたその巨大な口めがけて、エストックを突き刺した。


 ピシッという音がして、傷だらけの化物の身体に無数の亀裂が走る。


 そのままゆっくりと黒い霧を霧散させながら、その巨体を小さくしていき、遂には跡形もなく消えてしまった。


 後に残ったのは、化物が暴れて被害を被った路地や建物、そしてその中に紅蓮の長髪を風に(なび)かせて静かに佇むイリナの後ろ姿だけだった。


 妙に寂しげな雰囲気を醸し出しているその景色を、俺は生涯、忘れはしないだろう。


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