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カレンデュラ(旧版)  作者: 芳多 響
序章
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1-4 異世界

 

 気が付くと、俺は石畳の路地に突っ立っていた。


 辺りを見回してみると、石やレンガの建築物が並んでおり、少し離れた場所に、六階建てビル程の高さの時計塔がそびえ立っている。


 そして、日本ではあまり見られない様々な簡素な服装を身につけた人々が通りを行き交っている。


 一瞬で周りの風景が変化したことが、あまりにも現実からかけ離れた出来事だったため、暫く何が起こったのか信じられずにいた。


 おかしい。さっきまで俺はゲームセンターにいたはずだ。何でこんな中世ヨーロッパみたいな街にいるんだ?そもそもここはどこだ?


 そう思っていると、後ろからふと声をかけられた。


「びっくりした?驚かせてしまってごめんね。」


 振り返ると先ほどの赤髪の彼女がいた。


「こ、こは.......?」


「ここはね、君がさっきまでいた世界とは完全に離れた別世界、ディーバスって言うの。今私たちがいるのはエルベート公国の首都よ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。ディーバスとかエルベートとか、そんな国聞いたことないぞ?」


「そりゃそうよ。ここはあなたの住むちきゅう?とかいう場所じゃないもの。それから、ディーバスはこの世界の名前」


「.......つまり、俺は今、異世界にいるのか.......?」


「理解が早くて助かるわね。今からあなたには、エニアグラムの活動体験をしてもらうわ。」


 理解が追いつかない。いきなり知らない世界に飛ばされて仕事の体験をしろとか、どんなフィクションなんだよ。


「元々私に回された任務なんだけどね、今丁度枠が一人分空いてて、遠距離武器の扱いに長けた人がいいなーって思ってたところでー.......」


「いやあの、遠距離武器って言われても、あれはゲームの中の話であって、俺は本物なんて触ったことないんだが.......」


「心配しないで。最初から戦えなんて言わない。あなたの武器は明日届くわ。今日は見学してもらえればそれで充分よ。」


 サラリと明日とか言われた。しかも俺の武器?


「明日届くってどういう事だ?」


「実はあなたの他にも体験してもらった人達がいたんだけど、どうもダメだったみたいで。その人達に渡していた武器があるのよ。もちろんあなたがさっき使っていたようなものよ。」


 .......よく分からん。とりあえず、


「なぁ、これ、俺は元の世界に戻れるんだよな?」


 帰れなかったら悲惨だ。これだけはまず確かめておかなければ。


「ああ、うん。心配しなくていいよ。ちゃんと帰り道は保証するから」


 帰れないという最悪の事態を想定していた俺は、少女が凛とした声で放ったその言葉に少し安堵した。


 先程よりかは幾分か落ち着いた状態でもう一度辺りを見渡す。


 異世界のため、時計塔の示す時間が読めず、おそらく昼過ぎくらいか、と見当をつける。


 少し薄暗い曇天の中、通りを決して少なくはないが多くもない人数が闊歩している。


 赤くて小さい木の実がたっぷり積まれた、大きな籠を抱えて歩く者。


 大通りを右折する、沢山の木箱を積んだ馬車を引く者。


 軒先に並んだ、地球の物より遥かに美しいと思われる綺麗な花々を前にして、目を輝かせている子供とその母親。花屋なのだろう。


 二回の窓から洗濯物を取り込む者に、紳士服を着て、見たことの無い言語が書かれた紙面にしかめ面を浮かべつつ、俺のすぐ横を通り過ぎる者。


 よく見ると、俺と同じ人間の姿をした者もいれば、人型の身体に獣の耳や尻尾を持つ者もいる。


 その光景が、ますますここが地球ではない事を実感させる。


 ふと気になって、こちらに背を向けて立っている彼女に目を向ける。


 後ろで軽く結わえ付けた、水が流れている様を彷彿とさせる綺麗な紅蓮の髪とは対照的に、白く、きめ細やかな肌の(うなじ)やほっそりとした腕が、ブラウスの襟元やブルゾンコートの袖口から覗いている。


 赤いスカートから生えている二本の脚は細いのに細すぎず、真っ直ぐに長いそれはまるでモデルと言われてもおかしくないほどだ。


 よく見れば顔も目、鼻、口、眉、輪郭とすべて綺麗に整っており、少し切れ長の目から覗く赤く透き通った目は、紅蓮の髪とも相まって、非常に良く似合う。


「ん、どうしたの?」


 .......いかん。


 彼女の美しさに見蕩れてしまい、目が合っていることにも気付かないでいた。


「いや、何でもない」


 もう少し見ていたかったが、なんとかポーカーフェイスを保ったまま彼女から目をそらす。


 彼女に獣の部位は見当たらなかった。


「そろそろ時間かな。えーと.......」


 彼女が俺を見たまま言葉に詰まる。


 そう言えばまだお互い名乗っていなかったな。


「泉 綾斗。綾斗、と呼んでくれ。」


「うん、アヤト、ね。私はイリネア・アトナロア」


「えっと、イリネア...さん?」


「呼び難いならイリナでいいわ。呼び捨てて構わないわよ」


「わかった。えと、じゃあ、イリナ。俺はこれから何をすればいいんだ?」


「うん、まずはね、恐らくあと10分後にこの街に化物が襲撃して来ると思うの。私が撃退に当たるから、あなたは化物が現れたら、すぐに住民達の避難誘導をお願い。あらかた済んだらどこか適当なところで私が化物を倒すまで待っていて。」


 と、とんでもない事を何でもない事の様に彼女は言った。


「は?化物?」


「そう、化物」


「10分後に?」


「10分後に」


「.......」


「.......」


「いやいや、じゃあこんなことしてる場合じゃ.......」


 瞬間、ズガアァンと大きな地鳴りが発生し、数秒遅れてこの世のものとは思えない、耳を塞ぎたくなるような何か(・・)の咆哮が街に轟いた。

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