2-5 訓練二日目 早朝
おはようございます。泉綾人です。現在ジルカ王国の森の洞窟内にてサバイバルしております。
昨日は大変でした。
保護者兼指導者であるイリナを失ったあと、俺はすぐに寝床確保に移りました。その結果、運良く滝壺近くに洞窟を見つけました。
雨風を凌げるので少し安心しました。
次は水分です。
イリナから一瓶の水を貰ったとはいえ、あれだけ激しい運動をしていた訳ですから、全然水分が足りません。そこで、滝壺の水を両手で掬い上げてみたのですが、木の葉の切れ端や薄い泥が浮いていたので飲むのは断念しました。
次は食料です。
魚を捕るための釣竿も無ければ、動物を狩って捌く技術もございません。ということで、全力ダッシュさせられた場所にある木に登って、林檎を二つ手に入れました。自然界の、ましてや異世界で育った林檎はどれほどの味だろうか、と結構期待してかぶりついてみたのですが、薄味で舌触りもしんなりと残念な感じでした。
しかし、林檎ですからそこそこの水分補給をすることは出来ました。これは不幸中の幸い。
最後に寝床です。
これがいちばん辛かったです。
イリナが残していった箱に寝袋がありましたが、この寝袋、ファスナーやマットなどなく、薄っぺらい布これだけです。
つまり、地面の凹凸が直に伝わってきますし、耐熱性もほぼありません。木箱に入っていた火打ち石で、焚き火も考えましたが、俺が寝ている間に火の番をやってくれる人なんていません。寝る前までは拾った小枝を重ねて火を焚いてましたが、寝る直前に消すことにしました。
ですからなるべく滝から離れるよう、洞窟の奥まで行って体を縮こまらせて寝袋にくるまりました。
おかげで、
「.......うおぉ、あたたた。体バッキバキだなこりゃ.......」
ゴツゴツの地面に慣れない体勢で寝ていたため、体がうまく動きません。なにか固くて重いものが体のあちこちにのしかかってるような感じです。特に首がやばいです。起きてしばらくは曲げられませんでした。枕って大事なんですね。
とまあ、敬語体もこの辺にしておいて。
俺はなかなか言うことを聞いてくれない体に活を入れるため、滝から水を掬い顔を洗った。
朝になって気がついたのだが、この滝壺に溜まった水はそうでもないのだが、落ちてくる滝の水は結構綺麗なのだ。滝壺の水と比べて、木の葉は見受けられないし、泥もほとんど混じってない。これで飲めたら最高なのだが、表流水は余程のことでもない限り飲まない方がいい。あたる確率はとても低いが、万が一ってこともありうる。
口に含まないよう注意して、二度ほど顔に勢いよく水をかける。刺すような水の冷たさがまぶたにのしかかる眠気を吹き飛ばし、代わりに気力を漲らせる。不思議と、無機質な水道水で洗った時よりさっぱりする度合いが違うようだ。流石は天然の水ってことか。.......まぁ気のせいかもしれないが。
顔を乾かし、焚き火を火打ち石で再点火させ、洞窟の側から太陽を見上げる。まだそんなに登りきってはいない様子。気温も割と低いことから、午前中であることは間違いなさそうだ。
昨日全力ダッシュした木はここからでも問題なく見えるので、もしイリナが来たら、気付くのは難しくないだろう。
突然、俺のお腹がぐるぅと鳴り、強烈な空腹を感じた。当たり前だ。昨日あれだけ激しい運動したくせに林檎二つ食って就寝なんて、狂気じみたダイエットと言う他ない。
しかし悲しいかな、今の俺には味気の薄い林檎を齧りながらイリナの鍛錬を待つしかないのだ。これはまずい。三日目まで持ちこたえられるか本当にわからない。あとあれだ、果汁じゃなくてちゃんとした水が飲みたい。喉は林檎のおかげで渇きはしてないが、やっぱり純粋な水が飲みたい。
まだイリナが来る様子は無いため、少し森を散策することにした。滝壺の水は飲めそうにはないが、色が汚いわけではなく、透明な水に魚影がチラホラ見受けられる。
魚は捌けるにしろ、捕る道具が無さすぎる。岩と岩をぶつけて衝撃を与えるショック漁法もあるにはあるが、この滝壺にそれほど大きな岩は見当たらない。
うーん、これはイリナに頼むかなにかして針と糸ぐらい貰えないだろうか。よし、鍛錬の時にダメ元で頼んでみるか。
ああ、林檎がまずい。
***
〜ジルカ王国城内 エニアグラム本拠地〜
太陽が水平線から顔を出し、城下町が賑わい始め、徐々に住民の生活音が増していく。仕事へ向かう者、店の支度を整える者、商品の売り込みをする者、民家の補強に金槌を響かせる者、荷馬車を走らせ隣町へ向かう者。朝日に照らされ、先程まで静かだった街が思い出したかのように活気づく。
動き出す街をガラス越しに眺めながら、ゾフィは新しい髪留めでいつも通りの雑なツインテールを作り、ラフな格好に着替えると、前回の当番をすっぽかしてしまったツケとして、今帰還しているエニアグラムの人数分の朝食作りに取り掛かる。
料理当番とは、料理に関してある程度料理が人並みに出来る人間が、交代制で拠点に帰還しているメンバー分の料理を作ることである。
料理当番で義務付けられているとはいえ、ゾフィはあまり料理は得意ではない。だが、出来ないわけではなく、上手くもないが不味いこともないので、当番表に名前を連ねられているのだ。
朝から食べるものとして、個人的には魚やスープなんかが好ましかったりするのだが、そういったものを作るとなると、前日に準備しておく必要がある。それに、あまり料理に自信が無いゾフィには、魚を扱ったり手際良く料理を進めることはなかなか厳しい。
ということで。
パンにバターを塗りトースターにセットし、冷蔵庫から取り出してきたベーコンを適当に切ってフライパンで熱し、卵はかき混ぜてベーコンの横で火にかけてスクランブルエッグに。水洗いしたレタスを適当にちぎり、焼きあがったパンにベーコン、スクランブルエッグ、レタスを乗っけて塩胡椒をパラリと振り、パンで挟む。
ゾフィの簡単サンドイッチの出来上がりである。
「うん、美味しい」
一口味見して出来を確認し、自分用以外のサンドイッチにラップを掛けてテーブルに置くと、ゾフィは自分のサンドイッチと読みかけの本を抱えて、キッチンの隅にぽつんと置かれた白い小さな椅子に腰掛ける。
朝日差し込む静かな部屋で、サンドイッチに小さな口でかぶりつきながら、時折ページをめくる。ゾフィにとって、この時間は数少ない安らぎの時間なのである。
「あら、おはようございますゾフィちゃん。...へぇ、サンドイッチですか。なんだかこの間も食べたような気がしますけど」
「嫌なら食うな」
「食べますよ。コーヒー入れますね」
二ページ程めくったところで、奥のドアが開いてミシェルが出てきた。
今日も任務で朝からどこかへ行くみたい。何でも、王国付近で目撃情報が数件報告された、謎の集団の特定及び調査らしい。
三代目琥珀を冠する彼女は、糸を使わせたら彼女の右に出るものはおらず、多種多様の糸を使ったトリッキーな戦い方は、トリッキー故に他を圧倒しやすい。
また、治癒術にも精通しており、自身の糸を使って止血、傷口の縫合、なんてことはお手の物である。
そんな超実力者が、この程度の任務に失敗するはずはないだろうし、心配する必要も皆無である、と言うよりそんなことするのは彼女にとって失礼なので、任務の調子はどう?とか、がんばれ、なんて野暮なことは言わない。
その代わりにそのサンドイッチが応援の気持ちだとでも思ってくれたらなー。
とか考えながらもぐもぐしていたら、独特の苦味を醸し出す好ましい香りが鼻腔をくすぐり出した。
本から目を離して匂いの元を見れば、丁度コーヒーを入れ終えたミシェルが、
「ゾフィちゃんの分はここに置いておきますね」
そう言ってキッチン台のなるべく私に近い所にカップを置いた。
「ああ、そうでした。イリナちゃんまだ寝てると思うから、起こしてあげてください。彼女もそろそろアヤトくんの様子を見に行く時間でしょうし」
「ん?ああ、わかった」
「お願いしますね」
サンドイッチのラップをとり、自分のコーヒーを用意しながらそんなことを言った。
テーブルの用意が出来たにも関わらず、ミシェルはすぐには食べずに自室へ戻り、任務にあたるための軽装を整えて出てきた。
ゾフィはさっさと自分のサンドイッチを食べ終え、コーヒーをお腹に流し込むと、イリナの自室へ向かう。部屋の扉を軽くノックして入ると、そこには穏やかな寝息をたてて眠るイリナがベッドの上に横たわっていた。
「おうい、イリナ。そろそろ鍛錬の時間じゃないのか?おきろー」
「ん、んぅぅ...」
イリナの身体を軽く揺すると、少し嫌がるような声を出しながらもぞもぞ動く。
だがそのほんの数秒後、瞼をゆっくりと静かに開く。
「.......今何時?」
「昼過ぎ」
「嘘!?」
ゾフィの言葉を聞くやいなや、勢いよく跳ね起きたイリナはバタバタと寝巻きを脱ぎ、秒でたたみ重ね、普段着に着替えて金の装飾が美しい細剣を腰に差した辺りで、
「嘘。まだ陽が昇ったばっか」
そう言ってゾフィはイリナの部屋を後にした。
***
「あの起こし方は心臓に悪いからやめて」
「ああでもしないと起きないでしょ」
「.......」
イリナの文句に反論して黙らせた所にサンドイッチとコーヒーを差し出す。
イリナは自分が寝起きがあんまりよくないことをよく理解しているが故に反論出来ない。
若干不機嫌そうにコーヒーカップに口をつける様は意地を張る子供のようである。
「そうですね。イリナを起こすには多少嘘を言わないと起きませんものね」
「嘘をついて信じ込ませ、適度に運動して目が覚めた頃に真実をばらす」
「これが一番確実ですものね」
「二人して酷い」
「「酷いのはイリナ(ちゃん)の寝起きだ(です)」」
「.......むぅ」
「さて、そろそろ私は行きますね。調査に進展があれば、帰っては来ませんのでそのつもりでお願いしますね」
「ああ、気を付けて」「行ってらっしゃい」
ミシェルが出ていった。やることも無いので、ゾフィも出掛けようかと、ミシェルの後を追うようにして玄関へ向かう。
「ゾフィは今日はどうするの?」
頬張っていたサンドイッチを飲み込み、イリナが尋ねてきた。
「あたしは別に。上から何の依頼も来てないし、夕方まで訓練場かな」
「ふーん。ま、程々にねー。行ってらっしゃい」
「ああ」
軽い返事を残してゾフィも扉をくぐって出ていった。
二人が出て行ったのを見届けたイリナは、残っていたサンドイッチとコーヒーを自分のお腹に収めると、もう一度服装を整え、剣を差し直し、忘れ物が無いか最終確認して部屋を出た。
「そう言えば、今日のサンドイッチなかなか美味しかったわね。言っとけば良かったかしら」
そんな言葉を残しながら。
お待たせして本当に申し訳ありません。
リアルがやばいくらいに暇がないので、更新頻度の事はご容赦ください。(暇がねぇなら何で小説書いてんだ、とかそういうツッコミされると凹みますので、心の中でのみ突っ込んでおいてくださいおねがいします)




