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カレンデュラ(旧版)  作者: 芳多 響
琥珀編
20/23

2-3 訓練前日

 夕日が差し込み、どこか哀愁漂う物寂しい教室で、部活生の掛け声や女子の会話を聴きながら、ぼんやりと過ごすこの時間が結構好きだったりする。


 イリナに案内されてエニアグラムの本拠地にお邪魔し、ゾフィからの三度のガン飛ばし、ミシェルからの背筋も凍るような笑顔、イリナの地獄の訓練の解禁告知という三連コンボを食らったあの後、俺は久々に眠れない夜を過ごした。


 ベッドの上で、ほんとにあの部隊に入隊してよかったのだろうか。ひょっとして自分は何かとんでもなくヤバい組織に片足突っ込んだんじゃなかろうか、とか考えていると、いつの間にか朝日が登っていた。


 午前中の授業は何とか耐え抜き、昼休みになった所で、よっしゃー昼や、眠気覚ましになんか食うたろーとか思っていたら純也が学食のうどんを持ちかけてきた。これは別にいい。問題は、鈴奈への悪戯で走ったのがいけなかった。走った後にうどん食べたのがいけなかった。


 睡眠不足に有酸素運動、うどんの消化という三連コンボ、計六連コンボを食らった俺の体は限界をとうに超えていた。


 お陰で午後の授業の記憶が全くない。目が覚めた時には放課後だった。


 昼休みにあれだけ騒がしかった教室が、気づけば静かな誰もいない教室に変わり果てていた。


 無理もない。瞼にのしかかる睡魔さんの戦闘力が異常に高かったのだ。午後の授業を全て潰したというのに、まだ眠気を強く主張しておられるご様子。


 時計の針は五時を指し示している。確か、完全下校時刻は八時だから、あと二時間と少しは寝れるな…とかいうことをうまく働かない頭の中で考えて、机に突っ伏す。


 そのままスヤァ、と眠りにつ.......


「あやとー、いつまで寝てんの!もう放課後だよ?帰るよー!」


 くことは出来なかった。


 顔を向けると、鞄を肩から下げてズカズカとこちらへやって来る鈴奈が見えた。


「どうしたの今日!?午前中は珍しく問題に答えられなかったし、午後は全部死んでるし。先生があやとをものすごい目つきで睨んでたよ?あたしいつ雷落ちるかってヒヤヒヤしてたもん。落ちなかったけど」


「ちょっと昨日眠れなかった」


「あやとが眠れないってまた珍しいね。何してたのさ?ヤな夢でも見たの?」


「うーん、考え事してたらどツボにハマってしまった感じかな」


「考え事ってどんな?」


「えっと、BRはわかるよな?」


「あやとがやってる射的ゲーム?みたいなのでしょ?」


「そうそう。今週の三連休でさ、よく一緒にチーム組む奴が離れた街でBRの交流会を主催するんだけど、それに招待されててな」


「あー、それで月曜の約束を断った訳ね。うん、で?」


「その交流会には結構人が集まるらしくてな。ほら、俺って一応はトップ層じゃん?」


「.......そうみたいね」


 だんだんと鈴奈の心配顔が呆れ顔に変わってきた。多分、こいつは俺がこれから言うことに察しがついてるんだろうな。


「そんで、俺が戦ってる時、どんな事に注意してるのかとか、戦う時のノウハウとかを教えてやってほしいんだと。けどほら、俺って知らない人との会話が苦手じゃん?俺、講演会みたいなのはキライでさ」


「つまり、大勢の前で喋るのが嫌ってこと?」


「その通り。さすが鈴奈。言いたい事わかってるね」


「.......はぁ」


 呆れ顔で俺の心中を言い当てた鈴奈は、それはもう深く溜め息をついた。


「そんな程度のことで眠れなくなるなんてお豆腐メンタルもいい所だね。そりゃ昔から一緒にいるから、あやとが他人嫌いなのはある程度知ってはいたけど、まさかここまでなんて.......」


「は、はは」


 もちろん交流会なんて大嘘である。そして他人嫌いでもあるのはあるのだが、初対面の人相手に会話が出来ない程末期じゃない。


 エニアグラムの事を正直に伝えても信じてもらえないのがオチだ。実は異世界の王国の精鋭部隊に入隊してしまい、その隊員からされる訓練がものすごく怖いです、なんて事を言ったところで、いくら幼馴染でも、「はい?」という言葉と共に首を傾げる鈴奈の姿は想像に難くない。


 ならば、多少は現実味のある嘘を持って誤魔化しておくのが無難というところか。


「.......はあ、心配してすっごい損した。もういい。とにかく帰ろう。もうすぐ日が沈むよ」


「ああ、わざわざありがとう。.......あれ、そういや鈴奈、部活は?」


 机の横に掛けてある自分の鞄に荷物を詰めて、立ち上がり際にふと気づいた事を聞く。


「今、体育館の改修工事してるから外周して基礎練して終わっちゃった。久々に早く帰れるよ」


 鞄を肩に掛け直した鈴奈が背中を向けたまま答える。鈴奈の背中を追うようにして俺も教室を出る。


「練習が再開するのはいつからなんだ?」


 外周する陸上部とすれ違いざまに学校の正門を出て、他愛のない話題を鈴奈に持ちかける。


「工事が終わったその翌日からだから、まだもうちょっと先かな。といってもぼちぼち文化祭の準備も始まるし、来月あたりまではゆるい感じかな」


「ああそうか、文化祭かー。そういえばそろそろそんな時期か」


 俺達の通う凪岡高校は、毎年決まって五月中旬辺りに文化祭を催す。毎年、それぞれのクラスや部活、先生達が文化部を中心に出店やらパフォーマンスやらを派手に行い、大いに盛り上がる。仲のいい人とバカ騒ぎしてもある程度は大目に見てもらえる文化祭を楽しみにしているのは、生徒だけでなく、先生達も同様である。


 今年はどんな出店が出るのか、とかパフォーマンスに出る人達の話といった、文化祭に期待を寄せる話や噂が、廊下を歩く途中でそこら辺からちらほら聞こえてくるのはもうすぐの事である。


「バスケ部は何かするの?」


「多分何もしない。部長や三年が乗り気じゃないからね。部活よりクラスの方を手伝いたいんだって。まあ、あたしもそうなんだけど」


「それ、反対とか出たりしないのか?」


「しないよー。うちは毎年何かやってきた訳じゃないからねー。今更やろうと思っても、めんどくさい、とかクラスの方で忙しい、とかそんなのばっかりだと思うよ」


「なんか悲しいな」


「まあうちは代々からそういう考えが定着してるからね、仕方ないよ。あたし達のクラスはなにかするんだっけ?」


「まだ何も決まってないよ。ただ、純也がいるからな」


「するね。絶対何かするね。じゅんくんこういうの好きだもん」


「だな」


 純也の明るく活発な性格は男女問わず人受けが良いので、クラスの中でも発言権はかなりある。派手なことが好きな純也が、文化祭で大人しくしていられるわけがない。もしかしたら文化祭実行委員とかになって音頭をとるのも有りうる。


 そんな話を続けていると、いつの間にか帰路が別れる交差点に着いていた。


「それじゃまたな」


「うん、またねー」


 俺は鈴奈に手を振り、背を向けて歩き出す。鈴奈も微笑みながら手を振り返していた。


 さてと、家に帰ったら土日の準備をしなければ。イリナから、訓練は俺の日常生活の事を考慮して、主に学校の休日にやってくれるとのこと。明日明後日の訓練、生きて帰れるといいな。




 ***




 手を振り、小さくなってゆく綾人の背中を見つめながら、


「.......また、嘘、つかれちゃったな」


 そう小さく呟き、ゆっくりと向きを変えて、自分の家の方へ歩き出す。


 今まで綾人とはなんの隠し事もなく過ごしてきた。互いに嘘を付くことはあっても、取り留めのないことか、すぐにバレてしまうような、他愛のないものだった。


 しかし、先日の人助けの嘘といい、今さっきの交流会の嘘といい、何か綾人に隠し通されてしまった。


 もちろん、自分の間違いである可能性も否定出来ない。でも、綾人と話していて何となく、だけどしっかりと、違和感を感じるのだ。


 具体的に言えば、綾人が話し出す前に、一瞬だけ、遠くを見るような視線になるのだ。瞳の向きは自分を向いたままなので判断しにくいのだが、幼馴染のなせる技なのか、あ、今私に焦点合ってないなーと、何となくわかってしまう。


 昔から、互いの中に秘密などほとんど無かった関係が心地よかったのだが、自分も綾人ももう高校生、年頃の男女なのである。それは、隠し事の一つや二つはあって当然のことかもしれない。


「.......気にしても、仕方ないよね」


 少し、気持ちを切り替えてそう言うと、鈴奈は歩幅を少し広げて歩き出した。





 ***




「ただいまー」


「あ、帰ってきたわね?」


 玄関をくぐり、靴を脱いで上がろうとしていると、リビングからイリナが頭だけ覗かせていた。そのままとたとたとこちらへやって来ると、


「明日から三日間は休みなのよね?訓練はあっちへ泊まり込みだから、今のうちに準備しておきなさい。明日の朝には転移するわよ」


「朝って、何時くらい?」


「そうね、六、七時あたりにはもう行くわよ」


 結構早いな。平日学校行く時間とほとんど変わらない。


「泊まり込みでやるのか」


「着替えを何着か持ってきてくれればいいわ。その他の用意は私が済ませておくから。まだ初日だから、厳しいことはしないつもりよ」


「着替え、ね。わかった。用意しとくよ」


 厳しいことはしない。その言葉を聞いて、少し安心するも、何がどういう基準で厳しくないのか、全くわからない。

 何が言いたいかと言うと、信用し難い。


 なんだかお腹が痛くなってきた。


「よろしくね」


 そう言ってリビングへ戻るイリナ。靴を揃えて二階へ上がり、自分の部屋に入り、鞄に着替えやタオル、ティッシュや歯磨きセットなんかを詰めていく。

 訓練では汗をかくだろうから、通気性の良い服を中心に鞄に放り込んでいった。


 ある程度荷造りが済んだところで、一階に降り、夕食をささっと作り上げる。どうやら以前俺が作ったタンドリーチキンが随分とお気に召した様子のイリナは、やたらとこれを御所望することが多かった。


「相変わらず美味しいわね」


「口にあったようで良かったよ。今度は何か別の物でも作ろうか?」


「そうね、お願いするわ」


「期待しててくれ」


「アヤトは料理の幅は結構広いの?」


「広いといえば広いかな。両親は殆ど家にいないから、自分でやるしかなくてね。おかげで大抵の物は作れると思う。そっちの世界の食材も、出来れば料理してみたいな」


「そうね、ジルカダックなんかはどうかしら?ジルカ王国付近に生息している小型の鳥なんだけど、肉にするも良し、卵を産ませるも良しのレア食材よ。味も完璧。それこそ、アヤトが使ってるこの鶏肉よりも美味しいかもしれないわね」


 ほうほう、それは是非とも料理してみたい。


 「あ、そうそう、三日間の内に済ませなければならないことは、今日の内に済ませておきなさい。向こうではみっちり訓練するから、時間はあまり無いわよ?」


 言われてハッとする。そういえば、火曜提出の課題があった。


 「あーそうか、わかった。すぐに終わらせるよ」


 「それがいいわ」


 食べ終わった自分の食器を流しに漬けて、自分の部屋に戻り、数学の課題に取り組む。課題が片付き、風呂や歯磨きを簡単に済ませた頃にはもう十一時を過ぎていた。


 明日の訓練は、一体どんなことをさせられるのだろうか。


 不安でまた眠れなくなるのでは?と思ったが、昨日の寝不足と六連コンボから来る睡魔は思いのほか強く、ベッドに横たわると、すぐに意識が落ちてしまった。





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