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カレンデュラ(旧版)  作者: 芳多 響
序章
12/23

1-12 実戦演習

 急流な川の水が流れていくような速度で、窓の外の草原や民家があっという間に後ろへ過ぎ去っていく。


 空の色がだんだんと薄暗くなるにつれ、過ぎ去っていく民家の数も増えていった。


「昨日は確か、イリナと任務に当たったんだよな?」


 前を見据えたまま運転しながら、エティオが尋ねてきた。


「はい、そうですが」


「敬語は要らないぞ?銃の試し撃ちしてた時みたいにタメで喋ってくれて全然いいんだぞ?」


「あ、そうです.......そうか、わかった」


 手元にあるツィルサーを見る。あの時は、空想上の銃のあまりの再現度の高さに、少々興奮して、どうも礼儀を疎かにしてしまったみたいだが、人間誰だって熱くなった時は我を忘れてしまう。俺は基本、他人と話す時は敬語なのだ。おれえらい。


 .......ただ単に初対面の人と話すのに慣れていないだけである。おれかなし。


「実はなぁ、昨日の化物がまた出るみたいなんだ」


 一瞬、理解が遅れた。


「え、それって、昨日イリナが倒したんじゃ.......」


「どうもそれとは別の個体みたいだな。確かにトドメは刺したんだよな?」


「ええ、ちゃんと核を壊したから間違いないわ」


「あの化物は、同じ所に二度も出てくる様なものなんですか?」


「敬語」


「.......出てくるものなのか?」


「んー、どうなんだろうなー。まだあの化物について詳しいデータが取れてないからなんとも言えないね」


「今回も、仕留めていいのよね?」


「いや、ちょっと詳しく調べたいから生け捕りの方向で頼めるかい?」


「善処するわ」


 段々と時計塔がはっきり見えるようになってきた。同時に、車の窓ガラスにぽつぽつと景色が歪む箇所が小さく、しかし確実に数を増やして来た。


「ん?降ってくるか?」


 エティオが上半身を前に傾け、フロントガラスから空を仰ぐ。同時に、イリナも助手席の窓を少し開けて外の匂いを嗅ぐ。


「これは結構本格的に降りそうよ。土砂降りの中戦うのは正直気が進まないわね」


 天空を一面に覆い尽くすどす黒い雨雲を見上げながら、イリナはボヤく。


 土砂降り、か。濡れるのは嫌だな...とか考えていると、昨日と全く同じく、突如大きな地鳴りが響いて、車体が少しの間浮き、すぐさま着地するも、その着地の衝撃が俺達に直に伝わった。


「うおわっ!」


「くっ!!」


「おおっとぉ!」


 三人それぞれの反応が車内に響いたその直後、またあのけたたましいブザー音とともに、運転席にある一つの赤いランプが点滅し始める。


「ちょっと待て、これは.......不味いぞ!」


 瞬間、エティオの顔が青くなった。


「イリナ、生け捕りは止めだ。こいつは厄介だ」


「どうも、骨が折れそうね」


 あの化物相手に無傷で勝ったイリナが気難しい顔をしている。何があったのだろうか。俺は聞いてみた。


「どうかしたのか?」


「.......いいか、落ち着いてよく聞け」


 しばし黙考してからエティオが口を開いた。


「昨日の化物が複数体出たみたいだ。正確な数はまだわからん。だがこれだけは言える。少なくとも、二、三体とか、そんな数じゃなさそうだ」


 言葉を失った。あの、長く無数に生えた墨色の手足が、馬車一つまるまる飲み込めそうなほど巨大な口が、沢山.......?


 冗談はよしてくれと思い、ルームミラー越しにエティオの顔を見るが、一切余裕を感じさせないその表情に、嘘ではない事を悟り、戦慄する。


 次々と、昨日の思い出が鮮明に蘇ってきた。地鳴りと共に民家を破壊する巨大な墨色の物体、時計塔に張り付いたバッタのように長い無数の手足、背中から聞こえた足を挫いた少年の鳴き声、家族の優しさを感じ取ったあの親子の後ろ姿。


「!!」


 早く、あの街に行かなければ.......!!


「飛ばすぞ、しっかり捕まってろ。舌ァ噛むなよっ!」


 エティオがガコンとレバーを引き、右足で思いっきりアクセルペダルを踏み込んだ。瞬間、体が車のシートにめり込み、窓を流れる景色のスピードが格段に速くなった。


 徐々に、分厚い木材で閉ざされた街の正門が姿を大きくしてきた。だが、エティオは一向に車を減速させない。


「ぶち破るぞ、伏せろ!」


 イリナが素早く頭を下げるのを見て、慌てて俺も頭を下げたその刹那、バガァァン!!という音と衝撃とともに、俺は運転席に思いっきり頭をぶつけた。


「ぐっ!」


 俺が頭を抱えたまま蹲っていると、イリナが座席の下から赤と金のエストックを取り出した。


「いい?化物と遭遇したら無理に戦おうとせずに逃げるか隠れるかしなさい!!もし戦わなくちゃならなくなったら、口の奥にある核を狙いなさい!そこが奴らの弱点よ!!」


 そう言うと、イリナは扉を開き、外に身を投げ出した。俺は急いで後ろを振り向き、イリナの姿を確認する。


 身を投げ出したイリナは、そのまま体を丸めてうまく受け身をとり、すぐ近くにいた化物めがけて抜刀し走っていった。


 ゴアアアアアアアアッ!!!


 前方から聞き覚えのある耳障りな咆哮が聞こえ、目を向けると、フロントガラスいっぱいに映り込む化物の口内があった。


 不味い、喰われる!!と思ってギュッと目をつむる。


「安心しろ、喰われやしねぇよッ!」


 減速することなく化物の口内に突っ込んだ車は、尖った先端が綺麗に奥の水晶を粉砕させ、その勢いのままバケモノの胴体を貫いていく。


 口から胴体にかけての大部分を大きく欠損した化物はすぐに霧散し始める。


 相当な速度の車をブレーキングドリフトで、綺麗に停車させたエティオは、


「さあ、行くんだろ?行くなら早く行けよ。五秒後にアクセルぶっ飛ばす!」


 あの少年の家族の姿を自分の目で確認し、守ってやりたい。そう強く思った俺はすぐに車を飛び降りる。受身がうまく取れず、あばらを石畳に強く打ちつける。


 くそ、超いてぇ。


「よしよし、それじゃ、お互い頑張ろうぜ!」


 そんな言葉を残して、豪雨の中に水飛沫をあげながら、エティオは車を走らせてあっという間に消えていった。


 一人になった。


 雨水が石畳を叩く激しい音に混じって、あちこちから化物の咆哮と建物の破壊音が聞こえてくる。


 手には、小さな白い銃ただ一つ。


 建物越しに、黒い背中が見えた。


 物凄い恐怖を感じ、背筋が凍りつく。


 だけど、ここで立ち止まってなんていられない。


 俺は雨の中、記憶を頼りに役場の方へ走り出した。きっとそこに、住民達は、あの家族はいるだろうと信じて。




 ***




 漸く役場の手前まで辿り着いた。途中何度か化物と遭遇するも、幸いこちらが先に気づいたので、イリナの忠告通り、戦わず、物陰に隠れてやり過ごしたり、迂回したりした。


 ざっと見たところ、役場の周辺にバケモノ姿は無かった。少し安堵し、中へ入る。


 鉄扉を開けようとするもビクともしない。すぐに俺は切り替えて、鉄扉をドンドン叩き、


「誰かいますか!!開けてください!!」


 と、大声で叫んだ。すると、中から話し声が聞こえたかと思うと、ゆっくりと蓋が開き、中から見覚えのある男性の顔が現れた。


「ЦЦЦЦЦЦЦЦ!?」


 そうだったちくしょう。言葉通じないんだった。


 俺は会話を諦め、身体を半分地下壕の中に突っ込んで中を見渡す。


 けっこうな広さのある、数箇所の小さな電灯が心細く点いた地下壕を見渡す。かなり暗いが、人の顔が判別できないほど暗くはない。必死で部屋の右奥から左手前まで視線を動かすも、沢山あった顔の中にあの家族の顔は見られなかった。


「くそっ!!」


 俺はすぐに身を返して、そのまま役場を飛び出す。


 少年を見つけた場所辺りまで走ってきた。建物は残っているものもあれば、半壊したもの、原型を留めてないものと、様々だった。すると、右前方から、バキバキと建物を踏み潰しながら化物がやってきた。


「グォアアアアアアアアッッ!!!」


 急いで逃げようとするよりも早く、化物の方が大きな叫び声をあげた。


 嫌だ、怖い。逃げ出したい。でも、あの無数の長い足と俺の足とじゃ、逃げてもすぐに追いつかれるのは明らか。


 ならば、と覚悟を決め、俺はツィルサーをしっかりと握りしめる。


 大丈夫、やれる。あんなに離れてた木の実や幹を撃ち抜いたんだ。今回も口の中の水晶をしっかり撃ち抜いてみせるさ.......!!


 くちの.......なか?口の中?


 俺は奴の口を凝視する。化物の口は無骨に並び揃った白い歯によってガッチリと閉ざされていた。


 口の中にある以上、奴が口を開ける時を待たなければならない。化物が口を開けるのはどんな時だ?雄叫びはもうさっき上げた。だとすると、考えられるのは.......。




 俺を捕食しようとする時.......?




 化物がゆっくりと近づいてきた。激しい雨音よりも、ノシリノシリという化物の足音の方が耳につく。ずぶ濡れで体温が相当下がった身体の目尻と両頬に、雨とはどこか違う生暖かい水滴が流れる。


 やめろ、くるな。俺を食べるんじゃない...!!


 青白い五本の光線が化物の頭に突き刺さる。


 自分でも気がつかないうちにツィルサーの引き金を何度も引いていた。


 当の化物は、痛がる素振りを見せるどころか、激昂して俺を捕食しようと頭を伸ばし、首を横に傾け、その大きな大きな口を目の前で開く。水晶が見えた、が、ツィルサーから光線は出なかった。


 そうだよ、これはタチの悪い夢だよ。すぐに覚めるさ。一度目を閉じて、開いたら自室のベッドの上にいるよ。きっとそうさ、そうに違いない。


 俺は目の前に迫る死の光景を受け入れられなくて、受け入れたくなくて、現実逃避をすれば助かると根拠も無く信じ込んで、




 静かに目を閉じた。

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