1-11 予行演習
累計500アクセス突破しました
読んで下さった方々に私のあらん限りの感謝を込めて報告させていただきます
三回目ともなると流石に転移にも慣れてきた。俺は落ち着いて辺りを見回す。昼でもなく夜でもない、ほんのりと橙色の光が広がる草原に俺は立っていた。
正面によく目を凝らせば、傾いた時計塔が遠くに見える。昨日訪れた場所で間違いないだろう。
「綺麗ね...」
後ろでイリナの小さな感嘆の声が聞こえた。振り返ってみると、地球から見るものよりひとまわり大きな太陽が、周囲を真っ赤に染め上げていた。沈むまでにまだ少し余裕がありそうだ。
「.......すげぇ...」
あまりこういった景色に興味の無かった俺にとって、異世界の巨大な夕陽と果てしなく続く夕焼けの緋色の空から受ける大きな迫力に、言葉を失った。
奇蹟のように赤く美しい夕陽は、澄み渡った広大な空に燦然と輝き、足元に広がる一面の草原もそれに応えているかのように黄金色に輝いている。
その光景があまりにも美しくて、そしてどこか怖くて、哀愁を漂わせていて。
俺とイリナは、しばらく赤々と周りを照らし、染め上げる大きな夕陽と夕焼けに見蕩れていた。
それほど長い時間は見ていなかったと思う。
後ろから、ブォォォンという俺の耳によく聞き慣れた音が徐々に大きく響いてきた。
振り返ると、黒い小さな物体が唸りをあげ、ゆっくりとこちらに迫ってきた。
段々と大きくなってくるその姿を見ると、どうも車のようだった。
バギーが付けるような大きな車輪の上に、空気抵抗を殆ど受けないように尖った先端を持つ車体が乗っかっている。
現代の戦闘機の胴体部分に車輪を装備したような姿だった。
車が俺達の横まで来て停止し、中から人が降りてきた。
身長は俺やイリナよりもやや低いか。くりっとした深緑に輝く瞳をもつその童顔は中性的で、光沢をもつエメラルドグリーンの短髪がよく映える。
赤く大きなゴーグルを頭に巻き、袖を捲っている若草色のフード付きパーカーはチャックを止めておらず、シルバーグレーの内着と少し痩せた標準的な体が見える。膝下までだっぽり覆った袖口の広い紺色の短パンに、灰色のハイカットを履いたその姿は、かなりカジュアルに見えた。
車から降りたその人は、俺とイリナの姿を見て、
「やぁ、君がイリナに見込まれたアヤト君だね?初めまして。僕はエニアグラムの三代目翡翠、エティオ・ルハンテス。機械術師さ。よろしくね」
と言い、手を差し出してきた。
「あ、初めまして、泉 綾人です。よろしく....」
言いながら俺は握手をがっちりと交わされると、
「じゃあ早速撃って見よう!と言いたいところだけど、ちょっとだけ調整させてくれ。なんせ他人から聞いて初めて作った試作品なんだ。開発者としても気持ちよく撃って貰いたくてね」
「あ、どうぞ、お構いなく.......」
「助かるよ」
エティオは車のトランクを開き、何やら作業し始めた。
恐らくあそこに俺の銃があるんだろう。
少し気になることがあってそのまま尋ねてみた。
「この世界にも車ってあるんだな」
「ああ、こいつのことか?たしかにこの辺りじゃ珍しいものだろうが、この世界一の工業国、ラシェル付近まで行けば、バンバン走ってるよ」
この世界にも先進国と発展途上国のようなものはあるのか。
「三代目翡翠っていうのは?」
「エニアグラムは今代で三代目なんだ。九人それぞれにイメージカラーがあってね、僕は緑色、翡翠ってことさ。少数精鋭の義勇軍である以上、敵に素性を知られる訳には行かないからね、自分の色がそのままコードネーム代わりに使えるんだよ」
成程。と納得していると、後ろからイリナが口を挟んできた。
「一応言っておくと、私は赤、紅蓮よ。そしてもし、アヤトがエニアグラムに入るのなら、青、瑠璃になるわ」
青。別に嫌いな色ではないが、そんなに好きでもない。青だからって、特別何かあるわけでもないのだろう。
「他にどんな色があるんだ?」
「まず私たちの紅蓮、瑠璃、翡翠。それから.......」
「おうい!調整終わったよー!!」
振り向くと、エティオが独特で厳つい、白を基調とした小さな銃を掲げてこちらへ走ってきた。
まて、この銃凄く見覚えがあるぞ?
「これは、ツィルサーSG型.......?」
「て言うのかい?一番最初に勧誘した人から聞いたとおりに作成したんだ。何でも自分の愛銃だとかで、向こうの世界でよく使ってたみたい」
エティオから渡された銃は、俺が日ごろ楽しんでいるFPSゲーム、『BR』に出てくる架空の片手光線銃である。
有効射程は約50mと、標準的なハンドガンとあまり変わらないが、近距離であればあるほど、実弾の倍以上の威力を発揮する。
一気に五発、立て続けに撃てるが、五発で小タンクのエネルギーは空になり、エネルギーが再び本タンクから満タンに充填されるまで五秒はかかる。要は、マガジン交換に五秒かかるようなものだ。
しかし、光線銃のエネルギーは常に充填され続けるため、一、二発撃ってもすぐに満タン状態に戻るのが、光線銃の長所とも言える。
加えて、発砲した時、光線銃は実弾銃より遥かに反動が小さい。だから、照準をいちいち定め直す手間も実弾銃より遥かに楽になる。
だが、こんなものはゲーム内にしか存在しない武器である為、どうやって制作したのか甚だ疑問だったが、
「光属性の魔力を内包した、割と貴重なマテリアルを使ったからね、大事に扱ってくれよ」
という言葉を聞いて、改めて、ここが地球ではないことを再認識する。
そう、ここは異世界。なら、異世界にしかない素材もあって当然なのだろう。
そう一人納得して、エティオからツィルサーを受け取る。
初めて持った銃は、実銃でないとはいえ、嫌に重く感じられた。
「そこの木に生っている実でも狙ってみなよ」
そう言ってエティオは30m程離れた場所に立つ一本の木を指さした。
俺は右手にツィルサーを握りしめ、人差し指を引き金にかけ、左手を軽く添える。ゆっくり、慎重に、静かに狙いを定めて、重い引き金を引く。
チュン、という光線銃特有の音と共に、銃口から細く青白い光線が発射され、狙った木の実に.......当たらなかった。
慌てずに二発目を撃つ。すると、木の実が派手に弾けた。
続けて三発目、今度は先程の左上にある木の実に命中し、一つ目と同様、その実を派手に散らす。
次に木の幹に狙いを定め、二秒程待ってから四発続けざまに撃ち込む。放たれた青白い光は、四本とも全て幹に命中し、小さな焼け跡を残した。
「銃の調子は問題なさそうだね。どうだい?撃ってみた感触は」
「狙いをつける練習は必要だろうな。けど、撃った時の反動が全然無くてびっくりしたよ。まさかここまで再現されているとは思わなかった」
「さすがエティオね」
「へへ、伊達にエニアグラムの兵器メンテナンス任されてないからね。これ位は簡単さ」
エティオが鼻の下を人差し指で擦りながら笑う。
やはり、ゲームと本物とでは全然感覚が違った。当たり前だが、ゲームで銃を構えた時に出てくる照準やカーソルなんてものはない。だから、一発目を外してしまった。
「どうだい?もう少し試し撃ちしていくか.......」
ビーーーーー!!!
「.......い、と言いたかったところだけど、どうも遊びの時間はここまでみたいだね」
エティオがはにかみながら提案を持ちかけたその時、まるで蝉が出す独特のノイズのようなものに近いブザー音が、車の運転席から聞こえてきた。
その瞬間に、エティオとイリナの優しげだった表情が緊迫めいたものに変わる。
エティオと目を合わせたイリナは、すぐさま車の助手席に乗り込んだ。
エティオも運転席と後部座席のドアを開け、何が起こっているのかまるで理解できずに茫然と立ち尽くす俺の方を振り返りながらこう告げた。
「ほぼぶっつけ本番になっちゃって悪いな。ちょっと不味い事態が発生したんだ。とにかく乗れよ。移動しながら説明する。.......まぁちょっとした実戦演習だと思えばいいさ」
赤かった夕陽は、もう既に沈んでいた。
もうそろそろ第一章クライマックスですかね。
*作者の都合上、投稿ペースが下がります。申し訳ありません。(ネタ切れ、とかそういう理由ではないですはい。)