1-10 再び異世界へ
短いです
鍵穴に銀色の鍵を差し込んで右に捻って、重たい玄関の扉を開ける。
鞄を横に起き、靴を脱いで廊下に上がり、手に下げていたビニール袋の中の食材を解体しようかとリビングに入ると、朝と全く同じ服装でソファにうつ伏せになったイリナが目に入った。
寝ているのかと思ったが、俺が入ってきた気配を察知すると、伏せていた顔をあげた。そこにはゲッソリと痩せこけて若干顔色の青いイリナの顔があった。
「ど、どうしたんだ?」
昨日の印象からは想像出来なかった彼女の表情に困惑しつつも尋ねると、
「.......た」
「え、何?聞こえない」
「おなか.......すいた...」
「あ………」
朝、遅刻騒動でバタバタしていた俺にとって、彼女の昼食の事など全く頭になかった。冷蔵庫を開ければ、多少腹の足しになるものは入っていたのだが、冷蔵庫というものを教えていなかった俺が悪い。再び何たる失態。
「あー、悪い。すぐに何か作るよ。少し耐えててくれ」
「.......しぬ」
ゲッソリした彼女は自分の腹に手を当ててそう呟いた。
朝起きたのが九時半程で、今は六時過ぎ。単純計算で八時間半何も食べてないことになる。これは死ぬと呟かれても仕方ない。
ならば簡単で短時間かつ美味な料理を振舞おうではないか。
俺は早速ビニール袋から玉ねぎ、生姜とにんにく、じゃがいもを取り出し、それぞれ微塵切り、すりおろし、乱切りにしていく。
更に、ヨーグルトにカレー粉と醤油をぶっ込み、玉ねぎと下ろした生姜とにんにくも投入する。塩も少々。
ここで、スーパーで買った皮付き鶏もも肉をビニール袋から引っこ抜き、手速く一口大の大きさにカットしていく。
カットした鶏肉を先程の色々ぶっ込んだヨーグルトに浸して、充分に染み込ませたところで、フライパンに油を引いてしっかりと火を通していく。
じゅううぅぅぅ、という豪快な音と共に、カレーの香ばしい匂いが部屋に充満する。
気が付くといつからいたのか、イリナがキッチンカウンターから顔だけ出してこちらを覗いている。
興味津々にのぞき込むその顔の口元から涎が一筋垂れているのは気付かないでおこう。
そう考えながら、乱切りにしたじゃがいもを蒸していく。
肉がきつね色に焼き上がったところで火を止め、蒸したじゃがいもに塩を振りかけたものと共に皿に盛り付けていく。
見た目が整ったところで全体に胡椒をまぶす。
最後にスーパーで買ったサラダパックを開封して、フォークと共にイリナの前に置く。
料理を前にしたイリナはゴクリと唾を飲み込み、料理から目を離さずに俺に尋ねる。
「これは何?」
「タンドリーチキンっていう料理だ。時間があればもう少し工夫出来たんだがな、今回は時間を優先して作ってみたよ。食べてみてくれ」
イリナはフォークをしっかりと握りしめ、綺麗なきつね色に焼けた熱々の肉にフォークを刺し、恐る恐る小さな口に運ぶ。
一口食べてしばらく咀嚼した後、イリナは目をキラキラと輝かせ、ものすごいスピードでチキンとサラダを口に運ぶ。
「なにこれ!このお肉すごく美味しい。いい感じに効いた辛さが堪らないわ!!」
「それは良かった」
空腹は何者にも替え難いスパイスなのである。
「あなた本当に料理がうまいのね.......ぐっ!」
イリナが俺を賞賛したとき、変な声を出して苦しみだした。
「料理は逃げないから、ゆっくり落ち着いて食え」
言いながら俺はイリナの横に水を注いだコップを置く。
イリナはそれを素早く掴んで一気に飲み干すと、また肉にがっつき始めた。
イリナの食べっぷりを見て同じくお腹が空いてきた俺も、自分のチキンにかぶりつく。程よい刺激を与えるカレーの風味と、噛んだ途端に溢れ出る肉汁が凄く美味しく感じた。
暫くフォークを動かして料理に夢中で舌鼓を打っていると、すぐに皿の上は空になった。
俺は自分とイリナの食器をまとめて水につける。
「いやぁ、本当に美味しかった。エニアグラムに入って是非毎日作って欲しいものね」
顔色がすっかり元に戻ったイリナは、男が女を口説くのによく使いそうな言葉を放ってきた。
赤髪さんよ、あんたおんなとしてそれでええのかい?
「お腹もいい感じに膨れたところで本題と行きましょうか」
「.......」
「今日は君用に銃が届いてるの。今から向こうの世界に連れて行ってあげるから、思う存分試し撃ちして頂戴」
「まさか街中で撃つんじゃないよな?」
「安心して。向こうの世界と言っても、昨日と同じエルベート公国の首都じゃないわ。公国郊外の平原よ。そこなら幾ら撃っても誰の迷惑にもなりはしないわ」
その言葉を聞いて少し安心する。
「明日も学校があるのなら、早めに済ませておきましょう?色々用意とかしなければならないんでしょう?」
気遣いは有難いが、本日は金曜日。つまり土曜日である明日は学校へ登校する義務は無い。
「明日は学校は休みなんだ。今日は別に短時間で済ませようとしなくていいさ」
「あら、そうなの?じゃあ準備ができたら声を掛けてちょうだい。私はちょっと着替えてくるわ」
脱衣所へ消えたイリナの言葉を聞いて、何だか自分が何かのゲームの主人公にでもなった気がする。今からやることは、コントローラーを握ったまま銃の扱いのチュートリアルを受けるんだ、と、本気で思ってしまいそうだ。
だが、今から受けるチュートリアルは、握るものはコントローラーでも、玩具の銃でもない。
実弾装備の銃である。意識すると怖い。だが、あの少年の家族のような優しい時間を守りたいと願うのなら、俺は銃を取らなければならない。
よし、覚悟は出来た。丁度、脱衣所の扉が開き、イリナも元の服装に着替えて出てきた。声をかけようと思った時に、ふと、思い至った。
「なあイリナ」
「ん?どうかした?」
「昼に食べ物なくて困ってたのなら、ディーバスへ行ってなにか食べれば良かったんじゃ...」
パチン!!
書いててチキン食べたくなりました。
それから次回、新キャラ出ます。