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ーーこちらサイベリアン航空、ボーイング810。チベット上空を飛行中……
夜明けが近い。
空の漆黒を追い払うようにして丸い地平線から鮮血のように真っ赤な炎が吹き上げてくる。いつ見てもそれはおれに、地獄の業火を思わせる。操縦桿を握るおれの手は、かすかに震えている。着陸への緊張感からではない。おれの脳が、確かにアルコールを欲している、その生きた証だ。
それだけのこと、特に不安はない。地獄の業火に焼かれる日々も、続きすぎると、ただ倦んでしまうだけのこと……。
副操縦士はどこに消えたか、見当たらない。とうとう奴も朝日に当てられて蒸発でもしたか、もしくは最初からいなかったか、地に足ついてない野郎……まあ、そんなことはどうでもいいのだ。
その時、おれは見た。見たのさ。
地獄の業火に挑むように垂直に下降していく白銀の飛翔体、でも、おれの目には飛翔というより何か見えない大きな力に振り下ろされているように見えたな。
隕石? いや、違う。隕石ならばあんな見事な垂直落下は見せない。
ロンギヌスの槍だったか、キリストを突き殺したあの槍、おれはあれを連想した。
あの時ばかりは、もはや焼きが回ったと思った。神に祈ったさ。普段は無神論者を気取っているおれだが、あれを見れば誰だってこうなる、誰もおれを笑うことはできない。
で、いろいろあって「ここ」にいるってわけさ。
お前がおれの言う事を信じていないのは分かる、でも少しでも好奇心があれば、続きを聞いてみても良いんじゃないか。なに、一杯おごってやるよ、遠慮はいらん。こんな老いぼれの「与太話」に付き合ってくれる人間は、そうそういないんだから……。