プロローグ
勇猛果敢な女戦士がいる。
赤いマントを靡かせ、戦場を駆け抜ける姿は、異色である。
しかし剣を振るう様は、誰よりも鮮やかで素早い。力では他の戦士に劣るが、その技は誰よりも優れている。
だから味方の誰もが彼女を足手まといなどとは思っていない。
寧ろ、彼女がいることで、味方の士気は上がる。
何故ならば、彼女は、アティスタル国の第一王女だからである。
アティスタル国は南を海に、他の三方を山々に囲まれた、自然の要害機能を持つ。
しかし農作物を作れる広大な平野はない。
この国の主な産業は、貿易、観光、工芸品。
何よりも高度な教育は遠くの国までも知れ渡っている。庶民までも読み書きや計算は出来る程に、教育の場は充実している。
その為、友好国からの留学生もたくさんいる為、いつも賑やかである。
一見、平和な国に見えるが、友好国で戦が起きてしまえば、農作物が入らない為、手伝い戦へ行かなければならない。
いや、友好国から強制させられるとべきか。
早く戦を終わらせるようにと、策を巡らせるのがアティスタル国の役目。
しかしいつも後方ばかりで、前線にいかないアティスタル国に不満を持ち始めた友好国は、前線での活躍を望むようになる。そして、生まれたのが「赤の戦姫」である。
アティスタル国で唯一前線で戦う戦士である。しかも王女。
戦いぶりも弱い兵よりも数段上で、誰もが本当に王女なのかと疑うのは当然である。
しかし王家特有の澄んだブルーアイ。亜麻色の髪。
そして、王家にしか許されない赤色のマント。
それに、アティスタル国王に一度でも拝謁した者ならば、親子だとすぐに分かる程に風貌がよく似ている。
それらを加味すれば、疑う余地はないと言えるであろう。
ただ彼女は、社交界デビューというものはしていない。
普通ならば十六歳で、年に一度だけある国王主催舞踏会へ出席し、世間にお披露目となる。それは男女とも貴賤関係なく。
しかし彼女は、20歳だという。年齢は偽りはないだろう。いや、寧ろ淡々とした様子からは、もう少し上だと言われてもおかしくはない。
なのに、急に戦場で初披露されたのである。
誰もがアティスタル国王の王女は一人だけだと思っていた。
その王女は17歳。
流れるような艶がある亜麻色の髪。澄んだブルーアイ。紅い頬。
一度微笑めば、壁に掲げられた肖像画さえも喜ぶと吟遊詩人が謳う程。
絶世の美女だと謳われるその美貌は、遠くの国まで知れ渡っている為、勿論縁談は数多。
その中で、国王が選んだのは、ノートリア国の王太子、エリック王子。20歳。
ノートリア国は、アティスタル国の友好国の一つ。
アティスタル国よりも広大な国土を持ち、農業が盛んな国である。また平和をこよなく愛し、どこも戦をしない国でもある。それは、周りの国々に、代々婚姻関係を結び続けているからである。
ノートリア国は美男美女が多く、子も生まれやすい国でもある。一家に五人の兄弟姉妹は当たり前。王家は側妃も認められている為、常に十人以上いる。正妃の子が優先的に他国へ行き、それから側妃の子が行く。勿論、正妃腹の第一王子以外は。側妃の残った子らは、国内の有力貴族へ降る者もいれば、教皇を目指す者、芸を磨く者と様々な生き方をしている。
ノートリア国の現王である、トーマス三世の正妃腹からはエリック王子しか居ない。正妃は王子を産んだ三日後に、亡くなったからだ。その後、王は継妃を置かず、二人の側妃に其々5人の王子王女を儲けた。
その十人の王子王女は、国外に嫁いだり、養子になることが決まっている。
王はエリック王子の為にと多くの妃候補から、かの絶世の美女だというアティスタル国の王女を望んだ。そして、噂の戦姫をノートリア国に利用しようという思惑も潜んでいるのであった。