私が落ちないための命綱
久しぶりに書いています。
長く書く事が苦手なのですが、今回はちょっと書きたい内容だったので頑張ってみようかな、と。
一応泣ける話ということで頑張って読む人の心にちょっかい出せればなと思っています。
第一話
母親と喧嘩した。たった二人の家族なのに私たちはよく喧嘩をする。
それも思い返せばどれもどうでもいいようなことで。
時には夕飯のことで。時には着る服のことで。
そのどれもが特に張り合うほどのことでもないような内容で、すぐになんともなくなって普通の日常に戻る。
喧嘩してはすぐに仲直りして、一緒の部屋で寝る。
それが私たち家族の日常だった。
中学二年の冬。
今日も私は母親と喧嘩をした。
内容はゴミ出しを私がサボったから。
完全に私が悪いのに、私は母親の言葉に腹を立てて逆ギレ。
だってあんな昔のことまで持ち出さなくたっていいじゃん。
そりゃあ面倒くさがりなところもあるよ。でもいつもいつもって言わなくたっていいじゃん。
と、睦心に吐き出した。
睦心は私の古くからの友達。私のことをなんでもわかってくれている。
電話の向こうで睦心はため息をついて「またですか」と呟いた。
そう。睦心にこんな話をするのは一度や二度の話ではない。
むしろ、喧嘩するたびに私は睦心に電話をかける。
その度に睦心はため息をついて「またですか」と呟く。
私の心はその言葉で平静を取り戻す。
何気ない雑談を少しして、電話を切った。
謝ろう。
私はリビングでテレビを見ている母に「ごめんなさい」と言った。
・・・・返事はない。
テレビからまっすぐの位置にあるこたつに突っ伏してピクリとも動かない。
寝ているのかな。
最初はそう思った。
だから、そっとしておくことにした。
また起きた時に謝ればいい。
数時間後。
外は既に真っ暗で、いつもなら夕飯を作り終える頃だが母は未だに静かだ。
相変わらずこたつに顔をくっつけて寝ている。
お腹がすいた。
母の体を揺すった。起きると思った。
だが、揺すった瞬間、母の体はぐらりと傾き、ゆっくりと、倒れた。
横たわる母。
動かないままの母。
私はただ声を上手く発せないままその場に凍りついた。
確かに私の顔がひやりと冷たくなるのを感じた。
全身に冷たく鋭い水が回っていくのを、感じた。
どれくらいの時間が経ったのかわからない。
はっと目が覚め、すぐに病院に電話した。
こんな時のためにワンタッチでかけられるように番号を登録しておいた。
ボタンを押して、何度かコールがなって、受話器の向こうで「はい」という声が聞こえた。
上手く話せていたのかわからない。電話の向こうで「落ち着いて」と何度も言う。
私は落ち着いている。だから電話をかけたのだ。
十分ほどして救急車のサイレンが聞こえた。
数人の男の人がうちに入ってきて、母を連れて行った。
私も一緒に救急車に乗せられ、連れて行かれた。
私の意識はそこで途切れた。
目が覚めたとき、私は病室のベッドの上だった。
真っ白の天井がまっさきに目に入り、一瞬どこなのかわからなかった。
辺りを見渡すと横には睦心が座っていた。
睦心は泣くことも、笑うこともせず、ただ、「おはよう」とだけ呟いた。
しばらくして睦心が病院の先生を呼んできてくれた。
白衣姿の髭を蓄えたおじさんは私の体調を聞いてきた。
私は私で「はい」か「うん」かもわからないような言葉で返答した。
頭がぼーっとしていた。なぜ自分がこんなところにいるのかも、そしてなぜこんな状況なのかもわからなかった。
おじさんの話は耳には入っていなかった。
わからないことばっかりしゃべっていると思っていた。
なにかよくわからない国の言葉でしゃべっているような感覚だった。
その中で私が唯一聞こえた日本語は「お母さん」という単語だけだった。
お母さん。母親。
私の頭はそこでようやくすべてを思い出し始めていた。
映像が頭の中に流れ込んでくる。
お母さんが、動かない。
目の前が眩しくなり、また、気を失った。
私の目が覚めたのはその翌日だったらしい。
昼ごろに目が覚め、また睦心に「おはよう」と言われた。
そしてまた昨日のおじさんがやってきた。
私は今度はしっかりとした口調で聞いた。
「お母さんは」
おじさんは「落ち着いて」と言っていた。こんなに落ち着いているのに。
おじさんの口から発せられる言葉。
その一つ一つを理解しようとした。
「君」「お母さん」「残念」「亡」
数分経って言葉の意味がわかった。
「君のお母さんは残念だがここに運ばられた時にはすでに、亡くなっていた」
すべて理解した。
ずっと隣に睦心がいる理由も。
この飾りっけのない部屋にいる理由も。
私が「落ち着いていない」理由も。
母は、死んだのだ。
後で聞いた話、私が電話をしたのは救急じゃなく、母の職場だったらしい。
後で聞いた話、私は救急車の中で気を失ったらしい。
後で聞いた話、私はずっと泣いていたらしい。
その日は、ずっととなりに睦心がいた。
睦心は私の手をギュッと握って離さなかった。
少し痛くても、汗ばんできても、私もその手を、離すことができなかった。
睦心は何も言わない。いつもそう。黙って私の話を聞いて、ポツリと一言つぶやくだけ。
私が話さなかったら、睦心も話さない。
何も言わず、私の手を握る。
「ごめんね」
ようやく出た言葉に睦心は「大丈夫だよ」と返した。
私は、そこで初めて泣いた。
母が死んだこと、一人ぼっちになってしまったこと、後悔、懺悔、いろんな思い出、これからの未来、話したかったこと、話せなかったこと、行きたかった場所、行けなかった場所、見せたかったもの、見たかったもの、長い長い記憶、深い深い思い、すべてを堪えきれなくなって、抑えきれなくなって、私は初めて、泣いた。自分の意志で、泣こうと、思った。
母の葬儀はすぐに終わった。
おばあちゃんや、おじさんたちがしてくれたらしい。
私はというと来てくれた知ってる人、知らない人に挨拶して、その度に「頑張ってね」の声に応えていた。
正直、すごく逃げ出したかった。
気分が悪かった。
みんな悲しそうにしているのに、私の前では笑おうとする。
「頑張れ」と声をかける。何を頑張ればいいのかわからない私に、みんなして「頑張れ」と言う。
でも私は逃げなかった。
逃げることができなかった。
となりで睦心が私の手を握っていたから。
来た人は睦心を初めは変な顔で見て、すぐに気にしなくなる。
睦心は何も言わない。ただ、私の手を握る。
だから、私はこの手を離すことができない。
睦心の両親も葬式に来ていた。
睦心と一緒にやってきて、そのままどこかへ行ってしまった。
父親は去り際に睦心と私の頭を撫でて行った。
母親はその後私を痛いくらい抱きしめた。
睦心の両親も何も言わない。いつもニコニコ笑って、おいしいお菓子と紅茶を出してくれた。
今日もニコニコしていた。
柔らかな顔で、私の頭を撫で、私を抱きしめていった。それだけだった。
夜は大人の人が大勢集まってお酒を飲んでいた。
みんなガハハと笑っている。子供たちはきゃあきゃあとじゃれあっている。
私も数人の大人に囲まれて、オレンジジュースを飲みながら笑った。
そうした方がいいのだろうと、勝手に思っていた。
私が笑うと、周りの大人は安心したようにまた笑う。
どうでもいい時間がゆっくりと流れていった。
その日、私はおばあちゃんの家に泊まっていった。
おばあちゃんが「一緒に寝るかい?」と言ってきたが私は「大丈夫」とだけ答えた。
その日はよく眠れた。
数日ほどおばあちゃんの家にいた。
静かな田舎。鳥の声だけが聞こえ、目の前には少しの道路と山と田んぼばかり。
何も乗せていないトラックが目の前を通り過ぎるのを何度か見るだけの毎日。
テレビをつけても何も面白くなかった。
料理はどれも薄味だった。
夜はいつもひどく眠れた。
どれくらい経ったのか、おばあちゃんの家に睦心の両親が訪ねてきた。
ここは田舎。近くに学校はなくここから少し遠くにある学校に通わなきゃいけない。
転校だってしなきゃいけない。傷心であろう私がうまくやっていけるかどうか心配。
ここには私のような若い子が楽しむようなものはひとつもない。
それだったら、昔から知っている睦心の家に置いてもらえないかとおばあちゃんがお願いしたらしい。
周りの大人はこれには何も言わなかった。らしい。
あの騒がしい葬式の夜にそんな話をしていたのか。
大人ってのは不思議な生き物だと思った。
睦心の両親は「少し考えさせて欲しい」と答えてその日は帰っていった。
そして、今日またここにやってきた。
母の仏壇に手を合わせて、私の前に座った。
いつものニコニコした柔らかい笑顔ではなく、真剣な顔。
睦心の父親が私の前で初めて喋った気がした。
その声は低く、それでいて暖かい声だった。
私はその声に、その言葉に、涙を流して甘えた。
「今日からは、睦心の妹だね」
ご閲覧ありがとうございます。
今回主人公は中学生の女の子で、母子家庭。
私も小さな頃から親の離婚で母子家庭だったのですが、書いていて自分の母親がこうなったらと思うと主人公みたいな状態になるのではないかと思いながら書きました。
実際書いている途中に何度か血の気が引きました。ハハハ・・・・。
自分の大切な人が突然いなくなるのは誰にとっても現実離れした現実なのでしょうね。
次回から本格的に話は動き始めます。
母の遺留品を見ていると主人公はある疑問を抱きます。
その疑問の正体を二人で解決しに行くお話です。
若干のミステリーです。
次回がいつになるかわかりませんが、よろしくお願いいたします。