第7話 「入らないの?」
そして一時間が過ぎた。
澄川は家から出る気配は無く、私たちは出入り口近くでしゃがみ込んでいた。
「亜衣、それじゃあ私、見たいテレビがあるから帰る」
「はぁ? 何言ってるの? さっきはあんなに『刑事みたいでカッコイイ!!』とかいってはしゃいでたでしょ?」
すると面倒くさそうに有希は肩に掛かった自分の髪をいじりながら答える。
「あー、それはそれ。澄川くんが住んでる所が分かったからもういいや。もともと彼が殺人鬼かどうかなんて興味ないし」
言いたい事だけ言い終わると有希はそそくさと立ち去ろうとした。
「待って!! 私の言ってる事は本当なんだって!!」
「だったら、証拠でも何でも握ればいいでしょ? とりあえず私は近々澄川に告るから」
そしてため息をつきながら有希は本当に帰ってしまった。
「やってやる。こうなったら絶対に証拠を握ってやるんだからっ!!」
私は意地とプライドだけで張り込みを続ける事にした。
今が7月でホントに良かったと思う。もし今が冬で外に二時間も張り込みをしてたら風邪を引いていたかもしれない。
澄川のバカっ!! アンタのせいでこんな目に遭ってるんだからっ!!
……なんて事を考えてたら澄川が自室から出てくるのが見えた。
「あっ、出てきた。まさか、今日も人殺し? そんなはずないよね」
遠目から澄川を観察する。服装はジーンズにTシャツと普通と言うか地味な服装。
しかも、手にはクリアケースを持っていて、中身は筆記用具と本数冊。
「これってもしかして……」
澄川の向かった場所は駅前の予備校だった。
「まぁ、澄川も高校生なんだし、予備校行ってても不思議じゃないよね」
さすがにここで授業が終るまで待つほどバカじゃないので、とりあえす授業の時間を確認しようと予備校へ入った。
私は澄川に会わないよう、慎重に予備校に入った。
しかし、勝手がわからず、予備校の入り口付近でウロウロしていた。
明らかに怪しい人だな……
とか思っていたら後ろから声が聞こえた。
「何だい? 入らないの?」
もしかして見つかった?
私は振り向く事が出来なかった。
「いや、その……」
私は澄川に見つかったのかと思い、恐る恐る振り返った。
しかし、そこには澄川とは似ても似つかぬ、男性が立っていた。
「す、すいません。あの、友達がココで授業を受けてて、それで、いつ終わるのかなぁ〜と思ったもので……」
「へー、澄川君の友達なんだ。だから後なんか付けていたと」
男性はニコニコしながら私に言った。
「えっ? えっ?」
戸惑う私をみて、男性は話を続けた。
「澄川君っていい子だよねぇ。素直で、人懐っこくて」
「あの、失礼ですがアナタは……」
「僕はココの講師だよ。そうだ! 授業は21時まであって、結構時間掛かるから君も授業受ける?」
「いえいえ、私ここの生徒じゃないし」
すると男性は悪戯っぽく笑った。
「いいじゃん一回ぐらい。バレない、バレない♪」
「失礼かもしれませんがココの講師ですよね? 講師がそんな事言ったら不味いんじゃあ……」
「なーに堅苦しい事言ってんだよ、そんな堅苦しい考え方じゃあこの世の中渡っていけないぞ!!」
相変わらずニコニコしている。人のよさそうな先生だ。きっと生徒にも人気があるに違いない。
「それに澄川の近くにいられるぞ♪」
「い、いえ、私は結構です。それじゃあ失礼します」
「あっ。ちょっと」
私は振り切るように予備校をあとにした。
なんなの? あの変な講師は。