第6話 「張り込みと妄想」
屋上から戻ると、有希と美世が私の机を囲んで昼食を取っていた。
しかし何だか様子が変だ。二人とも黙々と食べてる。
「ゴメン、ゴメン。ちょっ用があってさぁ……」
などと取り繕って席に座ると、二人の動きが止まり、視線が一斉に集まった。
「何? どうした?」
その言葉を待っていたかのように有希が口を開く。
「亜衣、アンタさっきまで誰と会ってた?」
昨日、あれだけ澄川の事を言った手前、まともに答えるのは避けた。
「あっ……ちょっと先生に呼ばれて……」
「へー、最近の先生は屋上に生徒を呼ぶんだ」
「っ!!」
私の表情が変わったのを見計らってか、美世が口を挟む。
「あの、悪気はなかったんだけど……有希ちゃんがたまたま亜衣ちゃんと澄川君が一緒に居る所を廊下で見ちゃって……」
「どういうことか説明してくれる? 昨日あんなに澄川の悪口を言った上杉亜衣ちゃん」
有希の敵意むき出しの視線に私は思わず目をそらす。
これじゃあ私が何か大罪を犯したみたいじゃない!!
でも、ホントの事を言っても信じてもらえそうにもないし……
と言うか普通に言っても信じてもらえるわけがない。
人殺しの高校生の話なんて。
「まさか、アンタまで澄川を狙ってたとはね」
「ちょっと待って! あんな人殺し、私が好きな訳ないじゃない!!」
「はぁ!? 人殺し?」
有希はその言葉を見逃さなかった。私は思わず口元を抑える。
「どういう事か教えてくれない?」
言葉上は緩やかな依頼だったけど、明らかに脅迫だった。
だって、私の胸倉を掴みながら言ったから。
「はぁ……」
私は観念して話す事にした。
「……というわけ」
全てを聞き終わった後、美世を有希の顔は対照的だった。
「まさか、そんな。澄川君が人殺しなんて……」
そう言った美世の表情は硬かった。美世には信じてもらえたらしい。
一方、有希の方は……
「バカじゃないの? そんな作り話まで作って私から澄川を引き離したいわけ?」
ホントの事言った私がバカだった。
「でも、殺し屋なんてカッコいいよね」
何考えてるんだかこの子は。
私が顔を引きつらせながら有希を見ていると、対照的に彼女は嬉々として話を続けた。
「でも、亜衣がそこまで言うんだったら今日の放課後、澄川の後をつけてみるってのはどう? 本物の殺人鬼かどうか」
「えっ? それって私も入ってるの?」
「当たり前じゃない!! アンタが言い出したことでしょ!!」
「あの、私は……」
「美世は無理しなくていいよ。体の事もあるし」
「ごめんね」
今更言ってしまったことを後悔しても仕方ないらしい。
ということで私たちは澄川の後を付けることになった。
今日、後をつけたところで殺しをするかどうかなんて分からない。
でも、澄川をつけることで有希の気持ちが少しでも変わってくれればそれでよかった。
さっそく私と有希は澄川を下校時から追う事にした。
「今から何処行くんだろ?」
「家でしょ多分」
澄川は歩くのが速く、私たちは肩で息を切らせながらついて行った。
「何処まで歩くんだろう?」
「そんなの分かるわけ無いでしょうが」
「えー、なんだかダルいんですけど」
後頭部に突っ込みいれたい衝動をなんとか押さえた。
さらに有希の妄言は続く。
「でも二人で歩くときはゆっくり歩いてもらう事にしようっと」
「有希。もう付き合ってからの事考えてるの?」
「そうでもしなきゃあ、やってらんないよ、こんな事……あっ」
前を歩いてた有希が突然止まった。
「どうしたの?」
「待って。どこかへ入るみたい」
有希が指差したアパートらしきものに澄川は入っていった。
「どうする?」
「もちろん玄関まで行く!! ココが本当の自宅かどうか調べないと、遊びにいけないじゃない」
「何処まで妄想広がってんのよ……」
そして私たちは慎重に後をつけて行き、3階のある一室に入るのを確かめると、ドアに近づいた。
「たしかに表札には澄川正宗って書いてある。ってことは……」
「澄川は一人暮らしって事?」
「マジで?! どうしよう、どうしよう!!」
何だか有希は澄川が一人暮らしだと聞いて嬉しそうだ。
「付き合い始めたらココに入り浸りになったりしてね♪」
「有希……妄想はその辺にしておいて」
「妄想? 何言ってんの? これはもうすぐ起きる現実よ」
「はいはい……」
「付き合う+一人暮らしの彼=押しかけ女房with同棲よ!!」
あぁ、もう何も喋りたくない。
まぁ、有希は放置しておくとして、澄川が一人暮らしだと知って正直私は羨ましかった。
コイツはどんな理由かは知らないけど、一人で暮らせる術を持っている。
それに比べて私は一人暮らしする勇気も無く、ただ友達の家を転々とした挙句、学校で寝泊りしたりしている。
考えてもしょうがないけど……
「で? 将来彼女の有希さん、これからどうする?」
「決まってる!!張り込みよ!! 何か刑事みたいでカッコイイ!!」
「はぁ……」
この時点でやめておけばよかったんだ。
私は張り込みのせいで、更なる事件に巻き込まれることとなる。