最終話 「good vibration」
皐月さんとは決め事があった。
それは退院して一ヶ月はお互いに澄川の様子を見るという事。
私達はお互いの気持ちに歯止めをかけながら過ごした。
わかっていても、皐月さんが澄川の家に行っている時は落ち着かないし、それは彼女にしても同じだと思う。
それと同時に一ヶ月暮らしてみて私の心に『このままで良いかも』という気持ちが浮かんできた。
三人このままずっと……でも、このままでは誰もひとつにはなれない。
誰もが幸せなようで、誰も幸せにはなり切れない状態。
だから……私は澄川自身に決めてもらおうと、開かずの教室に呼んだのだ。
「有希に聞いた話だけど……この教室は『学校の女の子が伝統的に男の子への告白場所』なの」
「えっ!?」
「……だから……分かるでしょ?」
澄川は言っている意味が分かったらしく、緊張した面持ちで私を見た。
「いや、その……」
「澄川。アンタが……」
「……」
私の中で何かが変わる。
「……アンタが好きだって言う人がいるの」
「は?」
「もう少し待って。すぐに来ると思うから」
この時……もう決める必要は無いと思った。
結局、私はいつでも誰かと澄川との仲を取り持つ役。
有希の時も美世の時も……
そして……教室のドアが開く。
「上杉さん、緊急の用事って何なん? ……って瑞希。何でここにおるの?」
「皐月?」
「4時15分丁度。時間に正確だね」
「どういうこと? 説明して」
皐月さんは怪訝そうな顔を私に向ける。
私はあくまでも仲を取り持つ役に徹する。
「説明も何も無いよ。一ヶ月経ったんだから澄川に言う事あるでしょ?」
「ええっ!? ……でも、上杉さんはどうするん?」
「私? 何が?」
「何がって、アナタも瑞希が……」
私は皐月さんの言葉を強引に遮った。
「澄川!! アンタだってそうでしょ?」
「何が?!」
急に話題を振られた澄川は焦ってる。
「アンタ、人殺しをして苦しんでいる時、私に言ったよね『たとえ人を傷つけるとしても皐月が目覚めたら好きだと伝えたい』って」
「言ったけど……」
「せっかくこんな機会を作ってやったんだからビシッと決めさい」
「……上杉、お前、それで……」
「あ〜そう、そう。あの時アンタは私にもう1つ言ったよね『一緒に暮らしたから情がうつっただけのこと……錯覚だ』って。私もそう思う」
「……上杉さん」
「だから……ここでケジメつけてよ。私の情が覚めるぐらいの告白」
澄川は私を真っ直ぐに見つめている。
多分、やせ我慢だって見抜かれてると思う。
……でも、これが私の出した結論だから。
「……言うよ」
「えっ」
「…………」
澄川は皐月さんの前へ歩み寄ると目の前で止まる。
「皐月……僕は人殺しもしたし……君を刺した……」
「……」
「だからこんな事を言う資格はないけど……」
「……そんな事無い……私だって……」
皐月さんは潤んだ瞳を澄川に向け、少し震えていた。
これから起こる事に目を背けたい気分。
だけど……そういうわけにはいかない。私は二人を見つめる。
澄川は皐月さんにハッキリとした口調で言った。
「君が好きだ」
「瑞希……」
「だから、僕のそばにいてくれないか?」
皐月さんは俯き、涙をこらえていた。
それでも止められず頬から幾筋もの涙が流れる。
「……『そばにいてくれ』やなんて、まるで……プロポーズみたいやな……」
「そのつもりだけど……って、まだ高校生だから嘘っぽく聞こえるかもしれないね」
彼女は懸命に首を横に振る。
「……瑞希……ありがとう」
皐月さんは言い終わると澄川に寄り添い、二人は抱き合う。
そして、私は教室を出た。
不思議と涙は出ない。
逆に気持ちはスッキリしていた。
だけど……誰にも会いたくない。
意味も無く歩く。
止まらないように歩く。
考えないように歩く。
誰かに会いたい。
でも誰にも会いたくない。
……泣きたい。
でも、泣けない。
だから歩く。辺りはすっかり暗くなっていた。
結局、私の向かった先は自分の家ではなく、病院の屋上だった。
フェンス沿いに花が置かれてある場所へと歩く。
花の前で私はしゃがむ。
「……これで良かったんだよね?」
ここは美世が最後に生きていた場所。
あの時はまだ暑かった。
でも、今は夜風がかなり冷たい。
もう、そんな季節なんだ。
「美世でも同じ事したでしょ? 違うかなぁ……」
もう……我慢する必要は無いよね。
私は少しだけ気持ちを開放した。
涙が少しだけ出る。
「あれ? もっと泣けるかなぁって思ったけど……意外に泣けないね」
「……ここにいたのか」
「えっ!?」
「探したぞ」
「……なんで?」
目の前に立っていたのは澄川だった。
私の潤んだ目を見て彼は気まずそうに横を向く。
「皐月が家に帰ってもお前が居ないから……探してくれってさ」
「……そう」
「帰るぞ」
澄川は私に手を差しのべた。
でも、私はそれを払いのける。
澄川の行為は今の私に一番して欲しくない行為だった。
「嫌、帰らない」
「はぁ……」
「私の居場所が分かったんだからもう良いでしょ?」
「駄目だ。連れて帰る……皐月と約束したから」
澄川は私の肩に触れる。
「触らないで!!」
彼の手が私の目の前で止まる。
「どうした?」
「……ゴメン。もう少ししたら帰る。だから先に帰って……」
「ふうん……」
私の言葉を無視して澄川は私の隣にしゃがむ。
「お前が帰るって言うまで帰らない」
「はぁ?」
「それに……情けない話だけど、ここに来るのは初めてだ。僕も浅野に挨拶したい」
「……勝手にすれば」
すると澄川は花の方を向き、美世に話すように喋りだした。
「皐月から事情は聞いたよ。礼を言わなきゃな……ありがとう」
「……」
「今まで来ることができなかった。正直、浅野に会うのが怖かったから……」
「……」
「ゴメン……」
「……駄目、許さない」
「っ!?」
驚いた澄川が私を見る。
「勘違いしないで。美世の代弁」
「……そう」
すると澄川は何も言わずに花を見る。
私は美世の代弁を続けた。
「アンタなんかに会わなかったら、もっと幸せだったのに」
「……」
「アンタなんかに優しくされなかったら、こんなに苦しまなかったのに」
「……」
「アンタなんか、アンタなんか……好きにならなかったら……」
「……上杉」
「あぁ、もう、何でこんなに悔しいんだろ……化けて出てやろうかな」
「ごめん……」
「謝って済む問題か。責任取りなさい!」
「責任?」
「……私達がもっと悔しがるぐらい……幸せになりなさい」
「えっと……」
「どうなの?」
「……うん。上杉の気持ち無駄にしないよ。幸せになる」
「だったら……許す」
私達はそれから少しの間、黙っていた。
お互いに考えることがあったのだと思う。
そして私は澄川に訊きたい事があった。
「ねぇ、これだけ訊いていい?」
「何?」
「もし……夕方、ナイフを持って刺そうとしたのが私じゃなくて皐月さんだったら飛びのいた?」
「……僕を試したのか?」
「別に……ただ、皐月さんなら澄川は黙って刺されたような気がしてね」
直前で皐月さんに譲った理由はここにある。
澄川は何も答えず、ただ黙っていた。
でも、その沈黙が私には十分な答え。
最初から勝ち目が無かったのかもしれない。
私の中で締め付けていた気持ちは解けていった。
「帰ろうか?」
「……うん。あっ、でも少し待って……」
「?」
「……あのさ」
「何?」
私はこれ以上溢れてくる涙を拭いきれなくなっていた。
「ここで……もう少しだけ……泣いていい?」
「いいよ……肩ぐらい貸そうか?」
「馬鹿、胸を貸しなさいよ」
私は澄川の胸の中で泣く。
かすかに聞こえる澄川の心音が私を慰めてくれた。
……1週間後。
澄川と皐月さんは二人でこの街を出て行く事にした。
もともと澄川は偽名で学校に入学していたので、本名でやり直す為。
皐月さんは裏切られた母親が近くに住んでるので辛いという理由で、ここからいなくなる。
私はというと……いつものように学校へ行くだけ。
鞄の中身を確認して玄関を出ると、そこには荷物をまとめた皐月さんが立っていた。
彼女は私に近づくと話しかけてくる。
「私、ここから出て行くこと謝らへんからな」
「うん」
「……やっぱり、上杉さんが澄川の近くに居ると……何かと不安やから」
「わかってる。私が皐月さんでもそうすると思う」
私の返事を聞くと皐月さんはガッカリしたような表情を見せた。
「あーあ……上杉さんがもうちょっと嫌なヤツやったら良かったのになぁ……そしたら、もっと簡単に嫌いになれるのに……」
「ふーん……」
「でも、言っとくわ。私、アンタの事……大嫌いや!!」
「ご心配なく。私も大嫌い!!」
「良かった」
「私も」
そして、私達は微笑んだ。
「ホンマに見送りに来やへんの?」
「うん。学校あるし」
「瑞希がそこの角まで来てるんやけど……会ってく?」
遠慮がちに言った皐月さんの提案に私はハッキリと答える。
「遠慮しておく」
「……そう」
「じゃあ、私いくから」
「あっ、待って!!」
「駄目、待たない。もう、絶対に止まらないって決めたから」
私は学校に向けて、振り向かずに進んだ。
いつもの授業。
新任の有田先生が現国の授業をしている。
なかなか分かりやすい。真田とは大違いだ。皆、食い入るように授業を受けている。
まぁ、男子の場合は先生が若い女性だからだろうと思うけど、女子までキチンと受けている……めずらしい。
ふと、「今頃、澄川達は何やってるのかなぁ」なんて思う。
二人には本当に幸せになってもらいたい。
もちろん『澄川と幸せになりたい気持ち』は私にもあった。
でも、澄川の隣にいなくても良い。
主役にならなくてもいい。
結果だけでは気持ちの深さは分からない。
『あのさ……僕達はそんなに意識しあうような関係でもないだろ?』
澄川が昔、私に言った言葉……それで、いいと思う。
サヨナラが強い繋がりを創ることだってある事を信じたい。
それでも思い出すと、まだ心が揺れる……
だけど、いつしかその揺れが心地良い思い出に変わる日が来るはず。
そんな事を考えていると、有希から携帯にメールが届く。
『今日の放課後、2組の谷口君に告るから「開かずの教室」に呼び出してくれる?』
私は苦笑いした。
『good vibration』 完
この度はgood vibrationをお読みいただきありがとうございました。
「good vibration」どうでしたか?
喜んでいただけましたでしょうか?
つまんなかった、面白かった、色々感想はあると思います。
ですが、ひとまずこの時間は作者の独り言にお付き合いください。
お読みいただいてすぐだと思うので、まずは終盤の展開について書きたいと思います。
終盤の展開は、なるようになったようで、一筋縄ではいきませんでした。
特に悩んだのは
・第49話以降の展開
・エンディングをどうするか
の二つです。
第49話以降の展開については、今載せてあるような話を書きたいと思っていましたが、少し不安がありました。
それは、第46話から第48話までで、それなりに盛り上げたのに、第47話以降を書くことで間延びしないか?(なんというか動きがない話だったので……)という不安でした。
結局は作者が書きたかったシーンでもあり、開き直ることにしてそのまま書く事にしました。
エンディングですが、これも候補がいくつかありました。
まずは三人で仲良く暮らすエンド。
次に亜衣または皐月が振られて終るエンド。
最後にバラバラになるエンド。
最終的には皆様がお読みいただいた結末となりました。
私が目指したのは「『完全に』三人とも幸せ」ではなく、
「『なんとなく』三人が幸せ」という選択肢でした。
ハッキリしない選択肢のようですが、人生そんなもんです。
次に色々な設定について少しだけ書きます。
まず、タイトルでから。
「good vibration」っていうのは「いい感じ」だとか「好印象」って意味がありますが、作者としては「恋する気持ち=心地よい気持ち(心の揺れ)」という思いを込めてつけたタイトルです。
また、主人公が多重人格という設定だったはずですが、いつの間にかどうでも良くなってます。
まぁ、最初っから「実は多重人格ではない」っていうのは決めてましたし、多重人格という設定にはこだわりがありません。
前作の『suicide magic』での魔法のように、必要だったから入れただけです。
これがメインの話でもないですから、精神医学とかは考えないようにしています。
話を盛り上げるためのダシに過ぎません。(逃げてるのか?)
次に私の力量不足で上手く説明できないとことが沢山あります。
まずは季節。一応7月です。それがわかる記述が少ないです。
あと個々人の容姿もあまり分かりません。
いや、わかってますが、でも書いてると忘れるんです。(駄目だろ)
それにこいつら高2です。
17歳だとか高校生だとかにこだわりはまったく無いのですが、世間的なポジションが宙ぶらりんな感じで書きやすいんです。
あと未成年だから。(いいのかそれで?)
続いて没にしたアイデアたちです。
・主人公達以外全員死ぬ。(皐月も含め。というか最初から死んでいる設定。でも、澄川は死んでないと聞かされていて人殺しを続ける)
しかも、主人公達(亜衣と澄川)はそれぞれの道を行き結ばれない。
(却下理由)
キャラそれぞれに愛着が出てきて止める。
・皐月には血の繋がらない警察官のお姉さん(母の再婚相手の連れ子)がいて、尋ねてきた皐月を追っ払う。(犯罪者の妹は要らないという理由)
しかし、後に後悔し、妹を捜索するうちに「Thread winter」の事に気付いて、澄川たちに近づく。
(却下理由)
話がややこしくなるので却下。
・とにかく3話に一回ぐらいの頻度で人が死ぬ。
(却下理由)
第1話書いた時点で無理だと気付く。というか酷すぎる。
・澄川の最後の仕事は亜衣を殺すこと。
(却下理由)
これが一番の失敗。真田編で好きな人を殺すネタをやってしまったので中止になった。
最後に……
一素人のしょぼい妄想に付き合ってくださって感謝してます!!
情けない話ですが、いくら感謝しても陳腐な言葉しか思いつきません……ごめんなさい。
とにかく感謝してます!!
ということで「evolike」これにて終了です。
以上、ありがとうございました!