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good vibration  作者: リープ
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第52話 「やっと言えた……」

 それから私達は昼夜を交代で看病する事にした。

 朝から夕方までは私が、消灯までは学校帰りの上杉さんが担当する。

 多少不平等なのはしょうがない。

 彼女は高校へ行かなくちゃいけないから。


 夕方、上杉さんと交代して病院を後にする。

 向かう先は瑞希が住んでいたアパート。私はドアを開けた。

 部屋の中で、瑞希が今までどんな風に暮らしていたかを拾い集める。

 私が病院にいて知る事の出来なかったものがたくさんあった。

 テレビの上においてある写真を見る。

 そこには私の写真の上に浅野美世の写真が貼ってあった。


 初めてこの写真を見た時、一緒にいた上杉さんは慌てた。

「こ、これはね……私がやりました」

「ふーん」

「怒ってる?」

「……少し」

 実は全然怒っていなかった。

 逆に上杉さんの写真じゃなくて良かったと思っていたぐらい。

「ごめん」

「謝るぐらいだったら、この時の事を話してくれへん?」

「え?」

 その時は少しでも自分の知らない瑞希を知りたかった。

 瑞希や上杉さんに追いつくために。

 上杉さんは色々な事を話してくれた。

 瑞希が別の子に告白されたけど、浅野美世を選んだ事とか、その流れで上杉さんが瑞希の家に押しかけた事。

 何気ない二人暮しの生活。

 話してくれたこと一つ一つが、彼女は何か決定的な理由で好きになったんじゃなく、少しずつ日々を重ねることで瑞希に好意を持ったという証明になった。


「それやったら写真はこのままにしておこか」

「いいの?」

 彼女は驚いたように私を見る。

「ええもなにもないよ。これは瑞希の思い出やろ? 私には関係あらへん」

「私だったら破り捨てるけど……」

「でも、まだ残ってるやん」

「それは……美世の写真だから……」

 上杉さんにとって浅野美世は大切な友達だったのだろう。

「ホントはな……今すぐにでも私の好みに変えてやりたいけど、こういう事は瑞希と二人でやりたいからな」

「……そうだね」


 でも、一ヶ月経った今でも私はこの部屋で独りだ。

 写真に向かって話しかける。

『今まで守ってくれてありがとうな。でも、これからは私も瑞希を守るから……一緒に生きよ……』


*********************************************************************


「それじゃあ明日!!」

「うん!!」

「バイバイ」

「さようなら」

 各々自分の家路につく。

 僕も例外じゃない。

「……っていうかなんで上杉までついて来るんだよ」

「いいじゃん。久しぶりに皐月さんの手料理をご馳走になりたいの」

「昼、弁当食べただろ」

「あー、もう!! うるさいなぁ。皐月さんもこんな男の何処が良いんだか」

「……」

「なに赤くなってんのよ……変なこと考えているんじゃあ……」

「考えてないっ!!」

「ふーん」


 上杉はジト目で僕を見てきた。

 明らかに僕を信じてない。

「なんだよ、その『ふーん』ってのは……信用してないな」

「別に〜」

「やっぱり信用してない!!」

 僕の言葉に上杉は笑いながら少し前を振り返りながら歩く。

 彼女の顔が西日に染まってすごくキレイだった。

 こういうのが普通の幸せなんだろうな……

「おい、上杉。後ろ歩きなんかしてると人にぶつかるぞ」

「平気、平気!! それに、こうしてないとアンタの顔が見れないでしょ?」

「……今さっき結構凄いこと言わなかったか?」

「そう? ――あっ!!」


 ドンッ。

 案の定、上杉は人とぶつかってしまった。

「あっ……ごめんなさい」

「だから言ったろ? 人とぶつかるって……!!」

「幸せそうだな。この世界は楽しいか?」

「真田先生……」

「……」

 僕らを見つめる真田の眼差しは厳しいものだった。

 僕らは真田を避けるように歩く。

 しかし、真田は行く手を遮るように立つ。

「すいません。どいてくれませんか?」

「……」

「用があるなら言ってください」

「いつまでココにいるつもりだ?」

「……アンタには関係ないだろ」

 僕の服の裾を引っ張られる感覚がして隣を見ると上杉が僕を心配そうに見つめている。

 彼女は僕らの雰囲気を怖がっているようだ。

「澄川、行こ」

「……悪い、上杉。先に行ってくれないか?」

「でも……」

「心配しなくても大丈夫。僕は何処にも行かないから」

「わかった……信じてる」

 上杉は真田を睨みながら走り去った。


「ここでの想い出は楽しい事ばかりだ。帰るつもりはない」

 僕は真田に向かって宣言した。

 それを受けて真田は腕組みをして考え事をする。

「……そうだな。確かにここは楽しい事しかないからな」

「!?」

「……どうした? オレが肯定した事が意外だったか?」

「そういうわけじゃあ……そうだよ。いいじゃないかここにいたって……」

「別に構わないさ。……だがな、人を殺してまでも求めた答えがこれか?」

 真田の問いに僕は答える術がなかった。

「放っておいてくれ」

「……」

「もう、辛い思いは嫌なんだよ!!」


 すると……真田の姿にノイズが走り、視界が悪くなる。

 ノイズは徐々に広がり僕の周りを取り囲んだ。

 激しい光が身を包み僕の視界は0になる。

「なんだ!?」

 ……気付くと僕は夜の山中にいた。

「これは一体……」

「今度は私の質問に応えてください」

 声の方向に振り向くと、そこには浅野がいた。

「さっき、『辛い思いは嫌だ』と言いましたね」

「……」

「じゃあ聞いても良いですか? 澄川君は実際に何が辛いんですか? 親しい人の死? 好きな人に騙されていた事?」

「それは……」

「教えて欲しいんです……私は親友を失い、悲しくても頑張って生きてる人を知ってるし、好きな人を騙して後悔しながら生きている人も知ってる……でも、その人達に比べてアナタはどう考えても……」

「僕が甘えてるとでも言いたいのか?」

「別に……私が言いたいのはそんな事じゃないです」

 この会話どこかでした覚えがある……何処だっただろう……


「ホントは好きなんでしょ?」

「っ!?」

「生きてる事」

「……そのセリフは……僕が美世に言った……」

「気付きました? まったく……自分が自分を励ますのに何故こんな苦労をしなきゃいけないんですか?」

「いや、でも……」

「澄川君にも出来るよ。世界を肯定すること」

「……もう遅い」

「まだ遅くないです」

「僕に出来るのかな?」

「簡単です。澄川君を取り巻く世界に落ちている想いを拾い集めればいいんですよ」

「……想い?」


 皐月が再び公園へ来てくれたときに言ってくれた事……

『監禁されるとな……時間の経過なんて分からんくなって……違うなぁ……こんなこと言いたいんじゃなくて……それよりもお母さんに見捨てられて……私ホントに独りなんかなぁ……もう死んでもええわって思った……』

『!!』

『でも……でもな……その時に……瑞希のこと思い出して……アイツ等の隙を見て……ここまで来たんやんか……』

 危険を顧みずに僕を信じて会いに来てくれた人がいる……


 上杉だって僕に言ってくれた。

『それにさ……僕……悪くないなって思えてきたし……』

『は? 何が?』

『「おかえり」って言う事』

『!!……バカ……』

 そうだよ……

 向こうでも僕は「おかえり」や「行ってきます」って言える人がいるんだ。

「帰らなきゃ……」




「それやったら……こんなとこで何やっとんの?」

「早く帰らなくちゃ駄目じゃない!!」

「え?」

 気がつくと僕は自分の部屋にいた。目の前には上杉と皐月がいる。

 これは夢だ。何だってできるさ。

 でも、次にする事は分かっていた。

 それは……ドアを開けて出て行く事だ!


*********************************************************************



 窓の外が暗くなり、病室内も明かりが点く。

 面会時間は過ぎてるけど消灯時間までいられるように頼んである。

「あ〜あ。時間的に不利だよね。こんな事なら学校サボって朝から来ようかな。ねぇそう思わない?」 

 なんてついつい愚痴ってしまう。

 皐月さんと二人で病室にいた時はそうでもなかったのだけど、一人で看病していると自然に澄川に話しかけてしまう。

 この事を皐月さんに話すと「私もやで」言っていた。

「……それでね。順番で言えば廊下側の席の子達が当たる予定なのにさ『今日は天気が良いから窓側の列にします』だって。ホントムカつく!!」

「……」

 今日も澄川に学校であった事を話す。

 楽しかった事。

 腹が立った事。

 悲しかった事。

 つまらない事……でも、何を話しても最後に言う言葉は決まっていた。

『世の中は澄川が思ってるほど悪くないよ……だから。目を開けて……』

 だけど反応はない。

 そんな事は分かっていた。

 だけど……


「……」

「ねぇ、聞いてるの? ……って聞いてるわけ無いか」

 そして私は席を立ち病室をでる。

 今日も澄川は起きなかった。

「……ふう」

「……」

「……聞いてるよ」

「――っ!?」

 慌てて振り向く。

「確かに……ここの寝心地も悪くない。目を開けて良かった」

「あっ……」

 感情が一気に流れ出し言葉が詰まって何も言えない。

 あれほど話す事を考えてたのに……

「どうした?」

「えっと……」

「ん?」

 私が今言えるのは――

「お……おかえり!」

「……ただいま」

 やっと言えた……これが一番最初に言いたかったこと。

 澄川は笑顔で返事をしてくれた。

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