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good vibration  作者: リープ
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第50話 「幸せの行方」

「なぁ……瑞希。朝やで」

「……う〜ん」

「はよ起きな遅刻するで!!」

「ええ? あぁ……」

 呼ばれるままに目を覚ます。

 見慣れた天井。ここは僕の部屋だ。

 視界の端では覗き込む皐月の姿が見える。

「あっ、やっと起きたな。いっも言っとるやん、早く寝やなあかんって」

「うーん……」

「ん? どうしたん? ……もしかして、まだ寝ぼけとる? しょうがないなぁ。顔洗ってシャキッとせなあかんな」

「あ、あぁ……」


 洗面所へ行き顔を洗う。

 大して冷たくもない水に一向に眠気は覚めない。

 鏡越しに見える皐月は手際よく朝食の準備をしていた。

 タオルで顔を拭くとキッチンへ行き椅子に座る。

 炊き立てのご飯に味噌汁、それに焼き魚、日本の朝食。

「我ながらメッチャ上手くできたやん!! いっただきま〜す!!」

 僕もつられて食べ始める……確かに美味しい。

「どう? 美味しい?」

「……うん」

 すると皐月はこれでもかというほどの笑みを浮かべた。

「今日から学校行くんやから、しっかり食べなあんで」

「あぁ……」


 朝食を食べ終え、学校へ行く準備して靴を履く。

 後ろには見送ろうと皐月が立っていた。

 僕は振り向き彼女に尋ねる。

「あのさ、僕達……これでよかったんだよな」

「はぁ? 何言ってんの? ええに決まっとるやん」

「良かった」

 安心して下を向いた瞬間、皐月は僕の額にキスをした。

「わわっ!!」

「……こんな事しか出来やんけど、頑張って勉強してな!! 私も仕事頑張るから!!」

「……うん! いってきます!!」

 

 季節は秋。ずいぶん周りの景色も変わった。

 僕は久しぶりの学校という事もあって、登校している人たちに混ざって歩くのが少し気恥ずかしい。

 クラスに僕の居場所はあるのだろうか……って良く考えたら元々そんなものは無かった。

 いつも誰とも関わらずに過ごしていたから……

「おはよ〜!! 澄川君!!」

「えっ?」

 後ろを振りかえると、上杉亜衣と吉田有希が僕に向かって手を振っていた。

「ねー、ねー、澄川君、久しぶりの登校はどう? 嬉しい? 緊張する? それとも気持ち悪い?」

「有希、そんな矢継ぎ早に質問しても澄川が困るだけだよ」

「あっ、そっか」

「まぁ、それは置いておいて……澄川、聞いてくれる? さっき有希がね……」

「ちょっと!! それは言わないでって頼んだでしょ!!」

「そうだっけ?」

「もう!! 澄川君からもなんか言ってやってよ!! ホント、口が軽いっ!!」

 いつの間にか僕をはさんで上杉と吉田が一緒に歩いている。

 二人が争うように話しかけてきた……なんだか嬉しい。

 皐月だけじゃなくて僕を受け入れてくれる人がいる事に感謝したい気分だ。


「そうだ、今日のお昼は屋上で皆そろってお弁当食べようか?」

「いいねぇ。私は有希に賛成!! 澄川は?」

「……わかったよ」

「じゃあ決まりだね!!」

 上機嫌の吉田はそのままスキップして僕らの数歩前を進む。

 二人並んで歩く格好になった上杉に確かめたい事があった。

「なぁ、上杉」

「ん? 何?」

「こんなに幸せでいいのかな」

「何言ってるの? いいに決まってるじゃん。今までの分取り戻そ」

「そ……そうだな」

 『今まで分』か……

 ――あれ?

 今までって……僕は何してたんだっけ?


 いつの間にか教室の前に立っていた。

 僕は緊張してドアを開けるのをためらう。

 そんな姿を見て上杉は教室のドアを開けた。

「怖がらないで。ここではみんな澄川を受け入れてくれるから」

「……ありがとう」

 一歩、教室へ踏み出す。

 久しぶり教室。なんだか他人の部屋にお邪魔するような感覚。

 だけど、自分の席は何となく覚えていてすぐに辿りつく。

 席に座って周りを見渡す。

 見慣れない見慣れた風景。

 ……その中に見えた一人の女の子。

「あっ……」

「澄川君、おはよう」

 恥ずかしがりながら挨拶した女の子は……浅野美世だった。


 そして僕は理解する。

 ――これは夢。

 都合よすぎると思ったよ。

 ……でも、いいじゃないか。

 覚めなければ……それも現実。

 僕は返事をする。

「浅野、おはよう」


*********************************************************************


 心拍が表示されたモニターには定期的な波があらわれ、命がそこにある事を示している。

 私の目の前には眠っている瑞希が静かな寝息を立てていた。

 あの事件からすでにかなりの時間が経っている。

 あの後、私の指示で自分が入院していた病院へ救急車は向かった。

 緊急手術により一命をとりとめた瑞希は、8階特別病棟で入院する事になる。

 丁度、私と入れ違いになった形だ。

 幸い、手術は成功し、後は麻酔がきれて目を覚ますだけだった。

 だけど3日経っても目を覚まさず、一週間、二週間たっても状況は変わらなかった。

 そして、一ヶ月。今も眠り続けている。

 傷口は順調に治り、外見も正常なはずなのに目を覚ますことは無い。


 私は瑞希の隣にいる。

 毎日、毎日何をするでもなく眺めるだけ。

 きっと瑞希は私の事を怒っているのだろうと思う。

 だから、目を覚まさないんだ。

 償う術も見つからず今日も彼のそばにいる。


 ふと気付くと私の後ろには上杉さんが立っていた。

 窓から見える景色もいつの間にかオレンジ色にそまってる。

「なんや、来てたんか……」

「うん……」

「……」

「今日も起きない?」

「見た通りや……」

 会話が続かない


 彼女は私に気を遣ったのか他の話題を振る。

「新聞見た?」

「……うん。読んだで」

「真田……凶悪犯扱いだね……」

「……しょうがないやん。アレだけ人を殺したんやから……」

 一ヶ月前、私達の病院でのいざこざの最中に真田さんは『Thread winter』の社長、冴木の自宅を襲撃。

 社長やボディーガードを含め7人が殺された。

 警察が駆けつけ、現場で一人佇む真田さんを逮捕する。

 高校教師が起こした大量殺人事件なだけに、マスコミはこぞって取り上げ、社会問題にもなった。

 世間は教師のモラルだとか犯罪心理がどうだとか騒ぐ。

 でも、『Thread winter』のもうひとつの仕事については取り上げられる事は無かった。

 どこからか圧力が掛かったのかもしれない。

「何であんな事したんだろ……」

「さぁ、私が分かっとるのは、殺された社長が相当悪い奴やったって事ぐらいやなぁ」

「そう……」

「うん……」

 静まった病室に彼女の力なく言った言葉が響く。

「『Thread winter』に関わった人は……皆、不幸になっていくね……」

 目の前にいる上杉さんや真田さん、浅野美世、そして瑞希。不幸の連鎖は止まらない。

 きっとこれからも不幸が続くのかもしれない。

 そう思うと自然に言葉が溢れる。


「瑞希はそっとしてやるのがええのかもしれへんなぁ……」

「!!」

「実際、瑞希が起きへんのは起きたって何もええことあらへんって分かってるからかもしれへんし……このままが正解かもな……それにこうやって寝とる瑞希を眺めるのも悪くあらへん。言い争う事も無いしな……」

 半分冗談、半分本気。これが私の本音なのかもしれない。

 しかし、私の言葉を聞いた上杉さんは体を強張らせる。

「どうしたん?」

「……さない」

 黙ったまま小刻みに震えていて、何かに耐えているかのようだった。

 やがて、搾り出すかのように呟く。

「許さない……」

「え?」

 

 突然、彼女は足を振り上げたと思うと、ベッドを勢いよく蹴っ飛ばした。

「澄川、起きなさい!!」

「ええっ!? ちょっと、上杉さん?」

「起きなさいよ!!」

「どうしたの!? 止めて!!」

 いきなりの上杉さんの行動に私は慌てた。

 彼女は瑞希の胸倉を掴んで揺さぶる。

「起きろって言ってんだろ!!」

「上杉さん、落ち着いて!!」

「澄川、アンタはもう目を覚まさす気がないのかもしれない。だけど、だけど……そんなの絶対、私が許さない!!」

「もうええやん!! 瑞希を眠らせてやって!!」

 上杉さんの腕を掴んで顔を覗き込む。

 ……すると彼女は涙を流していた。

「確かに起きたって良い事なんか無いかもしれないけど……私はアンタを引きずってでもこの世界に……どんなに辛い事があっても……続きがある事を教えてやるんだ!!」

 数人の看護師が病室に入り、上杉さんを取り押さえる。

 病室から出て行くまで言葉にならない、わめき声を上げていた。


 一人病室に残され瑞希の衣服を整え布団をかける。

 それが終り、椅子に腰掛けると私は考えてみた。

 瑞希が撃たれた時、上杉さんは自分が殺されるかもしれないというのに臆せず彼の介抱をした。

 私はといえは拳銃を持った依頼人に怯えて動く事すら出来なかった。

 そして今、私は瑞希にこれ以上辛い思いをしたくないから起きて欲しくないと思い、彼女は辛くても起きろと言った。

 どちらが正しいのか……

「はぁ……」

 いや、多分正解は無い。

 でも、「瑞希には上杉さんのほうが相応しいんじゃないか」と頭を過ぎる。

 『アンタなんかよりよっぽど大切で!!……掛替えの無くて!!……今、一番失いたくない人だよ!!』

 上杉さんの言葉が引っかかっている私がいた。

 まだ彼女に真意は確かめてない。怖くて聞けないのだ。

 彼女がもし瑞希のことが好きだといえば……私は独りになる……

 そこまで考えると私はため息が出た。

 なんだ……結局、私は自分の事しか考えてない。凄くいやな奴だ。

 でも……もう私には瑞希しかいないから。

 彼は目覚めたときに私を選んでくれるのだろうか……

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