第47話 「眠り姫」
私はどんな時だって眠っていなければいけなかった。
たとえ好きな人が違う誰かを見ていたとしても……
二年前。
目が覚めたのは、瑞樹に刺されてから一週間経った後だと聞いた。
真っ先に白が私の目に映る。それが天井だと知るのに数秒かかった。
まだ、体が痛くて動けない。
そこへ看護師が私を覗き込んでくる。目が合うと、驚いてすぐに何処かへ行った。
私は自分が何故ここにいるのか理解できずに私は茫然とする。
その後、暫くして様子を見に来たのは病院の先生ではなく、殺し屋だった。
「よお、気分はどうだ?」
覗き込むように殺し屋は私を眺めてきた。
思わず体が仰け反る。
「気分はあんまり良くないなぁ……あれ? 私、たしか刺されて……」
「だが、お前は生きている」
ようやく記憶の前後関係を思い出した。
生きていることが少し嬉しかったが、すぐにその感情には意味がない事に気付く。
「結局、私はアンタに殺されるんやろ……」
「オレはお前を殺す気は毛頭ないがな」
「?」
殺し屋の気分がどうして変わったのかは良く分からないけど、助かったみたい。
「今、瑞樹を呼んできてやるから」
「!! 待って……まだ呼ばなくてええわ……」
私はマトモに呼吸が出来なくなって、息を切らしながら話す。
「どうした?」
「……悪いけど……もう少し離れてくれへん?」
「分かった」
殺し屋は私から2,3メートル離れた位置から話しかける。
「この前はオレと話しても平気だったのにな」
「我慢してた。どうせ死ぬんやから必死やったし……」
「なるほどな」
「見た通りや。まだ人が近づいたり触れられるのが……怖い……」
「……」
「だから、アイツが来ても何もしてやれへん……」
情けない話だけど、離れて話をしていても凄く緊張して気分が悪くなってきた。
「わかった。だったらお前はこのまま寝たフリしてろ」
「え?!」
突拍子もない事を言い出す殺し屋に私は戸惑った。
「何の話かサッパリわからへん」
「わかった、説明しよう……今現在、瑞樹はお前の入院費を稼ぐ為にある仕事をしている」
「そんなことせんで良いのに……」
「だったらお前が金を払うのか?」
「……治って、退院したら必ず働いて返すから……」
「退院? 病院を出てどうするつもりだ? 人に触れられるのが怖いと言っている人間がどうやって働く? まして頼る人もいない、たった独りのお前に何が出来る?」
「……」
今の現状を突きつけられた私は黙ることしか出来ない。
「瑞樹はお前が目覚めるまで仕事を続けると言っていた。このままでいい。寝てさえいればお前は幸せになれる」
「……でも」
「不安な日々に戻りたいのか?」
「……わかった」
結局、私は負けてしまった。瑞樹がいる時は寝たフリをした。
この病室は私にとって世間と隔ててくれるシェルタ−だった。
この中にいる限り最小限の人と接するだけで済むし、お金は瑞樹が払ってくれる。
今まで生きて生きた中でもっとも平穏な日々が続く。
人には会えないが、それでも良かった。
一日に一回は必ず瑞樹が様子を見に来てくれたし、薄目を開いて垣間見ることができる彼の顔だけで十分だった。
苦痛の渦から抜け出して手に入れた平穏は私にとってなによりの宝物。
そんな関係が一年ほど続き、私の精神も少しずつ回復した。
今では看護師さんやお医者さんに触れられても緊張しなくなったし、真田さんとも長い間話が出来るようになった。
後、もう少し。もう少ししたら目を覚ましたフリをして瑞樹に会おう。
そして、この病院を二人で出るんだ。私のささやかだけど叶えたい夢。
しかし、神様はそう簡単には幸せにしてくれなかった。
いつものように瑞樹が病室を覗き込んで暴れだすと、鎮静剤を打つために連れて行かれる。
私は瑞樹がいない事を確認して起き上がろうとすると、視界の端に人影が入ってきた。
慌てて寝たフリをして薄目を開け、外を伺うと眼鏡をかけた女の子が私を覗き込んでいた。
眼鏡の奥の目は真剣に私を見ている。
よく分からないけど、私は寝たフリを続けた。
少しして、落ち着きを取りもどした瑞樹が戻って来ると、女の子と親しそうに話かける。
気になったけど、すぐに女の子はいなくなったので、私の中で女の子は「すぐに忘れる人」になるはずだった。
でも、この日以来、私は気が抜けない日々が続く。
瑞樹だけじゃなく女の子まで来るようになったのがその理由だ。
女の子は当初、私をいくらか眺めると(何故眺めていくかは分からないけど)帰って行くだけだったが、次第に瑞樹が居る時間に合わせて病室前に来るようになる。
少しずつ仲良くなるのが傍目からも分かった。
それでも、私はガラス一枚隔てた病室で二人の経過を見守るしか術はない。
焦る心に『瑞樹を信じるしかない』……そう自分に言い聞かる。
しかし、瑞樹はその女の子とキスをした。
私はその光景を薄目を開けて見ていた。
まるで、テレビのキスシーンを見るように。
……これは他人事だ……私には関係ない……必死で自分に対しての弁解を繰り返した。
二人がいなくなってから私はベッドの中で丸くなり膝を抱える。
何か凄く大切なものを失った気がして……涙が流れた。
好きな人が奪われようとしているのに見て見ぬフリをしました。
自分の平穏な生活を維持するために。
……本当に私は汚い人間です。
それでも……好きな人に好きであって欲しいと願い……泣きました。
私は好きな人を利用して今日も生きています。
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「私が上杉亜也だけど……アナタがメールしたの?」
「まぁ、そういう事になるなぁ……まさか来るとは思わへんかったけど……」
教室がうす暗くて顔までは確認できないけど、この人が上杉亜也である以上、殺すしかない。
それが契約だから。
「真田はどうしたの!!」
「ここにはおらへんよ。病院にでも行ってるんとちがう?」
こんな状況になっても相手は強気な態度を見せていた。
「こっちも名乗ったんだから、そっちも名乗りなさい!!」
「……名乗ったってアンタ知らんと思うし、そんな意味無いことせえへんよ」
「……」
正直言ってこんな事、早く終らせたかった。私は殺すための武器を取り出す。
それは確実に殺せるように真田から渡された拳銃だった。
拳銃を見て一瞬、相手の表情が驚きに変わる。
しかし、すぐに表情を元に戻し私を睨みつけてきた。
「もしかして美世を殺したのは……」
「……アンタ、浅野美世の何なん?」
「友達」
友達にここまでしてもらえる浅野美世が少し羨ましくなった。
きっと浅野美世は友達も多かったのだろう……私には瑞樹しかいないけど……
「そう。あの子は私が殺した」
「!! ――それ本当?」
「本当やで」
「そう……」
上杉亜衣は私の返答を聞くと胸ポケットに手を入れ、ナイフを取り出した。
「そんなもんで私を殺せると思っとるの? こっちは拳銃やで」
「……だから?」
「え?」
「私はここに来る前から死ぬ事なんて覚悟してきた!!」
そう叫ぶと同時に近くにあった椅子を投げつけてきた。
私めがけて飛んできた椅子を腕で防ぐ。
椅子が落ちると同時に私は発砲する。
しかし、正面にはすでに姿はなく彼女は教卓奥に移動していた。
「無駄な抵抗って奴やな」
「……」
私は少しずつ教卓に近づいていった。