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good vibration  作者: リープ
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第46話 「二人の幸せ」

 とりあえず私は澄川の家に帰った。

 玄関でドアを開けようとしたけど、鍵が掛かっている。

 ポストの裏に置いてある鍵を取り出して鍵を開け、部屋に入った。

 部屋の中には誰もいない。私はとりあえず澄川を待つ事にした。


 二時間ほどして玄関のドアが開く。

 入ってきた澄川はとても疲れた表情を浮かべていた。

「おかえり」

「……」

 私を無視しているのか、気付かないのか、部屋に上がるとコップに水を入れ一気に飲み干した。

 私は澄川へ近寄る。

「何で電話に出なかったの?」

「えっ!? ……なんだ、帰ってたのか」

 澄川はホントに驚いているようだった。

「失礼な。帰ってきちゃあ駄目なわけ?」

「違うけど……あぁ、電話の事だったな。携帯なら真田に返してきた。もともとあれは仕事用だったから」

「そうだったの。それじゃあ、仕事は辞められたわけ?」

「まぁな」

「良かったじゃない!! って、そんなことより皐月さんが大変なの!!」

「は?」


 皐月さんが集中治療室に運ばれている事を告げた。

 澄川の表情が厳しいモノに変わる。

「それは本当か!!」

「うん。さあ、早く行きなよ」

「分かった」

 澄川は再び玄関のドアを開けた。

 出て行く後姿を見て私は思わず声をかける。

「あっ、澄川」

「何?」

 いざ澄川を呼び止めたものの、何を言って良いのか分からない。

 そんな私を見て澄川は少し微笑んで一言言った。

「行ってきます」

「い……行ってらっしゃい」

 ドアが閉まる。澄川は行ってしまった。

 でも、こんなやり取りで何故か安心できる自分がいる。

 何か二人だけの言葉、送り迎えの言葉……が欲しくて思わず呼び止めたに違いない。

 そして、私は澄川が皐月さんの元に行ってしまう寂しさを感じている事に気がついた。

 ――あれ?

 これじゃあ私がアイツを必要としてるみたいじゃない……


 そして澄川は2,3日経っても帰ってこなかった。

 私も元樹さんのお見舞いに病院へ行ったが、8階へ行くのを躊躇してしまう。

 皐月さんの心配をしている澄川を見ていられない気がしたのだ。

 独りの家に帰り、念のために二人分の食事を作る。

 しかし、澄川は帰って来ず、私は二食連続同じメニューを食べる日々が続いた。


 時間は過ぎ、8月31日になった。夏休みもあと一日で終ってしまう。

 結構、色々な事が起きた夏休み。

 そのほとんどが悲しい事だった。

 でも、私はココで生きている。

 何もすることが無いこの部屋で唯一出来る事……澄川の帰りを待って……

 明日から学校だというのが、せめてもの救いだった。これで昼間はやる事がある。


 そんな取り留めないこと事を考えていた夕暮れ。

 オレジン色に染まった部屋に突然、携帯が鳴り響く。

 着信音からしてメールだという事が分かる。

 画面を見ると、澄川からのメールだった。

『今日、浅野美世について大事な話しがある。開かずの教室に22時』

 私の背筋に冷たいものが走る。

 確か、澄川は携帯を真田に返したと言っていた。

 だとすると、明らかに真田からのメールに違いない。

 私の直感は罠だと告げた。

 どうする? 澄川に言う? 

 ……しかし、その考えはすぐに却下された。

 皐月さんの事で手一杯の澄川に負担を掛けたくない。

 しばらく、私は自問自答を繰り返した。

 でも、最終的に出る答えは1つだった。

 ――私がやるしかない。

 このまま無視ることもできるけど、美世の事が絡んでくると話は別。

 いつかは真田と直接対決しなくてはならないと感じていた。

 夏休みの最後には丁度いいイベントだと思う。

 一度決心を決めると今度は体が震えてきた。

 武者震いなのか、恐怖なのかそれは良く分からない。

 だから私はベッドの下に手を入れ、目的の物が見つかると取り出した。

 それは澄川が仕事用に使っていたナイフ。これがあれば澄川がそばにいる気がする。


 外はすでに暗くなり時刻は21時を過ぎる。

 私は自分なりの正装として学校の制服を着る。

 出かけ際、次の日の朝食の用意をして冷蔵庫に入れた。

 今回は一人分。もちろん澄川の分だ。

 夜道を歩きながら逡巡した。

 自分の命がかかっている事を意識すると堪らなく恐怖に陥る。

 でも、美世の事を思うとじっとしていられない。

 そんな時、胸ポケットの中に入っているナイフがすごく心強かった。


 そして、とうとう学校の前に着いてしまう。

 ここに入ってしまえばもう後戻りはできない。

 胸に手を当て一歩を踏み出す。それは覚悟を決めた一歩だった。

 夜の学校について考えてみれば、よくココで寝泊りしたし、あの時は夜の学校は私の味方だったような気がする。

 少なくとも今は違うけど。何も受け入れない冷たさがあった。昔はその冷たさが好きだったのに……

 階段を上り自分のクラスの前を通り過ぎる。

 このまま2つ教室をやり過ごすと『開かずの教室』だ。

 澄川と係わり合いを持った教室。

 「タラレバ」は言わない方がいいけど、あの時私が自分の教室でじっとしていれば、澄川の事も嫌ったままで、美世も死ななかったかもしれない。

 だから……今からの行動がほんの少しかもしれないけど罪滅ぼしになればいい。

『開かずの教室』の扉を目の間にして深呼吸をした。

 ある程度落ち着いたところでドアに手をかける。

 すると、ドアはアッサリ開いた。

 きっと、あらかじめ誰かが開けたのだろう。

 そして、その誰かと命を懸けた争いをする事になる。

 私は教室へと足を踏み入れた。


 僕は今日も家に帰らなかった。面会謝絶は相変らずだし、出来る事と言ったら集中治療室の前で待つ事だけ。何度も帰ろうとしたけど、家に帰ると待っている人がいるという事が皐月の裏切りになるような気がした。

 だから今日もただココに座っている。すでに外は暗くいつの間にか夜になっていた。病院もすでに消灯時間を過ぎて廊下には誰もいない。椅子に座りながら下を向く。こんな姿勢のままで今日も何時間か過ごす。


****************************************************************************


 何も考えずに下を向いていると、自分の足に影が重なるのが見えた。

 ゆっくり仰向くと目の間には真田がいた。

「よぉ、愛しい人の容体はどうだ?」

「あんたに関係ない」

「つれない事を言うな。オレがこの病院まで運んでやったんだぞ」

「それについては感謝してる。だが、その恩返しも十分したはずだ」

「オレはいつでもお前の味方だったつもりだろ?」

「……だったら浅野の事はどうなんだ!!」

 僕の言葉を聞くと真田は横を向いてため息をついた。

「少し前、オレはお前に美世の自殺現場を見たと言ったな」

「……」

「その場には美世を含めて4人の人間がいた。まずは美世。もう一人はオレ。そして三人目は……」

「黙れ!! くだらん話は聞きたくない!!」

「最後まで聞けよ、聞いて損は無いぜ……三人目は『Thread winter』の社長、そして四人目は……」

 僕は最後まで聞かずに立ち上がり、真田の胸倉を掴む。


「その場に誰がいたってどうでもいい!! 問題はお前が美世を見殺しにしたって事だ!!」

 しかし、真田は話すのを止めない。

「……美世は『お前と皐月のために死ぬ』と言って死んだ」

「なっ!?」

「俺もそれを望んでる。だから、だからこそ、お前達は幸せにならなくてはならない。そう思わないか?」

「……そんな事は分かっている!!」

「いや、分かってないな」

「どういう意味だ?」

「言葉通りの意味だが……お前が殺しを辞めるならそれでも良い。今までは皐月のためにお前が頑張ってきたんだ」

「?」

 真田の口元が一気に歪む。

「だったら次はお前が楽をする番だろ? 二人で幸せを掴むために」

「!! まさか……」

 僕は真田を押しのけ急いで集中治療室のドアを開ける。

 仕切られたカーテンを次々と開ける。

 しかし、そこには……誰もいなかった。


****************************************************************************


 教室内は廊下に比べて少し暗く、人の気配がしない。

 私は周りの安全をある程度確認すると奥へと進む事にした。慎重に歩く。

 教室の中ごろまで進んだ時、突然にドアの閉まる音がした。

 慌てて振り返ると、ドアの前には人影が見えた。

 相手も私を観察しているのか動こうとしない。

 かなりの重圧が私を襲う。一歩たりとも見逃せない展開が続く。

 ……でも……この人は誰?


 しばらくして、向こうが話しかける。

「なぁ、アンタが上杉亜衣やろ?」

 聞きなれない言葉遣いに私は戸惑った。

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