第43話 「弔いの呼び水」
今回から完結編に突入ということで、簡単な前回までのあらすじと登場人物紹介を書いてみました。
よろしければ、お読みください。
<登場人物紹介>
●上杉亜衣
創野高校2年生。姉との確執から家に帰らない女の子。
普段は活発で明るい性格。
●澄川正宗
亜衣と同じクラスの男の子。
病院で眠り続ける皐月ために殺し屋を続ける。無口で暗い、多重人格。
光彦……正宗の別人格。人懐っこくて、明るい性格。やたらキスをしたがっていた。
刹那……正宗の人殺しを担当する人格。人を好きになると発動する。短期で冷酷な性格。
澄川正宗は偽名で本名は藤原瑞樹という。
●浅野美世
亜衣の友人。大人しくて、優しい性格。重い病気を抱えている。
それが元で澄川に自分を殺して欲しいと依頼。
●吉田有希
亜衣の友人。変わったものが大好きで、勝気な性格。
澄川を好きになったが、あっさり振られる。
●真田信治
亜衣たちの高校で教師をしているかたわらで、
殺しを請け負う会社『株式会社Thread winter』に勤める男。
数年前教え子を殺されて以来、自分の高校の制服を着ている人間は殺せない。
●冴木恭介
『株式会社Thread winter』の社長を務める。
冷酷で人が苦しむ姿を好む性格。過去に真田との因縁を持つ。
●上杉法
亜衣の姉。亜衣を溺愛していて、妹のためなら両親を殺すことも厭わない。
●松田元樹
上杉法と偽装結婚をして、一緒に暮らしている男性。
法の事を愛していて、偽装だとわかりつつ生活を続けている。
●美浦皐月
病院で眠り続ける女性。
<あらすじ>
家庭事情で家出している上杉亜衣は友人である浅野美世・吉川有希に断られ、学校で一夜を過ごすことに。
自分の教室で時間を過ごしていると、開かずの教室から物音が。
気になって教室へ向かうと、そこには同じクラスの澄川が人殺しをしている現場に出会う。
大人しく目立たないイメージだった澄川の本性に衝撃を受ける。
しかも、澄川は多重人格だという。
加えて、さえない教師だと思っていた真田まで殺人に関わっていることを知る。
彼らは学生・教師をするかたわら、殺人で報酬を得る殺し屋だった。
次の日、吉川有希が澄川に告白すると宣言。反対する亜衣。
ついつい澄川の素性をばらしてしまう。
信じない有希に澄川をつけて事実を確かめることに。
澄川の後をつけ自宅を突き止める2人。しかし、有希は飽きてかえってしまう。
仕方なく一人で追跡を続ける亜衣。
そこでまたしても澄川の殺人現場に立ち会ってしまう。
一時は殺しをとめることが出来たものの、真田が代わりに仕事を果たしてしまう。
さらに真田の命令で澄川の家で泊まる羽目に。
彼の家で亜衣は澄川が殺しを続ける理由、皐月の存在を知る。
翌日、渋々有希の告白を手伝うことになった亜衣。
澄川を呼び出し、有希に告白させるも『浅野美世と付き合ってると』断られてしまう。
驚く亜衣、何とか澄川と別れさせようと美世を説得するも彼女の意志は固い。
最初、説得するはずだった亜衣も彼女の気持ちを汲み、応援することにした。
病弱でいつも一緒にいられない美世の願いから、しばらく澄川と暮らすことになった。
自分の病状を悲観した美世は『好きになった相手を殺す』という澄川の特徴から自分を殺して欲しいと彼に依頼していた。
そのことを亜衣は知らない……
夏休みなり、亜衣は美世を応援するために澄川・有希ら四人で山へキャンプを計画した。
澄川やまだ仲直りしていない有希らとちぐはぐなキャンプを過ごす。
その夜、本当は死ぬ気などなかったことを澄川に見透かされた美世。
ショックのあまり、そのまま山中へ飛び出してしまう。
同じ頃、澄川も亜衣と美世に刺激されてか、自分のあり方に悩んでいた。
皐月との思い出に浸る澄川。そこで大切なことに気づく。
『本当に大切なのは生きることを肯定して認めることだ』と。
改めて自分にとっての大切な人を守ろうと、決意した澄川は美世を探しにでかけた。
やっとの思い出彼女を見つけた澄川。だが、彼女は帰ることを拒否した。
そこで澄川は自分が至った結論を彼女へぶつける。
彼の説得により、もう一度生きるために頑張ろうという思いに至った美世は帰ることを承諾する。
と、同時に倒れてしまい、病院へ運ばれることに。
こうして美世は再出発を誓い、澄川は自分の仕事に疑問を持ち始める。
一方、自分を異常なまでに溺愛する姉との確執に悩む亜衣。
冷酷な社長の出現で再び教え子の殺しを迫られる真田。
問題が山積する中、亜衣に一本の電話が入る。
『美世が自殺した』と。
……と、いうことで本編始まりです。
美世が自殺なんて……そんなわけない!
病院に駆けつけた私と澄川はロビーで目を赤く腫らし椅子に座っている有希を見つけた。
「有希!! 美世は……何処に居るの? 案内して!!」
「……」
私の問いかけに有希は振り向きもせずに答えない。
「有希?」
「行かない方がいい……」
「どうして!?」
「即死だって……」
「!!」
即死。その言葉で十分だった。
体の力が一気に抜けていく気がした。
「屋上から落ちたから、遺体の損傷が激しくて、肉親以外の面会は無理だって……」
「……」
「今、美世のお父さんとお母さんが行ってる……」
何も言えない私に有希が呟くように話し出す。
「結構あることなんだって……退院寸前の患者さんの自殺って……」
この言葉を聞いて私は過剰に反応した。
「美世はそんな事しない!!」
「私だってそう思いたいよ!! でも実際、美世は……」
有希はそこまで言って話すのを止める……
こんな所で言い争ってもしょうがない。そんな事は分かっていた。
涙がどんどん溢れてくる。何度も指でぬぐったけれど、止めることは出来ない。
「もっと美世に優しくすればよかった。澄川君のことで冷たくあたったし、死んでしまったのは私のせいかも……あの子の悩みをもっと聞いてあげれば……」
有希は泣きながら何度も何度も後悔していた。
それに対して私はただ「そんなことないよ」という事しか出来ない。
今はただ、黙って泣くだけだった。
そんな二人に澄川が有希に尋ねる。
「あのさ……遺書は無いんだよね」
「え? 無いみたいだけど……」
「澄川、こんな時に何をいってるの?!」
「……」
澄川は結局それ以上何も言わなかった。
こうして私達は何もしないまま病院で朝を迎えた。
もう病院にいてもどうしようもない。
美世には会えないし、美世の両親にあったところで、ただイタズラに悲しみを増幅させるだけ。
だから、私達は家に帰る事にした。
アパートに着いた私は一気に疲れが襲ってきたのか、床にへたり込んでしまった。
「上杉、とりあえず今は寝ろよ。浅野さんの葬儀の手伝いに行くんだろ?」
私に言葉を掛けながら澄川は出かける準備をしていた。
「アンタはどうするの?」
「僕は少し出かけてくる」
「こんな時によく出かけられるね」
「こんな時だから出かけるんだ」
澄川のそっけない態度に……というより、ここに居る事すべてが嫌悪感となった。
張り詰めていたものが少しずつ口から漏れる。
「……ねぇ」
「何だよ」
「私達が仲良くしたから……罰が当たったのかな」
「はぁ?!」
「確かに美世の頼みでココに居たけど途中からどうでも良くなってたし……美世はそういう所は敏感に分かる子だから……」
私のせいだ……何となくそう思う。
美世には澄川とのことを言ってないけど、ココに来て確実に澄川と仲良くなったのは事実だから。
「何が言いたい?」
「……やっぱりこの家を出るね」
「そんな事をしても意味が無いな。それで浅野に遠慮したつもりか?」
「でも……」
「さっき、浅野の頼みでココに居るって言ったよな」
「……うん」
顔を向ける私に澄川は近づいてきて真正面に向かい合う。
「だったら、今度は僕の頼みだ。ココに居ろよ」
「……こんな時によくそんな事が言えるよね」
「こんな時だから言うんだろ? 今、ココを出て行ったらお前はどうするんだ?」
「それは……」
「街をフラフラ歩きながら、『可哀相な私』でも気取るつもりか?」
「そんな私は……」
「だったら、今は休め。堂々と浅野を送ってやろうじゃないか」
澄川は私の両肩に手を置いて、にっこり微笑んだ。
「強いね」
「前も言ったが僕は強くない。自分に腹が立っているだけだ。浅野がこうなったのも全て僕の責任だから……」
「えっ?」
私は澄川が最後に呟いた言葉の意味が良く分からなかった。
「……浅野の葬儀には戻ってくる。じゃあな」
それだけ言い残すと澄川は家を出た。
一人になった部屋で考える
有希は『……澄川君のことで冷たくあたったし……死んでしまったのは私のせいかも……』と言って自分を責めた。
澄川も『……浅野がこうなったのも全て僕の責任だから……』と呟いた。
そして私も自分のせいだと自分を責めた。
……もしかしたら生きている人間は死んだ人間に対して少しずつ死んだことへの責任を負うのかも知れない。
独りでは背負いきれない悲しみをちょっとずつ分かち合うんだ。
そして世界は今日も続いていく。
私は寝る事にした。起きたら美世の家に行って何か手伝える事があれば手伝おう。
有希や澄川に少し感謝をしてベッドに横たわった。
二日後。美世のお葬式が行われた。
沈痛な面持ちで担任の先生やクラスメイトも参列している。
もちろんその中に私や有希もいた。
『美世は死んだ』その事を認めなければいけない儀式。
改めて死んだ人間には多くの人が関わっている事が分かる。
一人だと思っていても実はこれだけの人が周りに居る。
これを生きていたら美世に見せてあげたかった。
美世……何故、自殺なんかしたの?
その時、誰かが私の腕を掴む。慌てて振り向くと隣には澄川がいた。
澄川は私の腕を引っ張ると、家の外まで連れ出した。
「一体なんなの?! 今は葬儀の――」
私の抗議を澄川は遮った。
「良く聞け。浅野はお前に隠していた事がある」
「え? 何が言いたいの?」
「それは……」
なかなか結論を言おうとしない澄川に私は苛立った。
しばらくして澄川が声のトーンを1つ落とし話す。
「実は浅野は『Thread winter』に殺しの依頼をしていた……」
「殺し?!」
「……自分自身の殺害の依頼だ」
「はぁ?!」
「だが、最近になって僕が依頼を取り消すように真田に頼んで、アイツも了承してくれた」
「……」
でも、美世は死んだ。
「……浅野美世は殺された可能性がある」
「まさか、真田が殺したの?」
「分からない。今、真田の行方が分からないんだ」
「!! だったら、やっぱり……」
「分からん。この事は僕が調べる」
「嫌!! 私も手伝う!!」
こうなったら何としても真田を探し出してホントの事を聞きだしてやる。
しかし、澄川の答えは私の考えとは違っていた。
「駄目だ。上杉は自宅へ帰るんだ」
「何で? この前は澄川の家に居ていいって……それに、私だって……」
言われた意味が分からず戸惑う。
「お前は松田元樹という人物を知っているだろ?」
「!! 何でアンタがその名前を……」
「二週間ぐらい前に彼を殺す依頼の話が出た」
「えっ!?」
「その時も僕は無理だと伝え、真田も『この仕事はもう少し後に延期しよう。断るにしても依頼人を説得しなければならない』と言ってくれていた」
「うん……」
「だけど、浅野の依頼が取り消されなかった以上、松田元樹って人も殺される可能性がある……浅野の事が気に掛かるのは分かる。だが、今は生きている人間を優先して欲しい」
元樹さんが殺される?
誰がそんなことを?
いや、考えなくても見当はついた。
「わかった。家に帰る」
美世の死が夏の終わりを告げる呼び水だったのかも知れない。