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good vibration  作者: リープ
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第42話 「蠢動」 (真田信治編)

 俺が思い出に浸っているいると、それを割くように冴木は告げた。

「それじゃあ、美世って子を殺せる準備が出来たら連絡してね」

 思い出に浸っていたオレは冴木の言葉で現実に引き戻される。

「……」

「逃がしちゃあ駄目だよ。まぁ、分かってるとは思うけど。それと、僕の知り合いの依頼も忘れずにね」

 要件だけ告げると冴木はボディーガードを引き連れて帰っていった。

 一人になった応接室でオレは近くにあった灰皿を床に叩きつける。

 大きな音を立ててガラスの灰皿は粉々になる。

「真田さん、どうしました!?」

「……いや、何でもない」

 慌てて有田が応接室に入ってきた。

 ガラスが飛び散った室内を見ると彼女は口に手を当て驚く。

「今、ホウキとチリトリもってきますから!!」

「……スマン」



 二日後、冴木の紹介で依頼人に会う事になった。

 応接に向かい合って座るオレと依頼人。

「タバコ吸っていい?」

「別にオレは構いませんが」

「ありがとう。家ではなかなか吸えないもので」

 依頼人はタバコを取り出すと慣れた手つきで火をつける。


「では、この契約書についてのご説明を」

「しなくて結構です」

「ですが……」

「冴木とは高校時代からの知り合いなの。だから、ここのシステムについても大体知ってるし」

「……そうですか」

 冴木とこの依頼人がどんな関係だったのかは知らないが、あまり好感は持てなかった。

「そして真田先生……アナタの事も」

「!!」

 オレの驚く顔を十分堪能した後、依頼人はゆっくり話し出す。

「別に驚く事ありませんよ。私の身内がアナタのお世話になっているものですから」

「……そうでしたか」

「申し遅れました。私は上杉法うえすぎのり……妹の上杉亜衣がお世話になってます」

「っ!?」

「殺して欲しい相手というのが、この妹と関係あって……お恥ずかしい話なのですが妹は長い間、家に帰ってこなくて……今も何処で何をしているのか……」

 さっきから依頼人には驚かされてばかりだが、今度はオレが依頼人を驚かす番だ。

「承知しています」

「えっ!?」

「私は妹さんと面識がありますから。ウチの職員、といっても正規の者ではないですが、その者と少しトラブルがありまして……監視のために一緒に住まわせています」


 その言葉を聞くと依頼人の顔色は一気に変わり、机を飛び越してオレに掴みかかった。

「妹に、亜衣に何があったのっ!! 言いなさいっ!!」

「……ご心配なく。彼女は凄く元気です。あんまり元気なので、当社の仕事にまで首を突っ込まれて大変です」

「あの子に何かしたら、ただじゃ済まさないっ!!」

 しばらく、依頼人はオレの胸倉を掴んだまま動かなかった。

「でしたら御自分の目で確かめるのが一番でしょう。地図書きますから」

 オレの一言でようやく我に帰ったのか、慌てて掴んでいた手を離す。

「あの、すいません。私、妹の事になるとつい……ありがとうございます」


「私が言うのも何ですが、もう少し温かく見守ってやってはどうですか? あのぐらいの時期は何かと不安定な時期ですし」

「ですが……」

「責任は私が持ちますから」

 自分でも良く分からないが、いつの間にか物分りのいい教師みたいなセリフを吐いていた。

 気を取り直して仕事の話を進める。

「それで、どなたの始末を」

「妹が家を出て行く原因を作った男がいまして……その男を殺して欲しいのです」

「それではご依頼は一緒に暮らしている松田元樹という男性を始末して欲しいと……これに関して妹さんはどうお考えなのでしょうか?」

 かなりお節介かもしれない。

 それにしてもオレがアイツのことを気にするとは……

 そして、依頼人はこの質問に対して露骨に嫌な表情を見せた。

「妹は関係ありません。私が必要ないと感じたから殺すのです」

「他にも方法が――」

「アナタはただ黙って殺してくれればいいのです」

「……分かりました」

 詮索しても始まらない。

 仕事をこなすだけだ……そう思ってた。



 それから、オレは澄川に連絡を取り、仕事の話をした。

 しかし……

「それは出来ない」

「出来ない? ……松田という男を殺せば上杉亜衣は家に帰ることが出来るとアイツの姉は言っているぞ」

「そういう問題じゃなくて……自分の事で死人が出るなんて上杉が納得するはずが無い」

「上杉亜衣はお前に関係ないだろ」

「それだけじゃない」

「なに?」

「僕の中にはもう刹那がいないんだ」

「なんだと!! ……いつからだ」

「3,4ヶ月前から少しずつ上手くいかない時があって……顕著になったのはここ1ヶ月ぐらい。この前のキャンプで完全に……」


 3,4ヶ月前に何が起きたかは分からない。

 しかし、一ヶ月前、そしてこの前のキャンプで共通する人物なら分かる……

「浅野美世……だな」

「!!」

 浅野の名前を出した途端、澄川の表情が変わる。

 1ヶ月前、浅野はオレに自分を殺してくれと依頼してきた。

 そして、キャンプが終ったあと浅野は入院、澄川が契約の解約を言い出した。

 間違いないだろう。

「だとしても答えは簡単だ。もう一回暗示を――」

「嫌だ」

「……」

「僕は……僕でいたい……」

 澄川の言葉がオレの心にわだかまりを作り出す。

「じゃあ、お前はどうするつもりだ? 金はどうする?」

「わかってる。だから、このままで仕事を……」

「無茶を言うな」

「無茶でもやらなきゃ……」

「はぁ……」


 くだらん自我に目覚めたか……正直、浅野を甘く見すぎていた。

 オレの中で上杉亜衣は『危険な存在』だが、浅野美世はもう『危険な存在』ではなく『排除すべき存在』になった。

 もはや澄川には浅野美世も松田元樹の始末も無理だろう。

 どうする? オレがやるか……いや、違う。

「お前の気持ちは良く分かった。この仕事はもう少し後に延期しよう。断るにしても依頼人を説得しなければならないからな」

「ありがとう、真田さん」

「礼には及ばないさ……」

 コイツには思い知らせなくてはならない。

 ……オレと優ができなかった幸せを紡ぐ事が……愛するものを刺せたお前の責務なのだ……だからあの時、助けたのだ。

 だとすれば……




 澄川と別れた後、薄暗い部屋にオレは立っていた。

「お前も知っているだろう」

「……」

「コイツを殺せ」

「!?」

「いつまでもココに居るわけにも行かないだろ?」

「……」

「前から言い聞かせていたはずだ。アイツが駄目になったときは……」

 目の前に居る影が静かに頷く。

 これでいい……

 誰もが何もせずして、何かを得る事は出来ないのだから。

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