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good vibration  作者: リープ
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第41話 「出来なかった人間がなすべき事」 (真田信治・過去編)

 優と白井課長のことがあって以来、オレは自宅に閉じこもる。

 幸い、学校の方はすぐに夏休みになったため特に混乱は無かった。

 自分の甘さを責め、同時にもう殺しは出来ないと感じる。

 好きだとか嫌いだとかいう感情がココまで自分を支配するとは思わなかった。

 あれから二週間経ってもオレは何もする気が起きない。

 ……それなのに腹が減れば何か探して食っている。

 オレだけ生きてる事に対する嫌悪感で一杯だった。


 だから、家に入り込んできた男達に気付かなかったというのは言い訳だろうか?

 男達は土足で上がりこみ、オレを囲むように立っていた。

「真田信治だな」

「……」

「答えろ。お前が真田信治なんだな」

「……だったらどうなんだ」

「冴木社長がお呼びだ」

「!! ……こんな役立たずに何の用なんだ? もう気は済んだのだろ?」

「お前が詮索することではない。我々も連れてくるようにと言われているだけだ」

「……冴木の犬が」

 次の瞬間オレは蹴りを腹部に喰らい、うずくまった。

「言葉に気をつけろ。我々は“生きて連れてくるように”とは言われていないのだ」

「うぅ……」

 オレはそのまま男達の暴行によって気を失った。


 再び目が覚めるとすでに冴木の前にいた。

「目が覚めたのかい? 心配したよぉ〜。死んだのかと思っちゃった」

「……」

「良い目をしているね。今にも僕に襲い掛かりそうだ。好きだよ、そういうの」

「……優と白井課長を殺したんだ。オレの事なんてもうどうでもいいだろ」

「そんなことないよぉ。僕、真田のことが心配だったんだ。ショックで自殺するんじゃないかってね。

「くっ……」

「だから二週間も時間を置いたのにぃ……でも死ななかったね。偉い、偉い」

「!!」

「そんな君に御褒美だよ。仕事をあげる。もちろん殺しの仕事」

「……もう殺しは出来ない」

「はぁ? たった女子高校生一人殺せなかっただけで引退かい? よっぽどだったんだねあの優って子は」

「くっ!!」

 オレはありったけの力で奥歯を噛締めていた。口の中が血の味がする。

 飛びつけないのは冴木のボディーガード達がオレを押さえつけているからだ。

「今丁度、やくざに面倒を起こした人間の始末を頼まれていてね」

「……」

「ねっ、ねっ? 会社に面倒を起こした君の復帰戦にはぴったりだと思わない? クソ人間達の尻拭いなんて」

「……断る」

「駄目、君に拒否はできない。君が拒否ると周りの人にどんどん迷惑が掛かるだけだよ」

「なっ……」

「僕にとっては事務所も学校もどうでもいいんだ。ただ、君達が悩んで人殺しをする姿だけ見ていたいんだ。そして今は君が僕のオモチャってわけ」

「……」

「ハッキリ言っておくけど君は殺さない。君が独りになるまでね」

 結局、首を縦に振るしかないって事かよ。

 俺はゆっくりうなずいた。



 車を走らせて依頼者の場所まで行く。

 着いた先は郊外の山中にある依頼者の別荘だった。

 玄関先には依頼者の代理人がいた。

 つまりは、チンピラ出迎えだ。

「アンタか? 始末してくれるってヤツは」

「そうだ」

「最近は便利になったもんだ。ワザワザこっちが殺してリスクを背負うよりも格安でゴミを片付けてくれるんだからな」

 オレは自然に依頼者の首に手が伸びる。

「そのゴミを片付ける事も出来ないクズ野郎は貴様らだろう」

「……苦しい……悪かった。機嫌を損ねたなら謝る……」

「ふん……」

 首を絞めていた手を離す、しゃがみ込み咳き込むチンピラ。

 その姿を見ながらふと思う。

 ……じゃあ、そのゴミを片付けるオレは一体なんなんだ?


 案内された別荘の地下にある一室にゴミはいた。

 ボロボロになった冬服のセーラー服を着た少女。

 倒れて動かないが、生きてはいるみたいだ。

 周りには注射器やいかがわしい器具が散乱している。

 この少女が受けた仕打ちの酷さがうかがえた。

「コイツ、系列の組が持ってた薬を盗んで逃げやがった」

 チンピラが蹴り上げると少女は呻きながら目を覚まし、睨むようにこちらを見る。

 さぞかし怯えきった目を向けるだろうと思っていたオレは少し驚いた。

「どうだ? どうせ殺すんならアンタも楽しんでから……」

「そうだな。じゃあ悪いが出て行ってくれないか。二人きりになりたい」

「じゃあ、終ったら呼んでくれ」

 と言い残し、卑屈な笑みを浮かべてチンピラは出て行った。


 少女と二人きりになる。

 しばらく、無言で向かい合ったが、最初に喋ったのは少女の方だった。

「……どうせまたやるんやろ、早くしたらええやん」

 少女は関西訛りのある話し方だった。

 高校生ぐらいだったので少しだけ優と重ねてみたが、どうやら全然違うタイプみたいだ。

「別にしたくない」

「は!? じゃあ、何で二人きりにしてくれなんて言ったん?」

「オレはお前を殺すためにココに呼ばれた」

「!!」

 初めて少女は怯えた表情を見せた。

 地面に座りながら後ずさりを始める。

 とりあえず、そこら辺にある物を手当たり次第に投げてきた。

 次々とオレの体に当たるが、前進するオレにはそれが何の障害にもならない。

 何の事はない、二人きりにしてくれと言ったのは殺しに集中したいからだ。

「嫌や!! まだ、死なへん!!」

「悪いがオレはこんな仕事さっさと終らせたい」

 オレはポケットからナイフを取り出した。

「お願い、見逃して……」

「無駄だ」

 無駄。

 どんなにあがいたって無駄。

 オレだって……そうなんだ。


 投げるものが無くなった少女は素早く立ち上がり、壁伝いに逃げる。

「絶対に死なへん、アイツに会うまでは死ねへん」

「それは残念だったな。そいつにはもう会えない」

「っ!!」

 部屋の隅に追い詰める。

 少女は自分を守るように自分で自分を抱いている。

「……どうせ殺されるんやったら、アイツに殺されたい」

「……」

「今でもきっと公園で待っとる。アイツはそういうヤツや」

 オレは不覚にもその言葉に耳を傾けてしまう。

「……そいつはお前の何なんだ?」

「えっ?」


 質問された事が意外だったのか、呆然とした顔をオレに向ける。

「どうなんだ?」

「……私を傷つけられるただ一人の男……」

「好きなのか?」

 矢継ぎ早に質問をするオレに少女は戸惑っているようだ。

 自分でもわからない。なぜそんなことを聞く?

 ……優だったらそうしたからだろうか?

「こっちがそうでもアイツはどうか分からへんけどな……」

「ほう……」

 もう一人のオレが今浮かんだ考えを『無駄だ。コイツは逃げたいだけだと』否定する。 だが、すでにコイツの答えを否定するすべを失っていた。

 制服姿が優とだぶってしまう。

「……本当か?」

「え?」

「お前が好きな男に殺されたいというのは本当か?」

 俺の質問に一瞬、表情が固まった。

 やがて真剣な顔つきになり、うなづいた。

「どうせ死ぬんやったら……」

「そして、その男もお前を殺してくれるのか?」

「……うん」

「お前、名前は?」

「……美浦皐月」

「見せてもらおうじゃないか」

「え?」

「お前が死ぬ所」

 オレは冴木の事をとやかく言えないのかもしれない。

 少なくとも今、オレはコイツが好意を持っている人間に殺される姿を見たいと思ったからだ。

 もしかしたらコイツにオレは優との結末を託しているのかもしれない。

 どうせ殺されるにしても、幸せに死ねるものなのか……


『せ……先生……痛いよ……痛い……よ……』

 苦痛で顔を歪めながらオレに助けを求めた優を忘れられない。

『優を守ろうとしてくれて……ありがとう』

 礼を言われる事は何もしていないじゃないか。

 どうせ死ぬんだったら……オレが殺してやりたかった……

 全部オレが甘かったせいだ。


「少し傷つけるだけだ」

 とりあえずナイフに血をつけるため皐月に傷をつける。

「痛っ!!」

「我慢しろ。ヤツ等を誤魔化すためだ」

 そのまま皐月を担いでドアを開ける。

 チンピラはオレの姿を見て驚いたようだ。

「殺したのか……」

「まぁな。あんまり暴れるから、さっさと殺っちまった……これから死体を処理してくる」

「あっ、オレもついていく」

「……オレが信用できないと?」

「そ、そういうわけじゃあねぇけどさぁ……上のモノに言われてるから……」

「だったら上のヤツラに言っておけ、オレはプロだと」

「……わかった」

 我ながら良くこんなウソを並べられるものだと心の中で苦笑した。



 そのまま皐月を車に乗せオレは別荘を後にした。

 皐月は未だにこの状況が信じられずにきょとんとしている。

「……ありがとう」

 ようやく喋った言葉がそれだった。

「勘違いするな。お前が死ぬことには何の変更も無いんだ」

「……」

「公園で待ってるそいつが殺せない時は、オレが二人とも殺す」

「……うん」

 オレは何を考えているんだ……

 こんなガキ一人殺すのにココまで世話を焼くなんて。

 一時間ぐらいしてようやく街へ戻ってきた。

「おい、その公園ってのはどの辺りなんだ」

「もうちょい先……」

「いいか、時間を稼いで逃げようなんて思うなよ。逃げたらヤクザどもに連絡する。そして次は確実にお前を殺す」

「……分かっとるよ」


 その瞬間、皐月はオレの隙をついて助手席のドアを開け、走行中の車から飛び降りた。

「なっ!?」

 オレは必死に手を伸ばすが捕まえる事が出来ず、まんまと逃げられてしまった。

 慌てて車を端に止め、飛び降りた地点に向かう。

 しかし、すでに皐月の姿は無かった。

「あのガキ……」

 ただ、車のスピードを60キロは出していたから、飛び降りてただで済むわけは無い。 おそらくそう遠くへは言ってないだろう。

 オレはこの辺りを歩いて探す事にした。

 あんなウソに騙されるなんてオレはどうかしてる。

 一瞬でも優の事を考えたオレがバカだった。

 後悔してもしょうがないとりあえず、あのガキを殺すしかない。

 間の悪い事に雨まで降ってきた。今は舌打ちしか出なかった。


 すぐ止むと思っていた雨は本降りとなり、傘を差さずに捜していたオレはずぶ濡れになっていた。

 あたりは暗く、すでに夜。

 考えてみたら、あのガキを殺す必要はもうなくなっている。

 今の原動力は優との思い出を利用されて逃げられた悔しさからだった。

 色々探してみたが一向に見つからなかった。金も持っていないはずなので、電車やバスに乗れるはずはない。

 見当がつかないオレは焦るばかりだった……が、ふと思う。

 もし、あのガキが言っている事が本当だったら……

 信じてはいけないと分かってはいたが、心の何処かでそうあって欲しいと思う気持ちがオレにあった。

 急いでこの辺りにある公園を探す。

 しかし、幾つか回ってみたが誰もいなかった。

 無理もない。こんな雨の日に『好きな人が待っているかもしれない』というだけで公園に行く必要は無いのだ……

 なのにオレはまた次の公園を目指し走っているのだ。

 オレは優によって変わってしまったのかもしれない。

 くだらないと思っていた事にこんなにも一生懸命になってる……人を好きだと言う気持ちを信じて……


 この辺りの公園をあらかた探し終えたオレは信じた自分を責めた。

 やはり繁華街の方を探した方が懸命だったなと思い直して向かおうとした途中、その公園はあった。

 小さな公園だったから見逃していたのかもしれない。

 外灯が一つだけ灯っていたその下には一人の少年が雨の中ベンチに座っていた。

「……あれか?」

 オレは思わず息を呑んだ。コイツなのかどうか分からない。

 だが、待ってみる価値はありそうだ。近くにあった建物の影に隠れて待つ事にする。


 それから2時間近くが経過したが、一向に皐月は姿を現さなかった。

 公園にいる少年も動く気配は無い。

 どうやら根競べになりそうだ。

 そんなことを考えた矢先、公園沿いの歩道に人影が見えた。

 人影はゆっくりゆっくりこちらへ向かってくる。

 ゆっくりなのは足を引きずっているからみたいだった。

 ――皐月だ。

 言っていた事は本当だったのだ……

 だが、まだ信じていない部分があった。

 それはホントにこの少年が皐月を殺すのかである。


 皐月はたどたどしい足取りではあったが、公園に到着すると少年の方へ真っ直ぐ歩いていった。そして向かい合う二人。

 出来るはずが無い……

 オレだって出来なかったんだ……

 ましてやただの少年じゃないか。

 しかし、オレの予想は大きく外れる。

 皐月との間で幾つかやり取りがあった後、少年は彼女を刺した。

 何度も何度も刺す。

 その光景は驚愕でもあり羨望でもあった。

 オレが超えられなかった壁をあの少年は越えているように思える。

 そこには優とオレのあるべきだった結末を見た気がした。

 しかし……だからこそ……このまま二人とも殺すわけには行かない。

 優との結末はああなってしまったが、あの二人はまだなんとかなるかもしれない……

 いや、出来なかったオレが何とかするんだ。


 オレは二人に駆け寄り、少年の腕を掴んだ。

「そのぐらいしておけ。今病院へ連れて行くから」

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