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good vibration  作者: リープ
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第40話 「失うという事」 (真田信治・過去編)

 ずっと取り巻いていた緊張感を解き放つときが来た。

 慎重にではなく迅速に相手の背後に回りこみ、最初の一撃を背中に与える。

 大抵の人間ならまだ何が起こったか判らない。

 相手の振り返りざまに首筋めがけてナイフを一振りする。一連の動き。

 首から勢い良く飛び散る血飛沫を必死に抑えながら崩れ落ちる体。

 不規則な呼吸音とオレを見つめる目。

 黙ってその目を見つめる……と言うより目が離せなくなる。

 コイツが今までどんな人生を送ってきたかなんてどうでもいい。

 白井課長なんかはそういうものに敬意を払ったりすると言っていたが、死に逝くこの塊に何を思えばいいのか。


 やがて人と呼ばれた塊は動かなくなった。

 死亡した事を確認し、死体回収班が来るのを待つことにする。

 しかし、オレの耳に不規則な呼吸音が聞こえた。

 振り向いて死体を見る。さっきのまま動いてはいない。

 そこでようやく気付く……あぁ、これはオレの呼吸だ……

 すると、オレの中で開放感や達成感が一気に押し寄せる。

 初めての殺人……父親を殺したときからこんな感じだった。

 今までの殺人。仕事のすべて。

 これからもきっとそうに違いない。


******************************************************


「先生から休みの日に映画を見に行こうって私を誘うなんて変だよね」

「そうか?」

「なんか企んでない?」

「別に」

 優は真っ直ぐにオレを見つめる。

 もちろん目的は冴木社長との約束……優を殺すこと。

 すぐに殺すことも出来たが、事務所スタッフの代わりに死ぬ彼女へ何もせずに殺すのは悪い気がした。

 なぜだか優といると自分に責任を感じて甘くなってしまう。

 これはオレがコイツの教師だからなのか?

 それとも……


「ふ〜ん。まっ、いいか。で、先生何を見るの?」

「何が良い?」

 今日だけは彼女の好きにさせたくて気を使ったつもりだったが……

「呆れた。先生、決めてなかったの?」

「いや、お前に決めてもらおうと思って……」

「そういうの駄目なんだよ、先生!! こういうときはビシッと男の子が決めなきゃ」

「男の子って……」

「でも、今日のところは私が決めるね。それともう一つ」

「何だ?」


「今日は先生って呼ぶの止めていい?」

「は?」

「ほら、街中で先生なんて……何か怪しいでしょ?」

「あぁ、なるほどな」

「ね? 良いでしょ、良いでしょ?」

 まるで散歩をねだる犬のように期待に満ちた目でオレを見る。

「……分かった」

「やった〜、じゃあヨロシクね、信治♪」

「下の名前で呼ぶな」

「ケチ!! だったら先生って大声で言ってやるっ!! みんなに誤解させるんだ〜!!」

「……チッ……今日だけ許す」

「マジっすか?!」

「……マジ」

「やったー!! じゃあ、私の事も優って呼んでいいよ」

「遠慮しておく」

「えぇ〜っ!!」



 映画館に着くと、優が選んだ作品を観る。

 青春恋愛ファンタジーと銘打っている訳の分からないものだった。

 内容は高校生の魔法使いが自殺する女の子を助ける話……だったような気がする。

 優は真剣に映画を見ていたが、途中でオレは退屈になり耐えられなくなって寝てしまう。

 やがて、館内が明るくなりオレは目が覚めた。

 寝てしまったので優はきっと怒っているに違いない。

 ……しかし、その心配は無用だと分かる。

 右腕に重みを感じて見てみると、優がオレに寄りかかって寝ていたのだ。


 あれだけ真剣に見てたのに寝るなんて、よっぽどつまらなかったのだろうか?

 優に確かめようと話す。

 すると、オレには考えも付かない答えが返ってきた。

「二人で見る映画って、後で内容について話するのが楽しいでしょ? でも、信治は寝ちゃったし……だから、後で二人して寝てしまった話が出来るように私も寝たの」

「スマン寝てしまって……映画に来た意味なかったな」

「そんなことない、楽しかったよ。信治に腕に寄りかかることできたしね」

「あっ……」

「何?」

「いや、別に……」

 オレは一瞬、考えてはいけない事を考えてしまった。

 慌てて打ち消す。


 この後も優の行きたいところへ行く。

 それは、若い奴がたくさんいる服屋(←ものすごく居づらい)だったり、ボーリング場だったり、カラオケだったり……

 今日という日が続く限り彼女のリクエストに答えた。

 しかし、終わりというものはやって来る。

 オレ達が最後に向かう場所は決まっていた。

「なぁ、優。最後に学校へ行かないか」

「え、なんで?」

「……大事な話しがあるんだ」

「う〜ん……」

 優はオレと地面を交互に見ながら考えていた。

「……駄目か?」

「ううん。いいよ、行こ」

 どうせ終らせるならあの教室が良いだろう。

 オレにとっても優にとっても……


 学校へ行く途中会話はほとんどなく、ただ歩く。

 しばらくすると優はオレの腕にしがみつくようにくっついてきた。

「おい、どうした?」

「少しだけこのままで……」

 徐々に緊張感が取り巻く。

 オレの中で人殺しの準備は着々と進んでいた。



 ついに学校へ着くと、オレ達は開かずの教室へと向かう。

「休みの日の教室ってやっぱり静かだよね……ってこの教室はいつも静かか……」

「そうだな」

 慎重になってはいけない。そんなことは分かっていた。

 ここは思い切りとスピードが要求される。

 だが、オレはタイミングを失った。

「大事な話って何?」

「それはな……」

「どうしたの?」

「いや……」

 考えるな、消えろ、ためらうな。

 一瞬だ。一瞬。

 一瞬で全てが終わる。

「――くっ」

「先生、あのさ……」

「ど、どうした?」

「今日はありがとう」

「え? ああ……」

「それでさ、やっぱりこの教室に来るって事は………」

 わずかだが優の声が震えていた。

「私を殺すの?」

「!!」

 その言葉に突き動かされるようにオレは動く。

 足を掛け、押し倒し馬乗りになる。

「えっ、先せ――」

 しかし、そこでオレの動きは止まってしまう。

 今一番してはいけないこと……

 躊躇をしてしまった。


「……くっ……ううっ……」

「ねぇ、先生?」

「……」

「いいよ」

「っ!!」

「先生に殺されるんだったら……いいよ……」

「ああっ……」

「先生、前に言ったよね……『人殺しをして救われる人もいる』って」

「……」

 優は笑顔を必死にみせようとしている。

 オレはどうする事も出来ない。

「先生が私を殺すって事は……お父さんも知っているんでしょ?」

 ――もういい、何も言うな。

「だからきっと、私が死ぬことにも意味があって……それは、誰かを救いたいからなんでしょ?」

 ――止めてくれ。

「何となく先生から映画に誘われたときから覚悟してた」

「!!」

「先生、だから――」

「いい加減にしろ!!」

「えっ!?」

「さっきから、先生、先生ってうるさいんだよ!!」

「先生……?」

「オレはお前の先生なんかじゃねえ! ……ただの人殺しだ!」

「でも……」

「お前を殺すことに意味なんてねえよ……意味なんてあってたまるか!!」

 オレの目から何かがこぼれた。

 それは久しく見ていなかったもの……涙だった。

「……先生」

 何故?

 何故なんだよ!!

 こんなにも目の前にいる人間がいなくなることを怖がるなんて!!

「早く、私の気が変わらないうちに」

 やっぱり、できない!! 失いたくない!

 たから、だから……

 オレが出した結論は……


「……逃げるぞ」

「え?」

「オレが別の人間殺して誤魔化すから、お前は逃げるんだ」

「でも……」

「映画見た後……お前を見て考えてしまったんだ。これが明日も続けば良いなって……」

「先生。あぁ……」

「だから……逃げるぞ」

「……うん」

 優の手を握って体を起こす。

 照れながら起きようとする優。

 オレもつられて少し笑った。

 心の繋がりを感じた瞬間――


 銃声がした。


「!?」

 反射的に振り向くとそこには……

「し……白井課長」

 すぐに右手が引っ張られる感覚。

 握っていたはずの手が離れる。

 優は崩れ落ちるように倒れた。

「優!!」

「あ〜ヤッパリ、君じゃあ駄目だったね。白井課長に頼んで正解、正解」

 聞きたくない声の方向に目を向けると、白井課長の後ろには冴木の姿が見えた。


「せ……先生……痛いよ……痛い……よ……」

「!!」

 すでにオレの足元まで血溜まりは広がって、優の顔面はすでに蒼白で軽い痙攣も起こしていた。

「ゆ……優」

「そこをどけ!」

 背後に感じた気配に振りむくと、いつの間にか白井課長が近づいていた。

 課長はそのまま躊躇せずに数発発砲し、オレの真横を弾丸は通過していく。

 何度か衝撃で優の体は跳ね上がった後、まったく動かなくなった。


「良くやったね、白井課長。イイものを見せてもらったよ♪」

「……はい」

「それにしても、真田は駄目だなぁ〜」

 嘲笑う冴木を見て……ジワジワと殺意が芽生える。

「真田には後で殺せなかった責任を取ってもらうよ」

「くっ……」

 オレはポケットのナイフを握り締め、少しだけ踵を浮かせる。

 殺す準備は揃った。


 しかし、横からの風圧を感じた瞬間、オレは殴り飛ばされた。

「この馬鹿者がっ!!」

 殴ったのは白井課長だった。

 オレは何が何だか分からなかったが、そのまま課長はオレの胸倉を掴み殴りかかる。

「貴様の勝手な行動で事務所の人間全員の命が無くなるところだったんだぞ!!」

 何度も何度も殴り続ける。

 オレはどうする事も出来なかった。

 ……それは課長の涙を見たからだった。

 しばらく殴った後、白井課長は冴木に向かって土下座をした。


「真田は優秀な社員です。優を殺さなかったのも上司の私を想っての事。生かしておけば必ず社長の役に立つ男です。どうか、どうか、この白井に免じて許してやっては貰えませんか?」

「う〜ん、どうしようかなぁ〜。僕、結構、腹立ってるしぃ〜。そうだ!! 白井課長は真田の上司でしょ? だったら白井課長に責任を取って欲しいな」

「……」

「できないの?」

「……わかりました」

 課長はこっちを向き、オレにだけ聞こえるように呟いた。

「優を守ろうとしてくれて……ありがとう」

「っ!!」

 殴られ続けたオレは動く事が出来ない。

 ただ、流れる涙。

 そのまま課長は立ち上がり、自らのこめかみへ拳銃をあてがう。


 笑う冴木。

 響く銃声。

 飛び散る血液。

 崩れる体。

 オレは自分の甘さから一度にたくさんのものを失った。

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