第39話 「思っただけ」 (真田信治・過去編)
「真田先生、お弁当美味しい?」
「いや……」
「特にね、この里芋。美味しいでしょ?頑張って作ったんだから」
「あの……」
「あれ?先生、里芋が嫌い?」
「……白井さん」
「優って呼んでいいですよ」
「そうじゃなくて。なんでオレが君の弁当を食べなくちゃいけないんだ?」
昼休み。何故か白井課長の娘、白井優と一緒に弁当を食べてる。
「大事な話しがある」とか言われて来てみれば、この状況だ。
「だって先生、職員室で寂しそうに座ってるから、助けてあげたの」
「別に寂しいなんて思った事は無いけど。それに君こそクラスの友達と食べた方が楽しいんじゃないのか?」
「いいの、いいの」
優は持っている箸を左右に振ってオレの話に取り合わない。行儀が悪いし。
「よくないだろ(オレが良くない)」
「私、クラスで浮いてるから……ほら、真田先生の授業で発言しまくりでしょ? 誰も聞いてない授業に首突っ込んでちゃあ、皆も相手にしてくれないよ」
「あぁ、そうなんだ……」
オレ自身にはまったく非が無いと思っているのだが、少しでも責任を感じたほうがいいのだろうか?
別に今までと違う授業をしてるわけでもないし、コイツが一方的に質問してくるから、勝手にそういう状況になっただけだ。
でも、優の自嘲気味の発言を聞くと何だか悪い気がする。
オレが悪い? これが良心の呵責?
人殺しのオレに良心?
……バカバカしい。
「でも、先生の授業は楽しいし、こうして今もお昼過ごしてるし……」
「だが、こんな状況見つかったら学校でも問題になると思うが」
「大丈夫、大丈夫。だからココで食べてるんだから」
「……あんまり気分のいい場所ではないな」
オレ達が食べている場所。
それは……『Thread winter』の仕事をする場所。
つまりは人殺しの場所……開かずの教室。
優が一方的に話しながら昼休みは過ぎていく。
しかし、話が一段落すると彼女は急に黙り込んだ。
「どうした? ネタ切れか」
「そうじゃないけど……」
彼女はオレの顔色を伺いながらおずおずと話し出す。
「あの真田先生。聞きたい事があるんだけど……」
「何だ?」
「最近、お父さんの様子が変なの。人殺しをするときのような様子の変化じゃなくて……もっと、こう疲れてるような……上手くはいえないんですけど……」
「白井課長のこと良く見てるんだな」
「えっ!? そりゃあ親子二人暮しだから……」
「……心配は要らないよ。仕事が今、少し忙しいだけだから。もちろん、人殺しの方じゃなくて家具を売る方だけど」
「そうですか……」
優は釈然としない様子で一応頷いて見せた。
実際、白井課長だけじゃなくてウチの事務所自体が大変な時期だった。
その原因は冴木社長が死んで就任した2代目社長にあった。
冴木謙二郎の息子、冴木恭介。まだ大学に通う弱冠21歳。
社長就任には賛否両論あったが、反対を唱えたものはその日のうちに全員始末された。
すべて冴木恭介の指示によるものだと言われている。
就任早々、冴木恭介は会社内の改革に着手した。
まず、各事務所に一任されていた経営を本社のコントロール下に置き、売上の内容を厳しくチェックし、各事務所に本社の方針を押し付けた。
もちろんウチは決めたれていた金額を満たしていたのでこの場合は問題なかったように見えた。
しかし、家具売上がほとんどを占めたことが気に入らなかったらしく、殺人の仕事を増やすようにと指示をだし、売上に占める割合まで指定してきた。
そして、次に手を出したのが殺人依頼の審査基準と料金だった。
もっと一般人が気軽に殺しの依頼が出来るようにと審査基準を甘くし、料金もかなりの値下げをするようにと指示。何十万という金で殺しをする事務所も出てきた。
皮肉にもその改革が功を奏し各事務所の売上は上がっていき、ウチの事務所だけが取り残されていった。
所長の指示にも関わらす白井課長が頑として受け付けなかったからである。
家具売上だけでなんとかしようと白井課長は必死に働いた。
しかし、家具だけの売上と、家具と殺人料金の売上では差が開く一方だった。
そんな姿を見かねてオレは白井課長に言った。
「白井課長、オレが学校辞めて殺し専門にやりますよ。そうすれば事務所の人間も迷惑掛からないし」
「……ありがとう、真田君。だが、もう少し頑張ってみたいのだ。殺しなんてしなくても私達はやっていける。今でだってそうだったんだ……きっと上手く行く」
白井課長も先代の社長と一緒にやってきただけに人を殺す仕事については毛嫌いしてるわけでもないはずだった。
実際、何度か大きな仕事をしたときの事を興奮しながら話している姿を何度も見ている。
「娘さんの事を気にかけているのですか?」
「……あぁ、そうかもな。やはり、娘に負い目を感じて仕事はしたくないものだ」
オレには子供はいないが、子を思う親の気持ちは理解できなくも無い。
「だったら、オレも平日営業に――」
「駄目だ。君は教師を続けたまえ」
「でも――」
「真田君、最近娘と話す機会は減ったが、それでも娘と会うと……優は君の話しかせんのだよ」
「はぁ……」
「親バカと言われてもいい……優を頼む」
「……はい」
最初は子守のつもり……白井課長の代わり。
課長との話しがあって以来、なるべく彼女に関わる事にした。
授業も彼女向けて行う。どうせ誰も聞いてないのだから構わない。
オレのそういった行為に彼女も答えてくれた。
優の反応は楽しかった。感情表現が豊かで表情がころころ変わる。
何でもないことに泣いて、笑って、怒って、また笑って……雨が降るだけで不機嫌になり、弁当が美味しいといえば、これでもかというほどの笑顔を見せるし、テレビドラマについて熱く語りだしたと思うと、感動したシーンの話では泣き出したりする。
そういう何でもないことに包まれる事が、オレは居心地の良いモノだと知った。
優といると……もし、オレの中に心というものが有るとすれば……心の底からジワジワと染み渡る幸福感に満たされるのだった。
それは人殺しをする時、一気に押し寄せる開放感や達成感に酔いしれる事よりも充実していた。
だから、事態がここまで深刻だったとは全く気付かなかった。
学校の帰り、特に用事も無かったのだが白井課長の顔が見たくて『Thread winter』へ行く事にした。貸しビルの前に着くと駐車されている一台の外車が目に入った。
見覚えの無い車だった。不思議に思いながら会社のドアを開ける。
すると、いつもは活気がある事務所内が静まり返っていた。
とりあえず、受付の有田に尋ねる。
「あれ? 今日は静かだなぁ。何かあった? それと白井課長は?」
「白井課長は……応接室で所長と一緒に冴木社長と面会中です」
「!? 社長が? どうしてここへ?」
オレの言葉に有田の顔がさらに厳しいものになる。
「真田さんは普段は事務所にいらっしゃらないから分からないと思いますが……とうとう3ヶ月連続で決められたノルマを達成できなくて……」
「まさか白井課長、あんなに頑張ったのに……」
「いえ、金額的には達成しています。でも、内訳が……」
「人を殺し足りないと?」
有田は頷く。
「……オレ行って来る」
「えっ!? ちょと、真田さん!!」
オレはノックをしようと応接室の前で立ち止まる。
室内から白井課長の声が聞こえた。
「何故ですか? 金額的には何の問題も無いでしょう?」
「まぁね……」
「会社を大きくするには殺人だけじゃないないでしょう?」
「白井君、社長に対して何ということを!」
白井課長が社長を説得していて、所長はおろおろしてるって感じだな。
とか考えてたら中に入るタイミングを失った……もう少し聞いてみるか。
「あんた……白井課長だっけ?」
「はい」
「僕は会社を大きくするつもりなんて無いよ」
「えっ?」
「君達が必死で人を殺すことが重要なんだよ。」
「本気ですか?」
「うん、もちろん。だからねぇ、この事務所潰しちゃおうかなって思うんだ」
「――っ!?」
「もちろんクビにはしないよ。会社の事が他に知れても嫌だし。会社は僕のおもちゃ箱なんだから……だから皆には少しずつ死んでもらおうかな」
「!!」
なんなんだコイツは……本当に人なのか?
オレはますますドアを開けるのが躊躇われた。
「まっ、待ってください。来月こそは必ずノルマを達成しますからっ!!」
所長が必死に社長を説得し始めたみたいだ。
「でも、3ヶ月駄目だったし。来月頑張るからって、ペナルティーも無しじゃねぇ……」
「分かりました、ペナルティーは受けますっ!! ですから来月にもう一度チャンスを……」
「いいよ」
「えっ!? ありがとうございます!! ほら、白井君もお礼を言いなさい」
「……ありがとうございます」
「実は僕、ペナルティーを与えたくてココへ来たんだから。もう、所長さん言うの遅い」
「はぁ……」
「あのね僕の父親の告別式のときに、『死んでくれて清々した』と大声でどなった人がいるって小耳に挟んだんだ」
「!!」
しまった、優のことだ。
「もう誰かは分かっているんだけどね。白井課長も知ってるよね」
「……はい」
「それってヤッパリ拙いよねぇ。僕も気分良くないし。だから……」
「っ……」
「その子を殺してくれる?」
「なっ!!」
冴木社長は最初からこれが目的だったんだ。
オレは目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。
優が殺される……
「それは……」
「事務所にいる人達の命と娘一人の命、どっちが重いんだろうね」
「くう……」
「あはは、もっと悩んでよ白井さん、僕それを見たいんだ」
狂ってる。コイツは他の人間と何かが違う。
そう感じずにはいられなかった。
「……では2,3日考える時間を……」
「駄目。今答えて」
声だけしか分からないが社長は確実に白井課長を追い詰めていた。
オレはただ白井課長が上手く切り抜けることを期待していた。
そして、長い沈黙の後、白井課長の搾り出すような声が聞こえた。
「……承知しました」
「ホント? 嬉しいなぁ。もちろん殺すのは白井課長がやってね」
「!!!」
オレはドアの前で舌打ちした。
この仕事をやっている身分で殺しは駄目だなんて言えた義理ではないことは百も承知だ。
でも、優だけは……だが……
オレは自然にドアのノブに手をかけた。
ドアを開くと三人の姿が見えた。
言う言葉は決まっていた。
「オレにやらせてください」
「君誰?」
「優が通う学校の教師です」
「真田君!?」
「へぇ……教師が生徒を殺すかぁ。……いいねぇ。それでもいいよ」
「ありがとうございます」
どうしようもない事なら自分の手で幕を引きたい……そう思っただけだ。