第38話 「はにかんで軽蔑」 (真田信治・過去編)
二年前の三月。
冴木社長が死去し、オレは『Thread winter』の上司と共に告別式に参列していた。
といっても、オレ達のような下の人間は末席に連ねるだけだったりする。
「真田君。ホントに惜しい人を亡くしたよ……これでも昔は社長にはお世話になってね……『Thread winter』がまだ小さい企業だったころの話だ」
遠くに見える社長の遺影に目を凝らしながら、白井課長は話す。
「オレは会社が大きくなってからの入社なんで分かりかねますが」
「殺しにもポリシーがあった。気に入らなかったり、理にかなわない殺しは頑として受け付けなかった……っと、こんなところでする話ではなかったな」
冴木社長の話は有名だ。
昔は一流のスナイパーだったという話。
各界の大物とも関係があり、内外問わず色々な暗殺に関わっているという話。
引退後はそのコネクションを生かして、人殺しの会社を創業するに至った。
今では生業が人殺しでなければ、ビジネス書やテレビの特集になってもおかしくないぐらいの成功は収めている。
まぁ、オレはそこのしがない社員なわけだが。
『Thread winter』入社の経緯は他人に話してもしょうがないから、誰にも話すことは無いだろう。
白井課長の社長話が佳境に差し掛かったところで、中断せざる終えない出来事が起きた。
「お父さん!!」
最初は気付かなかったが、何度か「お父さん」と呼ぶ声にオレ達は振り返る。
呼んでいるのは高校生ぐらいの女の子だった。
ふと隣にいる白井課長を見ると傍目にも顔色が明らかに変わっているのが分かった。
「優、何故ここに」
「白井課長、お知り合いですか?」
「あぁ娘だ。……とにかく真田君手伝ってくれ」
「え? 何を――」
オレが課長に尋ねようとしたが、わざわざ訊かなくても理由はすくに分かった。
白井課長の娘は父親を確認するや否や大声で叫びだした。
「ココが冴木謙二郎の葬式ってわけ? たかが人殺し社長の葬式1つでご大層なものねっ!! こっちは死んでくれて清々し――ウグッ、ンーッ……」
慌てて口を押さえ上半身を抱える課長。
オレは素早く足を持ち、迅速に外へ運んだ。
「――ンーッ!! ウーーーーーッ!!」
抱えられながらまだ何か吼えている。威勢のいいガキだ。
そして告別式場からかなり離れた川岸でようやく、白井課長の娘を解放した。
解放した途端、白井課長の娘は父親へ怒鳴りだす。
「人を抱えて連れ出すなんてどういうつもり!!」
「優……」
「それにアンタ!!」
課長の娘はオレを指差した。
「いきなり女子高生の足を持つなんてどういう了見なわけ? 信じらんない!!」
「……うるさいガキだ」
「はぁ!?」
課長がいるにかかわらず、オレは思わず呟いてしまった。
それを聞いた課長の娘は顔を真っ赤にして何やら怒鳴っていた。
課長が苦笑いしながらなだめる。
なんとか課長のお陰でしばらくして、落ち着いた。
「真田君、紹介するよ。娘の優だ」
課長に促され渋々挨拶する課長の娘。
「優です……」
「あぁ、オレは真田信治。君のお父さんの部下です」
すると課長の娘は瞳を大きくしてオレを見つめた。
なんだ? 何か気になる事でもあったのか?
「……と言う事はアナタも『Thread winter』の社員なんですか?」
「まぁ、そう言うことになる」
「だったら……」
「?」
「アナタを軽蔑します」
課長の娘……優はハッキリと言い放った。
「ゆ、優!! なんて事を! す、すまん真田君」
「構いませんよ」
「フンッ、私、謝らないから!」
「娘は……私が言うのもアレなのだが……私の仕事が気に食わないのだよ」
「そうでしょうね、見れば分かります」
「ちなみに……4月から創野高校への入学が決まっていてなぁ……
「は?」
「真田君、よろしく頼む」
「……わ、わかりました」
オレは『Thread winter』の仕事以外に会社が経営する私立創野高校の教師もやっている。殺害場所の確保ということが主な目的だ。
教師なら学校にいても不思議ではないし、なにより普段は『Thread winter』の業務から外れる事が出来るというのが魅力でもある。
オレがため息交じりで目をやると、彼女はオレに敵意むき出しで睨みつける。
「はぁ……」
優の初対面はこんな感じだった。
なんだかんだで四月。優は本当に入学してきた。
しかも、狙ったかのようにオレは優がいるクラスの現国担当になった。
授業中、ずっと睨まれる……少しシンドイ。
今まではこんなことはなかった。
それまでは生徒自体がオレを見下していて授業などマトモに聞いていない。
だが、全然ショックではない。オレは元々生徒の事などどうでもいいからだ。
独りで授業を始め、独りで授業を終える。
さらに優は初め睨み付けていただけだったが、次第に授業に参加するようになった。
「真田先生、質問があります」
「はい、白井さんどうぞ」
「この友人は自分の知らないところで主人公に好きな人を奪われたことが原因で自殺したのですよね?」
「……そうですね」
「そして主人公は自責の念にさいなまれている」
「はあ……」
「先生ならどうですか? 仮に!! あくまでも仮にですよ!! 先生が『人殺し』をしてたとして、やはり自責の念は抱きますか? お答えくださいっ!!」
「いや……先生は……人を殺したことが無いから分かりません」
いつもこんな感じで優はオレにケンカを売ってきた。
いつ間にか学校にいる出来る限りの時間、彼女はオレの監視(?)を続けていた。
「白井さん」
「……」
「そんなにオレの背後でウロチョロされても迷惑なんだけど……」
すると観念したのか物陰から優が顔を覗かせる。
「う〜〜〜〜〜〜っ」
「んな睨むなよ」
「先生はいつ人殺しをするんですか?」
唐突に何を言い出すんだコイツは。
「君には教えられないな」
すると優は俯き呟く。
「ウチは決まっています……というか分かります」
「……」
「父の目つきが違うんです。ああいうのを血走ってるっていうのでしょうか……そんな姿は見たくないんです……なぜ、人殺しなんてするんですか?」
彼女の話を聞いて思わず舌打ちが漏れそうになる。
……だから子供は嫌いなんだ。物事の良し悪しを何でも割り切れると思ってやがる。
オレ自体は人を殺すことについて何も考えていない。
動なるモノが静に変わる瞬間が堪らず好きなだけだ……ホントどうしようも無い人間だという事も自覚している。
だが、それが何だと言うのだ。
殺して欲しい人間がいて、ただ殺しがやりたい人間がいる、ただそれだけだ。
生きてる意味を探しているガキには人の生死自体には意味がないと説いても徒労に終わることがわかりきっている。
だが、なにか答えないといけないんだよな。
白井課長の部下として、彼女の教師として。
「あのさ……」
「はい」
何故だか急に畏まる優になんだか少し緊張してしまう。
「父の仕事を尊敬しろなんていわない。でも、君のお父さんはオレなんかと違って、仕事を慎重に選んでいる」
「……」
確かに白井課長は違った。単なる怨恨のみの殺人は決して受けない。
だからウチの事務所は殺人よりも家具単体の売り上げが全体の売上のほとんどを占めている。
「人は誰だって少なからず迷いながら行動する。それがどんな行為であっても。『今からする事は間違いかもしれない』って思う。でも、それは一側面でしか見ていないからなんだ。完全なる良い事なんて存在しない。その逆もまた然り」
「じゃあ、人殺しにも良い面があるのですか?」
「分からない」
「そ、即答ですか……」
「分からないから、『自分にとっては正しい』と思って人は行動していくしかないんだ……人を殺すことによって救われる人も少なからずいることを忘れないで欲しい」
人を殺して救われる?
そんな事例はほとんどないがな。
自分で言って自分に毒づいた。
「……分かりました……いえ、ホントはまだ分からないですけど……少なからず、もう少し考えてみようとは思います」
そう言うと優は考え込むように歩いていった。
いつか、実はそんな事には答えなんて無い事に気付くだろう。
それ以来、優はオレを睨みつけることは無くなった。
しかし……
「白井さん」
「はい」
「いつまでオレの周りをつけているんですか?」
オレの周りをウロチョロすることは止めなかった。
物陰から少し顔を出し、はにかみながらこっちを見た。
「……知りたいんです」
「何を?」
「先生のこと」
「……はぁ?」
なんだか妙な方向へ話が流れ出した。