第36話 「evolike」 (上杉亜衣編)
「……」
「……はぁ」
気まずい朝食。
昨日あんな事があったからいつもより50%増しの重い雰囲気。
私はめちゃめちゃ後悔していた。
なんであんな事したんだろう? ……鬱。
「ごちそうさま」
小さい声で澄川は一言言うと食器を片付け始める。
食器の中はほとんど残っていた。
「食べないの?」
「……うん」
「勿体無い。食べないんだったら私が――」
『食べる』と言おうとして途中で止めた。
下らない事かもしれないけど、間接○○なんて意識してしまったのだ。
「あぁ、そうだな。勿体無いし……食べてくれるか?」
「嫌」
「は? さっき『食べないんだったら私が』って言ったじゃな――」
澄川も言いかけて途中で止めた。どうやら理由が分かったみたい。
無言で食器を片付け始めた。何やってんだろ私達。
このまま家にいても気まずいだけなので、いつも通り病院へ行く事にした。
しかし、行って後悔する。
美世の顔見たら余計に澄川の事を考えてしまった。
「それでね……ん? 亜衣ちゃん?」
「はぁ……」
「亜衣ちゃん、聞いてる?」
「え!? あっ、うん!! 大丈夫、大丈夫!! 未遂だったから!」
私は焦って変な事を口走る。
美世は怪訝な表情を浮かべた。
「何の話をしてるの?」
「いっ!? ……ごめん、話聞いてなかった」
「亜衣ちゃん、何か変だよ」
「そ、そう? まぁ、それは置いておいて……何の話だっけ?」
「もう、誤魔化さないでよ。あのね、私、明後日で退院できることになったの」
「マジで?」
「うん!!」
「おめでとう!! 良かった、良かった!!」
「それでね。私、退院したら、もう一回澄川君に告白し直そうと思うの」
「は?」
「それでね……ふられようと思うの」
「何言ってるの?」
「仕切りなおし。この前は正攻法じゃなかったから。スタート地点の確認」
「そんなことしなくてもいいじゃない。今のままで十分……」
美世は首を振る。
「このままじゃあ、また自分の気持ちだけ伝えるだけの空回りだよ。この前のことで分かった。もう少しハッキリと人を好きになりたいの。自分の事だけじゃなくて相手のことまで考えて好きならなきゃって気付いた……ただ『好き』って伝えるだけじゃ駄目なんだよね」
そう言う美世の目は、ふられようとしてる人の目じゃない。
これから起こることが楽しいことのように輝いている。
「ふーん、じゃあきっと美世の中で『好き』が進化したんだね」
「えっ? 進化? うん、そうかも……」
何気なく言った私の言葉に美世は自分に言い聞かせるように呟く。
素直に彼女が羨ましく思える。
そういうことだよね、相手の事も考えて……昨日の自分を思い出した。
私が辛いからって澄川に無理やりその気持ちをぶつけようとしたんだ。
私……謝らなきゃ。
「亜衣ちゃん!!」
「えっ!?」
「もう、また話を聞いてない」
「……ごめん」
しばらくして私は夕食を作る当番だということもあり、家に帰ることにした。
家に帰ると澄川が夕食の準備をしていた。
「おかえり」
「あれ? 今日、私の当番じゃなかった?」
「そうだけどさ、なんか落ち着かなくて……それにまた上杉が家に帰ってこないかもしれないし……」
「……」
いつもの私ならここで食って掛かるところだけど、今日はそんな気分になれなかった。
「ごめん、私がいると迷惑だよね」
「ええっ!? なんだよいきなり」
私の言葉を聞いた澄川は大げさに驚いた。
「頭でも打ったか?」
「んなわけないでしょ!! あの……その……あれよ。結局何も無かったけど、あんなことになったし……」
「ああ……」
「だからこのまま一緒に暮らすっていうのは……」
昨日の事は澄川も意識せざるおえない出来事だったのだと思う。
私は俯き、二人とも黙り込んでしまった。
やっぱりよくないよ……『この家を出る』とハッキリ言おうと思った。
決心して私が仰向いた時、澄川から声をかけてきた。
「馬鹿馬鹿しい」
「っ!?」
「ホントにバカバカしい」
「何? 私は本気で言って……」
「まぁ、ちょっと待て」
澄川は私の言葉を遮った。
「あのさ僕達はそんなに意識しあうような関係でもないだろ? もっと、こう……なんていうか友達? なんか違うなぁ……兄弟? ありえない。うーんと、平たく言うと……漫才の相方みたいな……」
「全然、平たく言ってないけど……」
「うーんと、居たら居たでウザいけど、居なかった居なかったで何か物足りないような……そんなつかみ所の無い関係って言うか……」
腕を組みながら本気で考え込んでる澄川が何だか可笑しかった。
「いい。もう、考えなくていいよ。そうだね、私勘違いしてた。うん、そうだ。私はアンタに毒づいてこそ私なんだ!!」
「いや、それは困るが……」
何だか気持ちが少し楽になった。思い込んでいた私がバカみたい。
「それにさ、僕、悪くないなって思えてきたし……」
「何が?」
「『おかえり』って言う事」
「!? そんな恥ずかしいことをズケズケと……」
お姉ちゃんとあんな事があって以来、私の帰る家は無いと思って、独りで気を張って頑張ってきたつもりだった。
でも、いつの間にかここでの暮らしが無くてはならないものになっている自分に気付く。
帰る場所……そう言っていいのかな?
そう考えたら……何だか涙がこぼれてきた。
止めようと思っても自分ではどうにもならない。澄川は私を見て焦ってる。
うれし泣きなんていままでしたことが無かった。すごく心がくすぐったい。
その後、久しぶりに楽しい夕食をした気がした。
テレビを見ながら冗談を言ったり、残り1つのおかずを取り合ったり、ワイワイ騒いだ。
他の人から見たら、空騒ぎに見えるかもしれない。
いや、空騒ぎでもいい。だって、私は心から笑ったから。
「はぁ〜。なんか疲れた、もう寝るか」
「私、今日はベッドで寝たい」
「なんだよ、いつもは遠慮して床で寝るくせに」
「もう、そういう遠慮は止めたの!! さぁ、どいて、どいて」
「はいはい」
電気が消され、部屋の中は暗くなる。
「……ねぇ、澄川」
「何だ?」
「そっちにいっていい?」
「はぁ?」
「何もしないから今日だけ」
「上杉、なんか今日は妙に甘えるなぁ。……って入って良いなんて言ってないぞ!!」
「いいじゃん、もう入ったし」
「ベッドの意味ないじゃないか」
こういう関係もあるのだなと思えた。
なんだか一緒にいたい気持ち。
隣に誰かいるってやっぱり嬉しいんだと思う。
美世には悪いけど今日だけ、今日だけで良いからこうしていたい……
しかし、現実は私を自由にはさせてくれないようだ。
そしてアレは突然やってきた。
「上杉、お前の携帯が鳴ってるぞ」
「うぅん。せっかく、寝られそうだったのに……はい、もしもし――!?」
……意味が分からなかった。
分かったのは有希がやたら泣き声だった事。
ウソでしょ?
そんなはず無いじゃん。
だって今日あんなに楽しく話してたし。
――美世が飛び降り自殺?